第1話 プロローグ 人生やり直します!
「(クソッ!あの時だ!あの時あいつに負けてなければこんなに惨めな思いをすることはなかった!)」
もうベッドから立ち上がることもできず、今にも息を引き取りそうな状態でも、俺デフトル・ハモンには憎み続けている相手がいる。
その相手の名前はプルト。魔王を倒して世界に平和をもたらした英雄である。
何故俺が英雄であるプルトを憎んでいるのかと言うと、理由の一つは俺も魔王を倒してやろうと考えていたからだ。
しかし、魔王を倒す旅に出る勇者を選ぶ御前試合の決勝戦で俺はプルトに負けた。
そしてプルトは勇者に選ばれ、仲間を連れて魔王を倒しに旅に出た。
プルトに負けた後も俺は、「(プルトが魔王に負けたら今度こそ俺が勇者になってやる)」と考えて武術の鍛錬は欠かさなかった。
だが、プルトが勇者に選ばれて7年後、魔王はプルトと仲間3人の力によって倒されてしまう。
そのため、俺は魔王を倒すという目標を失ってしまった。
けれども、それだけだったら死ぬ直前まで憎むことはないと思う。
俺がプルトを憎んでいるのにはまだまだ理由がある。
理由の2つ目には国王陛下からの命令でプルトが魔王を倒すまでの経緯を記した英雄譚を編纂することになったからだ。
何故俺がプルトの英雄譚を編纂することになったのかと言うと、まず俺が御前試合で負けた後、自分が暮らすエヴィメリオ王国の歴史書を編纂する部署で働いていたからだ。
俺の家は貴族で代々文官として国のために働いていたため、御前試合で負けた後、父上との約束通り文官として仕官した。
そしてあてがわれた仕事が歴史書を編纂する仕事だった。
プルトの英雄譚を編纂するためにはプルトとその仲間から話を聞くだけでなく、プルトが魔王を倒す旅で立ち寄った村や町の人たちからも話を聞いたり、魔王軍と戦った場所を訪れて、その場所の状態なども調べたりするように国王陛下が命じたので、王都から遠かったり厳しい環境だったりする場所でも調べに行ける体力がある歴史書を編纂する部署の人間という条件に当てはまった俺がプルトの英雄譚を編纂することになった。
もちろん、そんな仕事やりたくなかった。ただ、上官が国王陛下に俺を推薦してしまい、国王陛下から直々に命令されたので断ることなどできなかった。
俺は納得できないまま、プルトの英雄譚を編纂することになった。でも、やるとなったら中途半端なものを作りたくなかったし、中途半端なものを作ったら王様から罰せられるかもしれなかったので、全力で事に当たった。
英雄譚を編纂する仕事は体力だけでなく精神力をかなり疲弊させる仕事だった。
俺が暮らすエヴィメリオ王国の辺境の町や村に赴き、町人や村人からプルトに倒してもらった魔族や魔物の話を聞いた。
きちんと実際にあったことだけを話してほしいのに誇張した話をしているように感じられる人もいたので、1つの町や村だけで何十人にも話を聞いて、話が一致するところを見つけて書き記していかなくてはいけなかった。
それだけでもきついのに、町人や村人から聞いてきた話を最終的にはプルトとその仲間に確認してもらわなくてはいけなかったのが一番きつかった。
なぜならプルトとその仲間の話も自分の活躍や倒した魔族の強さを誇張していたからだ。
実際、プルトとその仲間の話を全部本当だと信じたら、同じ旅をした人たちの物語としては全然整合性が取れなかった。
一人一人聞いていたら埒が明かなかったので、4人まとめて話を聞いて、なんとか矛盾のない物語を書き記した。
話をまとめるのに苦労したというのも精神的に辛かったが、プルトたちの話を聞くということ自体、俺にとっては苦痛以外の何物でもなかった。
なぜなら、プルトたちの話は「勇者に選ばれて魔王を倒す」という俺がやりたくてもできなかったことの話なので、聞いているだけで自慢にしか聞こえなかったからだ。
そんな苦行としか言えないことをやり切って、なんとかプルトの英雄譚を編纂し終えた俺には更に苦行としか言えない命令を王様から与えられた。
その命令がプルトを憎む理由の3つ目、俺が編纂したプルトの英雄譚を語り継がせるために俺が語り部となって文字が読めない国民に語って聞かせる仕事をしなくてはいけなくなったことだ。
今まで編纂されたどの書物も国民に語って聞かせるということをしてこなかったので、「(英雄譚を編纂すればプルトと関わることはなくなるだろう。)」と考えていた俺にとっては寝耳に水だった。
俺以外にも語り部に選ばれた人は何人かいたため、英雄譚を編纂した時ほどの肉体的な辛さはなかったが、精神的な辛さが半端なかった。
そりゃそうだろう。一番嫌いな相手の偉業を誰かに語って聞かせるなんて苦行以外の何物でもないだろう。
しかし、国王陛下からの命令に従わないわけにはいかなかった。
シルヴァリア国王陛下を憎みたい気持ちもあったが、貴族出身の俺はシルヴァリア国王陛下を憎み切れず、その分の憎しみを全てプルトに向けた。
結局、シルヴァリア陛下が崩御されて次のジリアン国王陛下が即位して語り部の仕事の中止を言い渡されるまでの十数年間、俺は語り部の仕事に就いていた。
十数年間語って聞かせていたので、最後の3,4年間は英雄譚をそらんじられるくらいになっていた。
以上の3つの理由から―特に3つ目の理由で―俺は今際の際においても、いや、今際の際だからこそプルトに対する憎しみに満ちていた。
「あなた……」
「父さん……」
俺が今にも息を引き取りそうな状態なので、妻と息子たちが俺の横たわっているベッドの側で最期を看取ろうとしてくれている。
兄がいたので家督は継げなかったが、貴族の令嬢である妻と結婚できて子供にも恵まれた。はたから見れば恵まれている人生を歩んだように見えるだろう。
しかし、俺は自分の人生に不満しかない。不本意ながら英雄プルトの引き立て役として人生の半分近くを費やしたからだ。
もし、もう一度人生をやり直すことができるのなら、俺は魔族と契約したってかまわないと考えるほど不満しかない。
「(だが、そんな憎しみばかり抱き続けてもしょうがない。もうすぐ俺もあの世に行くだろう。何か妻と息子たちに言い残しておかないと)」
頭では理解しているのだが、何にも言葉が思い浮かんでこない。
なぜなら、今の俺の頭の中はプルトへの憎しみでいっぱいだからだ。
だからといって、プルトへの恨み言を最後の言葉にするのは、俺にとっても残される家族にとっても良いことではない。
俺の人生を締めくくるのにふさわしくて、なおかつ家族を安心させるような言葉を残さなくてはいけない。
「私は……自分の人生に……満足して……」
段々と薄れていく意識の中、「(あとは『いるよ』と言えばいいだけだ)」と分かっていたのだが、こんな状態でも「(それだけは言いたくない)」という強い意志だけが残っていたため、続きを言うことなく俺の意識はそこで途絶えた。
意識が途絶えたはずだったが、すぐに―そう感じただけで、実際は何時間または何十時間も経っていたのかもしれないが―パッとまぶたを上げて目を大きく開いた。
俺自身が俺は死んだのだということを理解していたが、まぶたを閉じているのに明るさを感じたため、まぶたを上げた。
すると、ただ真っ白な空間が広がっている場所に俺一人がポツンと立っていることに気付いた。
「(ここが死後の世界ってものなのか?何にもないんだな。亡くなった父さんや母さんや兄さんたちに会えるんじゃないかと思っていたが、会えそうにないみたいだな。やっぱり人を憎みながら死んだ俺は地獄に落ちたのかな?)」
「いーや。ここは地獄ではないよ」
頭の中で考えていた疑問に答える声が不意に聞こえてきたので、俺は辺りを見回しながら、「誰だ⁈どこにいる⁈」と叫んだ。
俺が最初に立っていた位置から後ろを振り向いて、また前を向いた時、さっきまでいなかった男性が俺の前に立っているのが目に入った。
俺は急に現れた男性に驚き、「うわっ!誰だ、お前は⁈」と驚きの声を上げながら後ずさりしてしまった。
目の前にいる男性はそんな俺の様子を笑いながら、「私は運命の神、モーラーだ。単刀直入に言おう。デフトル、お前人生をやり直してみたいとは思わないか?」と尋ねてきた。




