第34話 第7章 勇者選抜御前試合⑤(決着)
試合が始まると俺はすぐに自分の身体能力を強化して、10m以上はある俺とプルトの間合いを一気に詰め寄り、魔法で強化した木剣を振り下ろした。
俺がプルトに勝つために、かねてより考えていた作戦はアーチゴ団長との模擬試合で培った高速移動でプルトに近づき、魔法で強化した力と木剣を使って渾身の一撃をプルトに食らわせて一気に勝負を決めてやろうというものだった。
というのも、1度目の人生ではプルトの出方をうかがっている間に、俺の力量を見定めたプルトに間合いを詰められ猛然とした攻撃を受けて、為す術もなく負けてしまった。
そのため、今回はプルトの魔法も力量もある程度理解しているという有利な俺の方から仕掛けてやろうと考えた。
万が一、一撃で勝負が決まらなくても俺の渾身の一撃を与えれば左腕を使い物にならなくすることくらいはできるのではないかとも考えての策だった。
プルトの左肩を狙って俺は木剣を振り下ろす。
「勝った!」
木剣を振り下ろすまでは本当にそう思っていた。
だが、振り下ろした木剣から伝わった感触が明らかに人間の肩の感触でないことに気付いた。
俺が振り下ろした木剣はプルトに当たることなくプルトが握っている木剣で防がれていた。
「(嘘だろ?俺の全力がこんな簡単に防がれるのか?)」
さっきまで自分が勝つことを信じていたが俺は少し動揺し始めた。
そんな時に不敵な笑みを浮かべたプルトが、「なんだ、こんなものですか」と口にした。
その言葉は1度目の人生で俺の力量を見定めてプルトが攻勢に移り始めた時にも発した言葉と同じものだった。
俺はそれを聞いた瞬間、「(俺はプルトに負ける)」という意識が体中に広がっていくように感じた。
「負けてたまるか!」
その意識を振り払うように俺の方からプルトに攻勢を仕掛けた。
俺は何度も何度も木剣を打ち込んだ。
しかしそれはプルトに簡単にさばかれてしまった。
何度打ち込んでも簡単にさばかれてしまうので、段々と「(俺は負けるんじゃないか?)」という意識が俺の体を支配していくように感じた。
それに比例して俺の体も重くなり攻撃も軽くなっているように感じた。
それはプルトにも見破られているらしく、さっきまで俺の攻撃をさばいているだけだったプルトが少しずつ俺への攻撃も加え始めてきた。
そして、プルトの攻撃を俺が防いで、そのまま鍔迫り合いになった時にプルトがぼそっと、「やっぱりね」という言葉を口にしたのが聞こえた。
「何がだ⁈」と問い返したい気持ちもあったが、そんなことをする余裕もないくらいプルトに力で押されていた。
俺が問い返さなかったにもかかわらず、プルトがニヤリと笑いながら、「あなた、デフトルさんでしたっけ?あなたの魔力供給源って『笑顔でいること』じゃないですか?そして使える魔法は『身体強化と物質強化』じゃないですか?」と質問してきた。
「(やめろ!聞き返すな!)」と頭では考えていたが、それに反して口からは、「それがどうした⁈」という言葉が出てしまった。
「気付いていないんですか?さっきからあなたの攻撃が軽くなっていたり、動きが鈍くなっていたりすることに?」
「(やめろ!聞き返すな!)何でそれを……?」
「おや、本当に気付いていないんですね?デフトルさん、あなた今笑顔じゃないですよ」
プルトの言葉を聞いて愕然とした。
俺が今まで自分の顔が笑顔じゃないのに気付かずにいたことに驚きを隠せなかった。
「(え?いつからだ?いつから俺は笑顔じゃなかったんだ?確かにさっきから思った以上に力が入らなかったり素早く動けなかったりしていたが、それが魔法を使えていなかったからだと何故気づかなかったんだ?)」
「(負けるな、これは)」
そんな意識が完全に俺の体を支配した。
「うわぁぁぁぁ!」
そう叫びながら、俺は自分を支配する意識を振り払うように、全力でプルトを押し返して鍔迫り合いを解き、後ろに飛び退いた。
思った以上に簡単にプルトを押し返すことができたことに驚いたが、もしかしたらプルトはさっきから魔法を使っていないのではないかと俺は考えた。
「(手加減されている?これは勝てないんじゃないか?これは負けるんじゃないか?いや、そんなことはない!笑顔を作るんだ!笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔!あれ?)」
「(笑顔って、どう作るんだっけ?)」
幼い頃から訓練してきた笑顔を作ることすらできないくらい俺は追い詰められていた。
「(もう笑顔を作ることすらできない。終わりだ。俺の負けだ。)」
こうして負けを認めてしまうと追い詰められていた気持ちが少しずつ冷静さを取り戻してくる。
すると今まで見えていなかった観客の様子や聞こえていなかった観客の声が聞こえてきた。
ほとんど、いや、おそらくこの試合を見ている観客の全員が笑みを浮かべながらプルトを応援していた。
聞こえてくるのは、「いけ―!プルトー!」や「勇者はお前だー!プルトー!」などといったプルトを応援する声ばかりだった。
それは1度目の人生での俺とプルトの試合の時と一緒だった。
プルトの魔法供給源は他者からの称賛であり、このような状況になってしまえば、もう俺に勝ち目などはない。
プルトが最後の一撃を俺に与えるために力をためているのが見える。
「(ハハッ。まあ、頑張ったんじゃないか?勇者に選ばれる可能性は1%しかないんだ。それにしては善戦した方だろう。これだけの実力差を1度目の人生で気づけなかった俺が悪いんだ。全力で戦って負けたのだから、今度はもう少し前向きにプルトの英雄譚の語り部としての人生を全うできる気がするよ)」
身体強化の魔法で力をためたプルトが俺の方へ一瞬でやって来て木剣を振り上げた。
胴ががら空きだったが、それを狙う気力すら俺には残っていなかった。
ただ立ち尽くして勝負が決まるのを俺は待った。
「(ホント、こんな人生やり直すなんて、自分自身のことながら笑えてくるぜ……)」
俺が冷笑を浮かべたところにプルトの重い一撃が俺の左肩に入った。
「(痛いっ!でも耐えられないほどじゃない。どうしてだ?プルトの奴がまだ手加減しているのか?)」
俺は現状が理解できず、目の前のプルトを見るとプルトも理解できないのか困惑の表情を浮かべていた。
「(プルトの表情から察するに手加減はしていなさそうだ。だとしたらどうして?もしかしてさっきの冷笑のおかげか?冷笑でも笑顔は笑顔だから俺の魔法が発動したのか!そんなことあるのか?いや、でもそうとしか考えられないし)」
「プッ!アッハッハッハ!」
俺は自分の意図していない行動で予想だにしないことが起こった事がおかしくて笑い出した。
そんな俺を見てプルトは恐怖を感じたのか後退って俺と距離を取った。
「(しかし、どうしたものか?今の攻撃を耐えられたからと言って俺はプルトに勝てるのか?ただ負ける機会が伸びただけじゃないのか?)」
俺がこの後の行動を迷っていると、「デフトル―!!負けないで―!!」という声が試合会場に響いた。
その声は聞きなじみのある声だった。
「(エリス!この声はエリスの声だ!エリスの奴、声を拡声する魔石を持ち込んでいたんだな。)」
「(そうだ!そうだった!エリスがいたんだ!それにスピドロもこの試合会場で俺の試合を見ているんだ!さっき俺は観客全員がプルトの応援をしているんだと考えたが、そんなことはなかった!1度目の人生とは違って俺を応援してくれる人が2人もいる!)」
「フッ、ハハハハハッ」
一緒に試合会場に来ていたのに、エリスとスピドロのことをすっかり忘れていたことがおかしくて笑ってしまった。
それを見てプルトは困惑した表情をしていた。
1人で戦っている気でいたが、それは違った。
その事実に気づくとさっきまで「負ける」という意識に支配されていた俺の体が熱くなって軽くなっていくのを感じた。
「(今のこの状態の俺がプルトに負ける?ありえない!勝つのは俺だ!)」
いつの間にか冷笑ではない心からの満面の笑みを俺は浮かべていた。
俺はすぐに魔法で身体強化を行い、プルトに向かって突っ込んで行った。
急な俺の変わりようにプルトは対応するのが遅れて、俺の猛然とした攻撃に防戦一方になっていた。
「(体が軽い!左肩も全然痛くない!勝つ勝つ勝つ勝つ!俺が勝ーーーつ!)」
どう見ても俺の方がプルトを押していた。
俺が「負ける」という意識に支配されていた時と違い、プルトの奴も本気を出しているように見えるにもかかわらずだ。
ただし、プルトはまだ奥の手を隠している。
その奥の手を出されたら、この状況をひっくり返されるかもしれない。
だから、プルトが奥の手を出す前に決着をつけなくてはいけない。
俺はプルトに与えていた集中攻撃を一旦やめてプルトから距離を取った。
渾身の一撃を今度こそ決めるためだ!
俺はできる限り自分の体と木剣を強化して再びプルトに向かって行った。
プルトも俺が離れた時間を利用して力をためたようだ。
俺は上から木剣を振り下ろし、プルトは下から木剣を振るった。
「ガキ―――ンッ!!」
俺とプルトが振るった木剣同士が当たり、木剣とは思えない音を立てて折れた。




