第32話 第7章 勇者選抜御前試合③(初戦)
そこから後のことは、あまり覚えていない。
とりあえず、最後のプルトが残ったくじを箱から引いて、1回戦の第15試合目に決定したことは、かろうじて覚えているが、それ以外のことはほとんど覚えていない。
いつの間にか試合の舞台から下りて、いつの間にか控室に戻り椅子に座っていた。
もちろん、今でもミソールのことは好きじゃない。
ミソールが護衛兼家庭教師だった時は何かと口うるさくて、勉強の教え方も鼻につく感じがした。
しかし、今回の人生では俺の護衛に選ばれなかったために、変なうわさが立ち、就職活動が大変だったらしいとは風のうわさで聞いた。
そんな相手に直接引導を渡さなくてはいけないと思うとさすがに罪悪感があった。
俺に完膚なきまでに負けた後、俺のことを恨まなければ良いけどな。
「……トルくん!デフトルくん!」
「うわ!何だ⁈ってスケーロくんか。驚かさないでくれよ」
「それはすまない。けれども何度呼びかけても反応がなかったから心配でさ」
「そうだったのか。こちらこそ申し訳ない。何度も呼び掛けてくれていたのに気付かなくて。それで何の用だい?」
「いや、たいしたことではないのだけれど、試合順を決めるくじを引いた後から心ここにあらずと言った感じだから、もしかして試合相手のミソールと言う人と知り合いなのかなと気になってさ」
「やっぱり気付いちゃうか。そうだよ。ミソールはちょっとした知り合いなんだ」
「やっぱりそうなんだ?差し支えなければどんな知り合いなのか教えてもらっていいかな?」
俺は一瞬躊躇したが、調べればどうせ分かることなので、スケーロくんに俺とミソールの関係を説明した。
「そうか。デフトルくんの護衛になっていたかもしれない人なんだね?でもデフトルくんはスピドロという人を護衛にしたと」
「そうなんだ」
「う~ん、なるほど。だからさっきからデフトルくんを睨んでいるんだね。ミソールさんは」
「え?」
「ほら、あそこ」
スケーロくんの指の先を見ると俺たちが座っている椅子がある控室の隅から対角の隅でミソールはこっちを睨みながら立っていた。
俺と目が合うと、ミソールはゆっくりとこちらへ近づいてきた。
そして俺の目の前に来ると、深々と頭を下げて、「お久しぶりです。デフトル様。私のことを覚えていらっしゃいますか?」と尋ねてきた。
「も、もちろんです。ミソールさんですよね?お久しぶりです」
ミソールは不気味なくらいにっこりと笑いながら、「そうです。あなたの護衛に選ばれなかったために、就職先がなかなか決まらず、やっと決まった伯爵家のご令息の護衛の仕事もクビになったミソールです」と自己紹介してきた。
「そ、そうですか。それは大変だったでしょう?」
「ええ。それはもう、口では簡単に説明できないほどに」
「そうですか……」
「ええ。そうなのです」
「でもミソールさんは自分の現状が大変なのに国を守るために勇者に志願されたわけですよね?ご立派ですね」
スケーロくんがそんなに弾んでいないとはいえ話に割って入って来たので俺もミソールも驚いてスケーロくんの方を向いた。
「え、ええそうですよ。国も救えてデフトル様に引導も渡すことができるので、私は今回勇者に志願しました。デフトル様!勇者に選ばれるのはあなたではなく私です!」
「そうですか。ミソールさんには悪いですが勇者に選ばれるのは俺です!」
「まあいいでしょう。いずれ分かることですから。それでは失礼いたします」
そう言い置くとミソールは元いた場所に戻って行った。
「気にすることないよ。デフトルくん。デフトルくんの護衛に選ばれなかったのはともかく、伯爵家のご令息の護衛をクビになったのはミソールさんがたぶん悪いんだしさ。」
「そうだよね。俺ばかりが悪いわけではないよね?」
「そうだよ。それにしても最後に『勇者に選ばれるのは俺です』って、しっかり言い返したのはすごいね」
「それはそうだよ。勇者に選ばれるために俺は人生やり直しているのだから」
「え?やり直す?」
「ああ、ごめんごめん。何でもないよ。気にしないでくれ」
「ああ、そうなんだね?それならこれ以上は聞かないでおくよ」
そうだ。スケーロくんの言う通りだ。
ミソールのこれまでの人生がひどいものだからと言って、俺が全部悪いとは限らない。
ミソール自身に問題があったかもしれないのだから。
ミソールに文句を言われたくらいで勇者の座を譲ることはできない!
そんなことぐらいで俺の決意は揺らがない!
相手があのミソールでも俺は絶対に勝つ!
そう決意を固め直している時に控室のドアが開いて、「第2試合が開始されますのでデフトルさんとミソールさんは準備してください」と俺とミソールをきちんとした身なりの人が呼びに来た。
「それじゃあ行ってくるよ」
俺はスケーロくんに挨拶してから控室を出た。
「うん。応援しているよ」と言ってスケーロくんは送りだしてくれた。
開会式が始まる時と一緒で薄暗い通路を通り抜けて試合会場の入場口へと俺は向かった。
開会式の時と違うのは入場口に試合で使う木製の武器が用意されていた。
剣や槍や斧だけでなく大剣や杖や弓矢なども用意されていた。
勇者選抜御前試合のルールはハモン家の騎士団の模擬試合や貴族学院の戦闘実習の試合と同じく相手を倒すか「参った」と言わせるか相手の武器を破壊した方が勝者だ。
それに加えて試合の舞台である縦50m×横50mの正方形の石造りの舞台から相手を押し出しても勝ちになる。
試合では木製の武器を使うが、これは魔王を倒す勇者を選ぶための試合だ。
勇者に選ばれた後は常に死が付きまとう旅をしなくてはいけない。
そのため、模擬試合では禁止されていたが試合相手を殺しても失格にはならないし殺した方が勝者となる。
ルール上はそうなっているが、試合相手を殺してしまうことはまれだし、俺はそんなことはしたくないと考えている。
だから、これから戦う相手もすぐ「参った」と負けを認めてくれると嬉しいのだけどな。
などと考えながら、俺は用意されていた木製の剣を選んで試合の舞台へと上がった。
俺が舞台へと上がると周りの観客の歓声が上がった。
「(これにはさすがに答えなくてはいけないな)」と考え、木剣を持っていない左手を観客に見えるように大きく振った。
観客の歓声がやんだら手を振るのをやめようかと思っていたが、左手を数秒間振っていたら刺すような視線を感じた。
手を振るのをやめて、視線を感じる方を見ると、ミソールが今にも殴りかかりそうな表情で俺を見ていた。
ミソールの俺への恨みは相当なものだなと感じた。
観客の歓声は俺が手を振るのをやめてから数秒でやんだ。
歓声がやむと試合の進行係らしき人が魔石の付いた棒を口の近くに持って、「それでは1回戦第2試合、デフトル対ミソールの試合を始める!両者互いに礼!」と試合を開始するための進行を始めた。
俺とミソールは試合開始の立ち位置に立ち、お互いに礼をして俺は木剣、ミソールは杖を構えた。
礼をした後、頭を上げてミソールを見た時にやっと気づいたのだが、今、目の前にいるミソールはスピドロと俺の護衛の座を争った時に比べて軽装だった。
ミソールは暑い又は熱いと強く感じることで強力な炎の魔法が使えるはずだったので、軽装なのはおかしいなと考えていると、進行係の人が、「それでは、始め!」と試合を始めてしまった。
ミソールが軽装である理由が分からず、警戒してミソールの出方をうかがおうと、すぐに攻めるのを俺はやめてしまった。
それをミソールは見逃さなかった。
すぐに魔法の炎で囲み始めた、ミソール自身を。
おそらく、自分を炎で囲むことによって俺を攻めづらくするのもあるだろうが、それによって熱さを感じて強力な炎の魔法を放つ準備をしようということが一番の理由だろう。
こうなると時間をかければかけるほど俺は不利になるだろう。
だから俺は団長との模擬試合で鍛えた速力で一気にミソールとの距離を詰め、ミソールを囲む炎も恐れずに突っ込んだ。
ミソールは炎の魔法で攻撃してきたが、まだ時間が足りなかったのか、たいした大きさでもなかったため剣で斬り払った。
そしてすぐに剣をミソールの首元へ当てて、「俺の勝ちだ。降参しろ」と迫った。
ミソールは苦虫を噛み潰したような表情をしていたが、「参った。降参する」と負けを認めた。
「ミソールが負けを認めたため、勝者デフトル!」
進行係の人がそう言うと、観客から歓声が上がった。
俺は観客に見えるように右腕を突き上げた。
するとさらに観客から歓声が上がった。
お互いケガもなかったので、後は試合開始の立ち位置に戻って互いに礼をして終わりだったが、ミソールはなかなか立ち位置に戻らなかった。
一向に戻る気配がなかったが、進行係の人が近づいてミソールの耳元でぼそぼそと何かをつぶやくとミソールはすぐに立ち位置に戻り礼をして舞台を降りて行った。
おそらくだけれど、国王陛下が見ていらっしゃるから進行の邪魔をすると何があるか分からないぞとでも言ったのだろう。
舞台を降りた俺は控室へと戻った。




