第26話 第5章 団長に勝て!③(2度目のあの日)
もしかしたら団長が模擬試合をまたしてくれるのではないかと期待して御前試合の申し込みギリギリまで交渉したが、何かと理由をつけて断られてしまった。
それはあまり期待していなかったので落ち込むことはなかった。
団長との模擬試合の次の日から朝目覚めてすぐに行っていた神様たちへのお祈りにアナムス兄さんが長く生きられることを追加した。
それまでは2度目の人生を送らせてもらっているだけでもありがたかったので、あまりお願いはせずに神様たちへの感謝と勇者に絶対になりますという決意表明だけしていたのだが、アプリト元大臣の事件以来久しぶりに神様たちへお願いした。
俺の死ぬ間際の願いを叶えていただいておいて、それ以上を望んでいいのかという思いもあったが、どうしても諦めきれなかった俺は縋る相手が神様たちしかいなかったので図々しいお願いをし続けた。
もちろん、12人目の勇者がいつ倒れても良いように剣と魔法の鍛錬は欠かさなかったし、団長との模擬試合を何度も挑んで早く団長に勝てるように努力した。
そして1年以上が経ち俺は13歳になった。
その日も俺は騎士団員と同じ剣と魔法の訓練をした後、団長との模擬試合に向けて騎士団員の方やスピドロと模擬試合をした。
とにかく体を動かしていないと余計なことを考えてしまうからだ。
午後5時を過ぎた頃、団長がこれ以上の模擬試合をやめるように言ってきたので仕方なく模擬試合を中断して屋敷へ戻った。
1度目の人生の同じ日だったら自室で護衛兼家庭教師のミソールに教わりながら勉強をしているところにアナムス兄さんと同じ王国騎士団に所属しているイポットという方が屋敷を訪ねてきてアナムス兄さんが魔王軍との戦いで命を落としたことを報告にやって来る。
母上は泣き崩れたが、父上は、「だからあれほどやめておけと言ったのだ、バカ息子が」と怒りの言葉をおっしゃって書斎に閉じこもってしまわれた。
俺は国や俺たちのために魔王軍と戦ってくれた息子にかける言葉としては冷たすぎると思い、父上を追いかけて書斎の扉をノックしようとしたが、書斎の中から父上のむせび泣く声がかすかに聞こえたのでノックするのをやめた。
1度目の人生では、この日にアナムス兄さんの命を奪った魔王軍を率いている魔王を俺の手で倒すことを決意した。
2度目の人生では魔王を倒すために剣と魔法の訓練に打ち込んだ1日だった。
屋敷から俺を呼びに来る者もいなかったので、おそらく俺の願いが聞き届けられたのか、もしくはアナムス兄さん自身の力で切り抜けたのか、アナムス兄さんの訃報を聞くことはなさそうで俺は少し安心しながら屋敷に入った。
しかし、それはぬか喜びだとすぐに理解した。
俺が屋敷に入るとすぐに執事のピツァドが飛んでやって来て、アナムス兄さんが魔王軍との戦いで命を落としたことを伝えてきた。
さらにピツァドは母上が訃報を聞いて自室でずっと泣いていることや父上が書斎に閉じこもって、「誰も入ってくるな」とおっしゃったことを伝えられた。
結局変わらないのか?
結局1度目の人生の時と変わらないのか?
俺が2度目の人生をやり直すことを決めた時、自分が勇者に選ばれる御前試合は第13回目を想定していた。
もちろん、あれだけ辛酸をなめる人生を送る原因となったプルトを直接負かして勇者に選ばれたいと考えていたからだ。
第13回目の御前試合でプルトに勝つことを想定した努力とはいえ、2度目の人生では5歳の時から勇者に選ばれるための努力をしてきたというのにアナムス兄さんの命を助けることすらできなかった。
こんなのでは、次の勇者選抜御前試合でも俺はプルトに勝てないのではないか?
第12回目の勇者選抜御前試合に出るために団長に模擬試合で勝とうとしたが、結局期限までに勝つことができなかった時と同じ絶望感が俺の頭の中を支配しようとしていた。
「(なんか息苦しい。そういえば俺はいつ呼吸をしたっけ?)」
「(あれ?呼吸ってどうやるんだっけ?)」
俺が絶望感から呼吸困難になりかけていた時、屋敷の玄関の扉が開いた。
「失礼いたします」
そう言って屋敷に入って来たのはエリスだった。
「エ、エリス……どうしてここに……」
「デフトル、何をおっしゃっているのですか?6日前にそのうちお屋敷を訪問させていただきますという内容の手紙を送ったじゃないですか。返事をいただく前に訪問しちゃいましたが」
言われてみれば、昨日エリスから手紙が届いていたことを思い出した。
昨日は今日のことで頭がいっぱいだったので、明日読んで返事を書こうと考えていたのだが、こんなことならすぐに読んでおけば良かったかな。
いや、手紙が届いた次の日に来られては、昨日エリスからの手紙を読んで返事を送っても意味がなかったな。
「デフトルに是非見ていただきたいものがあるのですが……どうしたのですか?デフトル?顔色が優れないようにお見受けしますが」
「それが……先程から……呼吸がうまく……できなくて……」
「それは大変!デフトル、両手を前に出してもらってもよろしいですか?」
エリスの発言の意図は分からないが、とりあえず俺は言われるがまま両手を前に出した。
エリスは俺の両手を自分の両手で包むように握った。
するとエリスの両手がオレンジ色に光り出した。
そしてエリスに握られている俺の両手がぽかぽかと温かくなってきた。
ずっとこの温かさに包まれていたいと感じるくらい心地よかった。
「どうでしょうか?」
「え?そうですね。ぽかぽかと温かくて心地良いです」
エリスの問いかけに俺は素直な気持ちで答えた。
エリスは俺の返答を聞いて優しく微笑み、「それなら良かったです。けれども申し訳ないのですが、私は呼吸が楽になったかどうかをお聞きしたかったのですが」と少し戸惑いながら再び質問してきた。
「あ、そうでしたね。えーと、呼吸、呼吸は……」
自分がちゃんと呼吸できているか確認してみると、さっきまでの息苦しさが嘘のようになくなっていることに気付いた。
「大丈夫です!もうすっかり呼吸が楽になりました。エリス、ありがとうございます」
「いえいえ。こんなことを言ってはいけないと分かっているのですが、私の魔法の効果をデフトルに実感してもらえたので、デフトルが呼吸困難になっていたのは私としては都合が良かったです」
「そうだ!魔法!エリスが俺に見てもらいたかったものって、今の魔法だったのですね?」
「はい、そうです!2週間ほど前に自分の魔力供給源に気付き、そこからさらに特訓して魔法をいつでも使えるようになりました。もうお分かりだと思いますが、私の魔法は『ケガや病気などを治癒する魔法』です」
「やはりそうですか。治癒の魔法なんて魔王を倒す勇者のパーティーには絶対欲しい魔法ですよ。エリスが俺のパーティーに入ってくれて本当に良かったです」
本当はエリスが治癒魔法を使えることを知っていたから俺のパーティーに入れようと色々と努力してきたのだが、俺は今エリスが治癒魔法を使えるのを知ったかのように振る舞った。
自分では全くおかしなところはないように振る舞ったつもりだったが、エリスは俺を労わるような目をしていた。
「どうかしましたか?」とエリスに尋ねようとした瞬間、エリスから、「デフトル、何があったのですか?」と尋ねられた。
俺は心配させないように、「『何が』って何ですか?何もありませんよ。今日も平穏な一日でしたよ」と強がった。
エリスは左右に首を振って、「それは嘘ですね。私が魔法を使えるようになったことを伝えても、デフトルは心ここにあらずという感じでしたし、それに何もなかったら、人は呼吸困難になったりしませんよ」と反論してきた。
「(強がっても無駄か……)」
俺は嬉しさ半分、諦め半分という気持ちで全てを打ち明けることにした。
「アナムス兄さんが王国騎士団に入団したことは以前伝えましたよね?今日、アナムス兄さんが魔王軍との戦いで命を落としたという報告があったのです」
「そうですか……」
エリスは、それ以上何も言わずにずっと握っていた俺の手をさらに強く握って治癒魔法をまたかけ始めた。
俺は何とか笑顔を作りながら、「エリス、治癒魔法は心の傷は治せないのではなかったですか?」とエリスが俺にまた治癒魔法をかけ始めた理由を遠回しに尋ねた。
「そうですね。でも、私には今こんなことしかできません。無駄だとは理解していますが私が治癒魔法をおかけしたいのです。ダメでしょうか?」
エリスは今の俺にかける言葉が思いつかないけど、伝えたいことがあるから治癒魔法を俺にかけてくれているのだろう。
そしてその伝えたいことは何となくだが俺に伝わってきていた。
「いえ、ありがとうございます」
俺はしばらく両手に伝わるぬくもりを感じながらエリスに治癒魔法をかけてもらった。
アナムス兄さんが亡くなったことでできた心の傷が癒されていくような気がした。




