第2話 プロローグ 人生やり直します!②
「神?やり直す?何を言っているんだ?お前は?俺をからかっているのか?」
目の前の男性が荒唐無稽なことを言い出したので、俺は苛立ちを隠せなかった。
そんな俺を見ても、目の前の男性は微笑んだ表情を崩さずに、「からかってないよ。本当に私は運命の神、モーラーだ。信じられないというのなら、お前自身の体を見てみろ。気付くことがあるはずだから」と返答してきた。
「俺の体が何だって言うんだよ?」
自分のことを神様だなんて、おかしなことを言う男の指示を聞くのは釈然としなかったが、しぶしぶ自分の手の甲を見てみた。
「え?どういうことだ?」
年を取って枯れ枝のように乾燥していたはずの指や手の甲が生気に満ちた若枝のようになっていた。
「(もしかしたら幻覚か?)」と考え、右手と左手をこすり合わせてみたが、カラカラに乾燥した手を触る感覚はなく、しっとりと水分を含んでいる感覚があった。
手だけでなく、顔や腕なども触ってみたが、乾燥している様子もなくしっとりとした肌をしているように感じた。
肌が若返っているだけではなく、ベッドから起き上がることもできなくなっていた俺が自分の足だけで立っていることも、よくよく考えたら不思議に思い始めた。
この現実にはありえないことが起きた原因が分からず、とりあえず原因を知ってそうな自称神様に尋ねてみることにした。
「おい!これはどういうことだ⁈何で俺は若返っているんだ⁈」
「それはここがお前の暮らしていた世界ではなく、神が住む世界だからだよ」
「神が住む世界⁈神が住む世界だと何で若返るんだよ⁈」
「神という存在は人間で言うところの精神だけの存在だから肉体を持っていないのだ。でも、神の住む世界に人間を呼んだ時に肉体を持って現れないと余計に話を聞いてもらえないことが多いから、神が肉体を持てるように、ここにいる存在は好きな肉体を形作れるようになっているのだ。もちろん、今のデフトルみたいに、ここに呼ばれた存在も例外ではないからだよ」
「つまり、俺が若返ったのは俺が年を取ってよぼよぼになった時の肉体よりも、若い時の活力に満ちた肉体でいたいと思っていたからってことか?」
「そういうことだ」
にわかには信じがたいが、今現在自分に起こっていることを考慮すると、この世界は俺が暮らしていた世界ではないみたいだ。そうなると、今俺の目の前にいる男性は……。
「申し訳ございません!神様!いえ、モーラー様!先程までの非礼をお許しください!」
俺は頭を下げてモーラー様に誠心誠意の謝罪をした。
「全然怒ってないから頭を上げろ、デフトル」
声色から本当に怒っていないように感じたので、「お心遣いありがとうございます」と言って俺は頭を上げた。
モーラー様の表情は最初にお会いした時と変わらず、にこやかに微笑んでいらっしゃった。
「私が神だと理解してもらえたみたいだから、もう一度聞こう。デフトル、お前人生をやり直してみたくはないか?」
「あの……モーラー様、私は人生をやり直せるものならやり直したいと思っていますが、その代わりに私は何を差し出せばよろしいのでしょうか?人生をやり直させていただくのですから、それ相応の対価を差し出さなくてはいけ……」
「何もいらない」
「え⁈」
「だから何もいらない」
「ほ、本当ですか⁈何もいらないのですか⁈」
「ああ、本当だよ。ただし1つだけ条件がある」
「(条件?条件って何だ?人生をやり直させてもらえる引き換えに出される条件だから、そう簡単に守れる条件ではないのだろう)」
俺がモーラー様からどんな条件を提示されるのか固唾を呑んで待っていると、モーラー様はにっこりと笑いながら、「そんな緊張することはないぞ。デフトル。私が出す条件はお前が人生をやり直す目的と一緒だから」と優しい口調でおっしゃった。
「ということは、条件というのは……」
「そうだ。デフトル、お前は人生をやり直して今度こそ魔王を倒す英雄になるのだ!」
「よっしゃー!」
俺は神様の前にいることを忘れて腕を上げて大声で喜びの声を上げてしまった。
「うんうん。そんなに嬉しいか?」
「それはそうですよ!運命の神様でいらっしゃるモーラー様に魔王を倒すために人生をやり直させていただけるということは魔王を倒す運命を決定づけていただけたということでしょう?それは喜びますよ!」
俺の発言を聞いたモーラー様は微笑んだ顔から少し渋そうな顔に変わられた。
その表情を拝見した俺は急に不安になり、「合っていますよね?違うのですか?」とモーラー様に尋ねた。
「合っているし間違いないよ。と言ってあげたいけど、実際は合ってないし間違っているのだ」
「え⁈どういうことでしょうか?もし可能でしたら説明していただけますか?」
「そうだよな。ちゃんと説明しないとな。どこから説明すればいいかな……」
モーラー様は込み入った内容を頭の中で整理しているのか頭をかいて黙り込んでしまった。
急かすのも失礼だと考えた俺は黙ってモーラー様が話し出すのを待った。
時間にすると数分間待っただろうか。モーラー様が、「よしっ!まずはあれから話すか!」と言って、俺の方を向いた。
「きちんと理解してほしいからデフトルの疑問に答える前に説明しておかないといけないことがあるんだけど聞いてもらえるかな?」
「もちろんです。どれだけ長い話でもしっかりと拝聴します」
「それなら良かった。まず説明しておかないといけないことと言うのは、魔族の王である魔王を倒す勇者に選ばれる運命を決めるのは私ではないということだ。」
「え⁈どういうことですか⁈モーラー様は運命の神様でいらっしゃるんですよね?」
「そう。確かに私は運命の神であり、お前たち人間の運命を決める存在だが、決める運命の影響が大きいものは私以外の神たちも集まる議会で決定されるのだ。」
「……さようですか。つまり、私が勇者に選ばれるためには、その議会で他の神様たちを納得させなくてはいけないということですね?」
「いや、それは無理だ」
「え?」
「言いづらいのだが、プルトが魔王を倒す勇者に選ばれる運命にすることを決定した議会でプルトを推した神が大多数でデフトルを推した神は私を含めて6柱だけで、ごく少数なのだ。たとえ議会が開かれたとしても、あの数の神の意見を変えるのは難しいと思う」
「さようですか。それでしたら、私はどうやったら勇者に選ばれるのでしょうか?」
「ただし、神々の議会は本来多数決で決まるのではなく、みんなの意見を聞いて主神であるパンディナモス様が決定されるのだ。プルトを勇者に選んだ議会では大多数の神がプルトを推したからパンディナモス様もプルトを勇者に決めただけなのだ。だからパンディナモス様を説得すればデフトルが勇者に選ばれる運命にできるはずだと考えた私はパンディナモス様に直訴したのだ。『プルトよりもデフトルの方が勇者にふさわしい!プルトではなくデフトルを勇者に選ばれる運命にしたい!』と。そう訴えたらパンディナモス様はこうおっしゃられたのだ。『私たち神が人間の運命を決めるのは、その運命を見て楽しみたいという気持ちがあるからだ。だから面白い運命が見られるのなら勇者はプルトでなくてもいい』と」
「ということは、私は勇者に選ばれるのですね?」
「残念ながら、そうではないのだ。パンディナモス様は更にこう続けられた。『しかし、多くの神々はプルトが勇者に選ばれて魔王を倒した運命を見て満足している。その運命を変えるのだから、もっと面白い運命を見られなかったら他の神々が納得しない。だから、モーラーがどうしてもデフトルの方が勇者にふさわしいと言うのなら、デフトルに一度だけ人生をやり直すことを許そう。ただし、プルトが勇者に選ばれる運命を変えることは許さん。デフトルが勇者にふさわしいというのなら、勇者に選ばれる運命のプルトから勇者の座を奪い取るところを見せてみろ』と」
「勇者の座を奪い取る……そんなことが可能なのでしょうか?」
「不可能ではないな。神々が人に与える運命はその人の運命を100%決定づけるものではない。100%決まった運命だと神々が見ていて面白くないからな」
「そうなのですか⁈」
「ああ。確率で言えば99%ぐらいだ」
「それってほぼ100%じゃないですか!」
「確かにほぼ100%だな。だが、100%とほぼ100%は全然違うぞ。100%は変えられないが、ほぼ100%は変えられる可能性があるのだからな。」
「それはそうですが……」
「なんだなんだデフトル、お前は魔族と契約してもいいと思うくらい人生をやり直したかったんじゃないのか?」
「そ、それはそうですが……でも、勇者に選ばれる可能性が1%しかないなんて」
「本来だったら人生をやり直すことなんてできないのにお前はそのチャンスを与えられたのだ。私としては飛び跳ねて喜んでほしいぐらいなのだがな。」
モーラー様が少しがっかりしていらっしゃるように見えた俺は、「(しまった!もう一度人生をやり直すチャンスをいただけたのはモーラー様が俺のために尽力してくれたおかげだった!俺はなんて不義理な男なんだ!ここは全力で喜ぶところだろ!)」と考えを改めた。
「モーラー様、申し訳ございません。せっかくいただいたチャンスに感謝しないどころか文句を言うなんて、私は礼を欠いた人間でした。もし許していただけるのであれば、もう一度目の人生では勇者に選ばれるように尽力いたします!いえ、勇者に選ばれてみせます!」
俺の発言に納得していただけたのか、モーラー様は笑顔になって、「そうだよ。それで良いのだ。」とおっしゃった。




