第35話 第7章 勇者選抜御前試合⑥(勇者決定)
観客は盛り上がっていたが、当事者である俺とプルトは折れた木剣を握りながら立ち尽くしていた。
体感では数分間経ったんじゃないかというくらい立ち尽くしていたが、このまま立ち尽くしていても仕方ないので進行係の人にこういう場合はどうすれば良いのか尋ねようとしたら、何かが顔に向かって飛んできたので左手で払った。
俺に向かって飛んできたものは「コトンッ!」と音を立てて石でできた試合の舞台の床に落ちた。
「(何だ?)」と俺は飛んできたものを見ると剣先が折れた木剣の柄だった。
「(これを投げてくるとしたらあいつしかいないな)」と考えて、俺がプルトの方へ視線を向けると、プルトは俺を睨みながら、「さあ、続きを始めましょう」と言ってきた。
「ちょっと待てよ!武器が壊れたら試合は終了のはずだろ!でも、俺たちの木剣は同時に折れたわけだし、ここは進行係の人にどうするか尋ねないといけないんじゃないか?」
「そう!ルール上は先に武器が破壊された方の負けとなっている!だが僕たちの木剣は同時に折れた!そして僕もキミも負けを認めるつもりはない!それならば新しい木剣を用意してもらって続きをやるのが一番良いと思わないですか?」
「(確かに。どちらも負けと決められないのなら仕切り直すのが一番良いか)」
「すみません、進行係の方。俺もあいつもこのまま試合が終わるのは不本意なので続きを始めてよろしいですか?」
進行係の人も上司に伺いを立てているのか、「すぐには返答できかねますので、しばらくお待ちください」と答えるだけだった。
するとそれに業を煮やしたのは俺でもプルトでもなく、この試合を見ていた大勢の観客だった。
「何やってるんだ――⁈さっさと試合を再開しろ――!」
怒号にも近いヤジが飛び交った。
それでも進行係が試合を再開しなかったので、プルトも業を煮やして、「もういい!デフトルさん!試合を再開しましょう!木剣なんていらない!僕たちにはまだこれがある!」と言ってプルトは両手を体の前に構えた戦闘態勢をとった。
「(殴り合おうということか?まあ、木剣がないんじゃそうなるか。)」
「よしっ!いいだろう!これで決着をつけよう!ただし、死ぬ前には『参った!』と言って負けを認めてくれよ!」
そう言って俺も両手を体の前に構えた戦闘態勢をとった。
「それはこちらのセリフですよ!」
たとえ殴り合いでも、今の状態の俺ならプルトに負けるのは考えられない。
「勝つのは俺だ!」
そう叫んで俺はプルトに向かって行った。
プルトもこぶしを振り上げながら俺に向かってきた。
もう少しでどちらかのこぶしが相手に当たりそうな瞬間、「そこまで!」という声が試合会場全体に響いた。
俺もプルトもお互いを殴ろうとするのをやめて声の主が誰か探し始めた。
「よろしい。2人ともそこまでだ」
声の主の正体はすぐわかった。
勇者選抜御前試合の主催者であるシルヴァリア国王陛下だった。
シルヴァリア国王陛下がチカタスタ宰相から魔石の付いた棒を奪って、俺とプルトに殴り合いをやめるように伝えたらしい。
チカタスタ宰相が何かを陛下に申し上げていた。
「……もう良いではないか?チカタスタ宰相よ。わが親愛なる民がこれ以上無駄な血を流してほしくないのだ……」
国王陛下と宰相の会話が魔石によって少しだけ聞こえてきた。
最終的に宰相が折れたのだろう。うなだれたまま国王陛下から離れて行った。
「観客として集まってくれた我が国民たちよ。このままどちらかが倒れるまで試合を続けてほしい気持ちは重々理解できるが、私はデフトルもプルトも木剣が折れるまで戦い抜いたのに、このままどちらかが倒れるまで試合を続けさせるのは最良ではないと判断した。これは私のわがままなのだが、デフトルとプルト、この両名とも13代目の勇者に選ぶというのはどうだろうか?私はこの2人なら、いやこの2人なればこそ、かの邪知暴虐なる魔王を倒してくれると信じられるのだ!観客諸君よ、わが案に賛同してくれるのならば、素晴らしい試合を見せてくれた2人に対する称賛の意味も込めて拍手をしてはくれないだろうか?」
国王陛下の演説が終わると試合会場にいた観客全員が拍手を始めた。
「うむ!では国王シルヴァリア1世の名のもとにデフトル、プルトの両名を第13代勇者に選出することを宣言する!」
観客は拍手だけでなく、「国王陛下万歳!」や「2人ともおめでとう!」や「絶対魔王を倒してくれよ!」などと歓声を上げ始めた。
しばらくの間、俺は状況を飲み込めずに立ち尽くしていた。
だが、段々と自分の現状が理解できて来た。
「俺、勇者に選ばれたんだ……」
それが理解できた瞬間、俺はガッツポーズをして、「うぉぉぉぉぉ!」と叫んでいた。
「(やった!やったぞ、俺は!99%不可能だと言われた運命を切り開いたぞ!見ていらっしゃいますか?モーラー様!俺は成し遂げましたよ!)」
俺が勇者に選ばれた喜びで泣きそうになっている時にプルトが、「デフトルさん!」と話しかけてきた。
「どうやらお互い勇者に選ばれたみたいですね。さっきまでは勇者の座を争う関係でしたが、これからは魔王を倒すという共通の目的を持った同志です。お互い頑張りましょう!」
そう言ってプルトは右手を前に出してきた。
握手しようとしていると理解した俺は右手を出してプルトの右手を握ろうとしたのだが、右手を前に出すのと一緒に俺は体ごと倒れてしまった。
「デフトルさん⁈どうしたんですか⁈大丈夫ですか⁈」
急に倒れた俺にプルトが声を掛けてくれているようだった。
「(体が重い。左肩が痛い。力が入らない。俺、もしかしたらこのまま……)」
そこで俺の意識は途絶えてしまった。
俺が意識を取り戻すと目の前にはエリスとスピドロ、そして父上の顔があった。
「やっと目を覚ましたか。この馬鹿息子が」
「父上⁈どうしてここに⁈え⁈もしかして今までのは夢だったのですか⁈」
「お前がどんな夢を見ていたのかは知らんが、お前が勇者に選ばれたのは夢ではないから安心しろ」
「そうですか。それは良かった」
「まさか本当に勇者に選ばれるとはな。私が望んでいないとはいえ、自分が一度決めたことを成し遂げたのはよくやったと思う。さすが私の息子だ!」
「ありがとうございます。父上。」
「ただし、勇者に選ばれたからといって気を抜くんじゃないぞ!勇者に選ばれるのは通過点に過ぎないのだからな!良いか?私より先に死ぬことなんて絶対に許さないからな!」
「はい!父上!」
「肝に銘じて置け!国王陛下に呼ばれているので私はもう行くが、安静にしているように!」
「はい。父上。」
そう言い置くと父上は部屋から出て行かれた。
「デフトル、痛い所はありませんか?」
父上が退出されるとすぐにエリスが俺の体調を聞いてきた。
「エリス、大丈夫ですよ。全然痛い所はありません。私が意識を失ってからずっと治癒魔法をかけてくださったのですね?ありがとうございます」
「いえ、たいしたことありません。それよりも、デフトルに謝らないといけないことがあるのです」
「俺に?一体何ですか?」
「デフトルがプルトさんに追い詰められていた時に魔石を使って応援しなかったことです」
「え?応援してくれたじゃないですか?俺はエリスの応援のおかげで諦めずに戦い抜くことができたのですよ」
「それはデフトルがプルトさんに一撃与えられた後ですよね?私が言っているのは、その前です。もっと早く魔石で応援していればプルトさんから一撃もらうこともなかったんじゃないですか?試合を見ることにいっぱいいっぱいで応援することを失念していました。申し訳ありませんでした」
「エリス、謝らないでください。そんなたらればを言っても仕方ありませんよ。俺はエリスの応援のおかげで最後まで戦えて勇者に選ばれた。大事なのはその事実だけですよ」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは俺の方ですよ。ありがとうございました。エリス。それにスピドロもな」
「俺は何もしていませんよ?」
「いや、あの会場にいてくれただけで力になったよ」
「そうですか?それなら良かったです」
「ただし、このまま俺たちは浮かれるわけにはいかない!俺たちは成し遂げたようで何も成し遂げていないのだからな!」
「それは先程ハモン公爵様がおっしゃられたことですよね?」
「ああ。俺たちが本当に喜ぶのは魔王を倒した時だ!」
俺とエリスとスピドロは今やっとスタートラインに立ったのだった。




