第2羽:ステータスウインドウと「ただの鷹」です
「……ふぅ。これで一旦、お腹も落ち着いたかしら」
満足そうに羽づくろいをするハヤテを腕木(左腕)に乗せ、俺は周囲の状況を改めて観察していた。
ゴブリンの群れを退治したとはいえ、ここは未知の異世界の深い森だ。木々は見上げるほど高く、生い茂る葉が日光を遮って、森の奥はうす暗く不気味な雰囲気を漂わせている。
「さて……ハヤテ、これからどうするかだな。とりあえず人が住んでいる街か村を見つけたいところだが」 「そうね。この森も悪くはないけど、やっぱり温かいベッドと美味しいご飯がある拠点は欲しいわ。ご主人様、もう一度『猛禽の絆』を使いなさいな。上空から探してあげるわ」 「頼む」
俺が意識を集中させると、脳内でカチリとスイッチが入るような感覚とともに、ハヤテの視界が俺の脳内に共有された。
ヒュンッ、とハヤテが羽ばたき、あっという間に巨木の頭頂部を抜けて上空数百メートルへと躍り出る。
(うおっ……! いつ見てもこれはすげえな……!)
ハヤテの『猛禽視』を通して見る世界は、圧巻の一言だった。 眼下に広がる広大な緑の絨毯。遠くには雄大な山脈が連なり、空の青さは前世の地球では見たこともないほど澄み渡っている。
そして、鷹特有の超絶的な視力は、地上の微細な変化も見逃さない。人間の視力が「1.0」だとすれば、猛禽類の視力はその8倍から10倍以上。さらにスキル効果によって補正がかかり、数キロ先の小さな動きすらクッキリと拡大して見ることができるのだ。
『あ、ご主人様! 東の方角、森を抜けた先に大きな街道があるわ!』 「街道か! ということは、車馬の往来があるはずだな」 『ええ。街道を北に辿っていくと……大きな石造りの壁で囲まれた街が見えるわ。あそこなら人間がたくさんいそうね』 「よし、目標はあの街だな。距離にしてどれくらいだ?」 『森を抜けるまでに徒歩で1時間、そこから街道を歩いて2時間ってところかしら。まあ、飛んでいけば一瞬なんだけどね』 「お前はな! 俺は地面を歩くしかないんだよ!」
上空で「くすくす」と楽しそうに笑うハヤテの気配を感じつつ、俺は東へと歩を進めることにした。
◇
森の中を歩きながら、俺は改めて自分のステータスウインドウを開いて確認していた。
「固有スキル……『猛禽の絆』に『調教・育成』、それに『仕込み餌作成』か。どれも鷹匠としての技術がそのままスキル化したみたいな内容だな」
『当たり前でしょ。異世界の神様だって、アンタの魂に刻まれた技能をそのまま適正として変換しただけなんだから』
上空から舞い戻ってきたハヤテが、俺の肩に着地しながら言った。
「そう言えばハヤテ、お前の『絆レベル』ってやつだけど……上がると具体的にどうなるんだ?」 「私の封印が少しずつ解けていくのよ。今は『幼体』の姿だから、神獣としての魔力も身体能力もほんの一部分しか使えないの。でも絆レベルが上がれば、もっと強力な風や雷の魔法が使えたり、姿を大きくできたりするわ」 「姿を大きく……って、どれくらい?」 「本気を出せば、山ひとつ覆い隠すくらい?」 「デカすぎだろ!!」
想像して思わず引きつった声をあげてしまった。 前世でハヤテを育てていた時は、体重わずか700グラム程度の可愛らしいハヤブサ(※正確にはハヤブサ目の猛禽)だったのに、山ひとつの大きさなんて、もはや怪獣映画の世界だ。
「まあ、今はまだレベル2だから、せいぜいこうやって喋ったり、ちょっとした風の魔法で攻撃の威力を上げたりする程度だけどね。だからご主人様、しっかり私のお世話をして、絆レベルをあげなさいよね!」 「はいはい、分かってますよ、ハヤテ様」
苦笑しながらハヤテの顎の下をなでてやると、ハヤテは「う、うにゅ……」と気持ちよさそうに目を細めた。相変わらず、ここを撫でられるのに弱いのは変わらないらしい。ツンデレな神獣様も、こういうところは本当に可愛い相棒のままだ。
そんな和やかな時間を過ごしながら森を進んでいると――
ガササッ……!!
「……っ!?」
不意に、前方から激しい破砕音と、人間の切迫した悲鳴が聞こえてきた。
「助けてくれぇぇぇっ!」 「ひ、ヒッ……! 冒険者様、持ちこたえてください!」 「無理だ! なんだこのデカいイノシシは!? Fランクの採取クエストで出会っていい魔獣じゃねえぞ!」
俺とハヤテは顔を見合わせる。
「人間……冒険者か!?」 「ご主人様、行ってみましょう! 野生肉の匂いもするわ!」 「肉かい!」
俺たちは急いで音のする方へと駆け出した。
◇
木々が開けた開けた小広場のような場所に出ると、そこでは悲惨な光景が広がっていた。
引きかけの小さな手押しカートを背に、怯えきった様子の行商人らしい初老の男。その前に立ち、剣と盾を構えているのは、皮の胸当てを着けた若い駆け出し冒険者と思われる男二人組みだった。
そして、彼らを追い詰めているのは――体長3メートルはあろうかという、巨大な野生のイノシシだった。 背中からは鋭い岩のような突起が生え、口からは丸太のように太い牙が突き出ている。荒い鼻息とともに地面を蹴りつけ、今にも突進しかけているところだ。
「アレは……『ファングボア』ね。この地域のDランク魔獣よ」 上空へ飛び立ったハヤテから、共有視界を通じて冷静なアナライズが飛んでくる。
「Dランクか……。あの駆け出し冒険者たちじゃ、荷が重そうだな」
冒険者の一人はすでに脚を負傷して膝をついており、もう一人も恐怖でガタガタと震えて剣をまともに構えられていない。ボアが突進すれば、一撃で二人とも串刺しだろう。
「ハヤテ! 助けるぞ!」 『了解! 美味しいイノシシ肉の確保ね!』 「だから肉から離れろ!」
俺は腰のポーチから、さきほどのゴブリン戦で手に入れた小石を一つ掴むと、全力でファングボアの鼻先に向けて投げつけた。
パコンッ!
「グモオオオッ!?」
小石は見事にボアの鼻頭に命中。痛みに怒り狂ったボアが、真っ赤な目でこちらを振り返る。
「おい! そこのデカブツ! こっちだ!」 「ひ、ヒエッ!? なんだあの男、頭がおかしいのか!?」 「に、逃げろ! そいつは一撃で人間を噛みちぎる魔獣だぞ!」
駆け出し冒険者たちが悲鳴を上げるが、俺は慌てず左腕を高く掲げた。
「ハヤテ! 視界共有! 突進の軌道を見極める!」 『任せなさい! ターゲット、完全ロックオン!』
ファングボアが地鳴りを立てて突進を開始した。 時速50キロは出ているであろう猛烈なダッシュ。普通なら恐怖で足がすくむところだが、上空のハヤテの視界から見れば、ボアの動きは恐ろしいほどスローに見えた。
突進の軸、重心の傾き、足の踏み込み――すべてが丸見えだ。
「今だ、左へ回避!」
ボアの牙が胸元をかすめる直前、俺は最小限の動きで左へステップを踏んだ。空を切ったボアが、勢いを殺しきれずに俺の横を通り抜ける。
「ハヤテ! すれ違いざまに急降下! 目を狙え!」 『はーいっ! 『風の加護』、発動!』
キーキィィィッ!!
キリカブの上空から、風の刃を纏ったハヤテが音速で降下した。 緑色の風の軌跡を描きながら、ハヤテの鋭い爪がファングボアの左目を正確に切り裂く!
「グギャアアアアアッ!?」
片目を潰されたボアが激痛で狂乱し、その場でのたうち回った。巨体が大きな隙を晒す。
「調教・育成スキル応用――仕込みナイフ・投擲!」
俺は胸元からナイフを抜き放つと、前世で培った投げナイフの技術にスキル効果を乗せ、全力で投げつけた。 スキルによって強化されたナイフは、ボアの開いた口内――喉の奥深くへとまっすぐに突き刺さった。
「グ……ガ……ッ……」
ゴトン、と巨体が崩れ落ちる。 数回痙攣したあと、ファングボアは二度と動かなくなった。
静寂が森を支配する。
「ふぅ……。前世の野生動物とはタフさが違うな。ヒヤヒヤしたぜ」 俺が額の汗を拭っていると、上空からハヤテがすーっと舞い降り、倒れたボアの頭の上に着地した。
『ご主人様! なかなか良い投げだったわよ! 80点あげちゃう!』 「上から目線だなあ。まあ、怪我がないなら何よりだ」
俺が苦笑していると、後ろから「あ……あ……」と絶句する声が聞こえてきた。
振り返ると、駆け出し冒険者の二人と行商人の老人が、目と口を限界まで見開いて俺とハヤテを交互に見つめていた。
「い、一瞬で……あのファングボアを……!?」 「な、なんだ今の鳥は!? 風の魔法を纏って音速で飛んでただろ!?」 「もしかしてあんた……伝説の召喚士か!? それとも高ランクの魔獣使い(テイマー)なのか!?」
冒険者たちが興奮気味に詰め寄ってくる。 無理もない。彼らにしてみれば、どこにでもいそうな格好をした男が、一羽の鳥と完璧な連携を見せてDランク魔獣を瞬殺したのだから。
しかし、俺は深々と溜息をつくと、肩をすくめて首を振った。
「いやいや、滅相もない。俺はただの『鷹匠』ですよ」 「た、高商……? 聞いたことがない職業だな……。じゃあ、その凄まじい鳥は一体……! 神獣か何かの幼体なのか!?」
ギクッ。 老行商人の勘の良さに、俺とハヤテは一瞬固まった。さすが長年商売をやっているだけあって、鼻が利くらしい。
ここで「実は北欧神話の神獣ヴェルズフェルニルです」なんて正直に答えたら、間違いなく大騒ぎになり、国やギルドに怪しまれて面倒なことになるのは目に見えている。
俺は精一杯の営業スマイルを浮かべると、ハヤテの頭をポンポンと叩いて言った。
「ハハハ、まさか! こいつはただの、ちょっと賢い『ただの鷹』ですよ」
『ちょっと! 『ただの鷹』とは失礼ね! 私は神獣――』
「(コラ! 黙ってろハヤテ! 騒ぎになったら美味しいお肉がおあずけになるぞ!)」 『(むぐぐ……! 肉……! 覚えておきなさいよバカご主人様……!)』
俺の小声の脅し(?)に、ハヤテは悔しそうに口をつぐみ、フイッと横を向いた。
冒険者たちは首をかしげながらも、納得いかない様子でハヤテを見つめている。
「た、ただの鷹……? ただの鷹が風の魔法を使ってボアの目を潰すのか……?」 「世の中には珍しい猛禽もいるもんですねえ。あ、それより助けていただいてありがとうございました! 私は行商人のモリスと申します」
行商人の老人が深く頭を下げてくれたことで、場の空気が少し和らいだ。
「俺はクロハ・ハヤト。こっちは相棒のハヤテだ。怪我はないかい?」 「ええ、なんとか。ハヤト様がいらっしゃらなければ、私たちは今頃ボアの胃袋の中でした。本当に感謝いたします!」
モリスはそう言うと、手押しカートからズッシリと重い革袋を取り出し、俺に差し出してきた。
「これは少ないですが、命の恩人への御礼です。それと、もしよろしければ……これから向かう迷宮都市『ベイル』まで、ご一緒にいかがですか? ハヤト様のような腕立つお方(と凄腕の鷹)が一緒なら、これほど心強いことはありません」
「迷宮都市ベイル……」
ハヤテが上空から確認した、あの城壁に囲まれた大きな街のことだろう。
「渡りに船だな。ぜひ同行させてくれ。俺も街までの道案内が欲しかったところなんだ」 「おお、それは良かった! 冒険者のお二人も、ボアの解体を伝伝ってもらえますかな? 素材と肉はハヤト様に差し上げましょう!」
「「はいっ!! 喜んで!!」」
さっきまで腰を抜かしていた冒険者たちが、元気よく返事をした。
「良かったわね、ご主人様。イノシシ肉ゲットよ!」 肩の上で、ハヤテが嬉しそうに羽をパタパタと震わせる。
「……たく、食い意地だけは一人前だな。よし、さっさと解体を終わらせて街へ向かおう!」
こうして、俺とハヤテは異世界の住民と初めての交流を果たし、目指す拠点『迷宮都市ベイル』への道連れを得たのだった。




