第5話 プロローグ 人生やり直します!⑤
防犯のための空間ではなく、本当のグノース様の部屋に入って、まず目に飛び込んできたのは見渡す限りの本棚と隙間なく本棚に納められた蔵書の数々だった。
その光景を見て初めてグノース様は知の神でいらっしゃるということを理解した。
「お前たち遅いぞ!いつまで待たせるんだ!」
「悪いな、カイノス。待たせてしまって。」
「ごめんね。カイノスちゃん。モーラーちゃんたら歩くのが遅くて。」
「時間が無限にあるからって他の神の時間を無駄に奪っていいことにはならないんだぞ!」
「確かにその通りだ。俺が悪かった!許してくれ!」
そうおっしゃってモーラー様はカイノス様に向かって頭を下げられた。
「まあ、分かってくれれば構わない」
カイノス様は意外とすんなりモーラー様のことをお許しになった。
神様の世界でも頭を下げることは有効な手段なのだな。
「で、そいつがデフトルか?」
そうおっしゃってカイノス様は俺のことを睨んでこられた。
カイノス様はパッと拝見した感じだと短髪で目つきの鋭い―もしかしたら誰かを睨んでいらっしゃるところしか拝見してないからそう感じるだけかもしれないが―男性の神様の様に拝見できた。
カイノス様もグノース様と同様に一瞬拝見しただけで分かるぐらい美しい方でいらっしゃった。
ただ、その鋭い目つきで睨まれると今から罰を与えられるんじゃないかと不安になって来る。
「はぁ~。こんな奴に人生をやり直させるなんてパンディナモス様は何を考えていらっしゃるのだか。プルトの方がこんな奴よりも勇者にふさわしいというのに」
いきなり俺への不満をおっしゃってきたので、すぐに理解できた。時の神カイノス様は俺を勇者に推した神様ではないということに。
「いーや、デフトルの方が勇者にふさわしいね!プルトはダメだ!神々への敬意が足りない!」
カイノス様の態度に俺は落ち込みそうになっていたが、モーラー様がすぐに反論してくれたので、そこまで気分は落ち込まなかった。
「神々への敬意が足りないのは、そういう身の上だからということをモーラー、お前も知っているだろう?それくらいでプルトを批判するなんて心が狭いぞ!」
「確かにプルトちゃんの身の上は考慮すべきことかもしれないけど、魔王を倒した後、礼拝はおろか教会に一度も足を運ばなかったことを看過してはいけないと私も思うわ!」
「グノース、お前もいい加減考えを改めた方がいいぞ。ここでは2対1で俺の方が少数派だが、神全体の意見としてはお前らの方が少数派なのだからな」
「少数派の意見だから間違っているとは言えないし、多数派の意見だから正しいとも言えないと思うぞ」
「プルトは魔王を倒しているのだから、俺たちの意見が間違っているとは言えないと思うがな」
「ということは、デフトルが魔王を倒せば俺たちの意見が間違ってなかったという訳だな?」
「倒せればの話だがな」
モーラー様もカイノス様もお互いに全く譲歩する気配がなく、殴り合いのけんかが始まってもおかしくない空気が漂っていた。
「まあまあ、モーラーちゃんもカイノスちゃんもそのくらいにしましょう?もう決まったことだから、ここでいくら言い合ってもしょうがないんだし」
「それもそうだな。さっさと終わらせて別のことに時間を使う方が有意義だな。それで何歳からやり直すんだ?」
カイノス様がモーラー様から俺に視線を変えて質問してきた。
ただ、俺は質問の意味が理解できず、「何歳からやり直す?」とオウム返しをしてしまった。
「なんだ?モーラー、お前デフトルに説明してなかったのか?」
「そのことについては、まだ説明してなかった。今説明するから2,3分待っていてくれないか?」
「今更、2,3分待たされることに文句は言わねぇよ。さっさと説明してやれよ」
「悪いな。手短に説明するから。デフトル、何歳からやり直すというのは、お前の人生を何歳からやり直すかということなのだ」
「ああ、そういうことですか。私は人生をやり直すと伺っていたので生まれたばかりの時からやり直すのかと思っていました。」
「もちろん、それでも構わないぞ。ただし、幼い頃にやり直したいと思うことがないのなら、ある程度成長したところからやり直しても構わないのだぞ。例えば……」
「例えば御前試合でプルトと戦うところからやり直しても良いんだぞ」
モーラー様の説明にカイノス様が割って入って来られた。
カイノス様が俺を見て意地悪そうに笑っていらっしゃるので、皮肉をおっしゃったのだと理解できた。
「おい!カイノス!余計なことを言うな!デフトル気にするな!好きな年齢からやり直していいのだからな!」
「余計なことを言っているのはモーラー、お前の方だろう!デフトルの人生でやり直したいことはプルトと戦った御前試合の決勝戦だろう!そこで勝つか負けるかがデフトルの人生の一番の分岐点なのだから、そこからやり直すのが一番手っ取り早いだろう?」
「それはそうかもしれないが、プルトが勇者に選ばれる運命は変更されていないのだからデフトルがプルトに勝つためには、それ相応の準備期間が必要だ。だからデフトル、カイノスが言っていることなんて無視して好きな年齢から人生をやり直すのだ。良いな?」
「はい。承知しております。カイノス様、いつから人生をやり直すか考えますので、少し時間をいただいてもよろしいですか?」
「チッ。できるだけ早くするんだぞ!」
「ありがとうございます。」
俺はカイノス様にお礼の言うと、いつから人生をやり直したら良いか考え始めた。
「(確かにカイノス様がおっしゃった様に御前試合の決勝戦からやり直すのが一番手っ取り早いと言えば手っ取り早い。ただ、無策でプルトと戦っても勝てやしないだろう。勝つためにはいろんな準備が必要だ。御前試合は俺が18歳の時だったから、10歳ぐらいからやり直せばいいか?いや、待てよ。プルトに勝って勇者に選ばれても魔王を倒せなかったら意味がない。プルトに勝つ準備だけじゃなくて魔王を倒す準備もしなきゃいけない!魔王を倒すのに大切なのは武器や防具、あとは仲間だな。仲間と言えば、プルトの仲間の一人は確か……)」
「それではカイノス様、私の5歳の誕生日からやり直したいと思います。お願いできますか?」
「そのくらい造作もないことだ。時刻を指定することも可能だが、この時刻がいいというのはあるか?」
「時刻ですか?う~ん、それでは私が朝、目を覚ます時からやり直したいです」
「朝、目を覚ます時だな。それでは早速、時間を巻き戻すぞ。覚悟はできているか?」
「はい!覚悟はできております!」
「よし!ではこれからデフトルの時間を巻き戻す!」
カイノス様がそうおっしゃると、俺の足下に光の円ができて俺はその円から上がってくる光に包まれた。
光が当たっていても陽の光と違って暖かかったりすることはなかった。
ただ、1度目の人生の中では感じたことがない不思議な感覚があった。
「デフトル!」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえて、不思議な感覚に身をゆだねつつあったところから意識を取り戻した。
俺の名前を呼んだのはモーラー様だった。
「デフトル!きっとお前ならプルトが勇者に選ばれる運命を自力で変えることができると私は信じている!頑張れよ!」
「そうよ!デフトルちゃんなら運命を変えられるわ!ささやかだけど、私の加護で1度目の人生の記憶を持ったまま人生をやり直せるから役に立ててね!」
モーラー様だけでなくグノース様も励ましの言葉をかけてくださった。
大半の神様が俺ではなくプルトの味方なのは分かっている。
それでも俺は人生をやり直すという機会を与えてくれた少数派の神々の期待にこたえたいと心から思った。
「はい!モーラー様、グノース様ありがとうございます!今度こそ必ず勇者に選ばれて魔王を倒してみせます!」
モーラー様とグノース様が微笑んでくれているのを拝見したところで意識が途切れた。




