第16話 第2章 捏造された罪を暴け!④(ヴノー到着)
丸一日かけてヴノーのトラチス山のふもとにあるポジトー村にまでやって来た。
俺はすぐにでもトラチス山を登り、中腹にある関所まで行きたかったのだが、村に来るまでの悪路で俺が連れて来た使用人や騎士団員が疲れているように見えたのか、シトロギー伯爵が、「山を登るのは明日にしましょう」と提案してきた。
俺はその提案を突っぱねたかったが、シトロギー伯爵が、「トラチス山はかなり険しい山なので体力が回復してない状態で登るのは危険ですから」と真剣な表情で言ってきた意見を聞いて、疲れている使用人や騎士団員に対して礼を欠いてはいけないと考え直し、トラチス山を登るのは明日にすることにした。
時間ができたので、エリスの暗い表情の理由を知り、元の明るい表情に戻すためにエリスともっと話をしようと考えたが、エリスも村に来るまでに疲れてしまったため、宿屋で休ませますとシトロギー伯爵から伝えられた。
全く思った通りに事が進まないので、少し苛立ちを感じていたが、「(絶対に大臣の策略の証拠を掴まなきゃいけないというのに今から苛立ちを感じていてはだめだ!せっかく時間があるのだから有意義に使うことを考えよう!)」と考え直した。
標高が高い所での訓練は低いところでの訓練よりも効果があると聞いたことがあったため、トラチス山のふもとのポジトー村でも俺がいつも訓練しているハモン家の領地よりも標高が高いので、スピドロと村の周りを走ったり、木剣で剣術の訓練をしたりすることで時間をつぶした。
後から知ったのだが、標高が高いところでの訓練は標高が1500m以上の高地でなければ効果がないみたいだ。
ポジトー村は標高7~800mくらいらしいので、ほとんど意味がなかったことを後日知ることになった。
暗くなってきたのでスピドロとの訓練をやめて、エリスやシトロギー伯爵が休んでいる宿屋へ向かうと、すでにエリスは寝てしまったとシトロギー伯爵から伝えられた。
宿屋で少し休めば、話ができるくらいの元気がエリスにも出るかなと俺は考えていたが、当てが外れてしまい肩を落として自分が泊まる部屋に向かおうとした。
しかしその時、シトロギー伯爵が聞き流すことができないことをおっしゃられた。
「明日、エリスも関所に向かうために英気を養おうとしているみたいです」
「え⁈エリスは明日この村で待っているのではないのですか⁈」
「は、はい。エリスも明日同行しますよ。あ!もしかしてデフトル様はエリスが一緒だと関所に着くのに時間がかかるとお思いですか?大丈夫ですよ。エリスは馬車には酔いますが体力はある子なので、山登りでデフトル様をお待たせすることはありません!」
「そ、そうですか。それなら安心しました。そろそろ僕も明日のために休もうと思います。それではシトロギー伯爵、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさいませ。デフトル様」
そう言って、シトロギー伯爵は扉を閉めた。
俺は少しの間、シトロギー伯爵とエリスが泊まる部屋の前で立ち尽くしていた。
「(明日はエリスも関所まで付いて来るのか。今はエリスの俺への態度がいつもと違う。そのため、エリスがどんな行動をとるか予測しづらくなっている。これはエリスが同行しないと想定していた明日の計画を少し修正しなくてはいけないな。)」
俺は自分が泊まる部屋に戻ると明日の計画を練り直してからベッドに入った。
関所に向かう日の朝、執事のピツァドが俺を起こしに来る前にスピドロの部屋へ向かい、昨夜寝る前に考えた計画の修正案をスピドロに説明しようとした。
「え⁈エリス様も関所まで同行されるのですか⁈」
さっさっと計画の修正案を説明したいのだが、スピドロは昨夜の俺と同じくエリスが関所まで同行することに引っかかってしまったらしく、なかなか本題に入れなかった。
「ああ、そうなのだよ。だから、関所に着いてからの行動を少し変更しようと思う。関所に着いたら、『ちょっと外の空気を吸ってきます』とか言って、俺とスピドロの2人になってから誰にも気づかれないように身を隠そうと言ってあったと思うが、それを『ちょっとトイレをお借りしてもいいですか?』と俺が言って、付き添いのスピドロの2人きりになったら身を隠すことにしようと思う」
「え?でも、それだと身の隠しようがないんじゃないですか?トイレに入っているデフトル様と扉の前で待っている俺が隠れられるような場所がなければおしまいですよね?」
「ああ、そうだな。だから、この魔石を使う」
「その魔石はどんな魔法が使えるんですか?」
「この魔石が使える魔法は……」
俺はスピドロに計画の変更点を事細かに説明した。
「……以上が変更点だが理解できたか?」
「はい。それほど大きな変更ではないので何とか理解できました」
「よし!じゃあ俺は部屋に戻るから、よろしく頼むぞ!」
「任せてください!」
少し不安を感じたが、スピドロが俺の期待に応えなかったことがなかったので、不要な心配だと思うことにした。
俺が部屋に戻るとすぐに執事のピツァドが俺を起こしに来た。
部屋に戻るのがもう少し遅れていたら、いろいろ面倒くさいことになったと思うので、俺は少しホッとしていた。
シトロギー伯爵とエリスと朝食を食べた後、俺たちはトラチス山の関所に向かって山を登り始めた。
運の良いことに晴天に恵まれて、特に問題が起こらなければ3時間くらいで関所に着くとシトロギー伯爵から説明を受けた。
エリスの表情は今日も暗かった。
その表情を見ると今日の計画もうまく行かないんじゃないかと思えて不安になってくる。
俺からエリスに朝の挨拶をしたり、朝食時に話しかけたりしたが、そっけない返事しかこなかったので、それが俺の不安をさらに増していった。
「それでは出発しましょう!」
シトロギー伯爵の号令を受けて、俺たちは関所に向けて出発した。
先頭はシトロギー伯爵の護衛の騎士、次にシトロギー伯爵とエリス、その次に俺の護衛の騎士、そして俺とスピドロ、最後にまた俺の護衛の騎士となっていた。
俺からエリスの表情が見えないのは、山登りに専念するにはちょうど良かったが、問題の解決を先送りにしているだけなので不安を払拭することはできなかった。
だが、しばらくするとそんなことを考えている余裕はなくなった。
何故かと言うと、トラチス山を登ることがかなりきつかったからだ。
5歳の誕生日からずっと体力をつける鍛錬は欠かさなかったので9歳の子どもにしては体力がある方だと自負していたが、それは誤りだということに気付かされた。
坂道を登るのがきついことだとは分かっていたが、本格的な山登りを始めてしてみて体で実感できた。これはきつい!
「デフトル様大丈夫ですか?少し休憩しましょうか?」
俺の方を振り向いたシトロギー伯爵が、おそらく俺の今の状態を心配して休憩の提案をしてくれた。
俺の本音では、「ありがとうございます。シトロギー伯爵。でも、このくらいで休憩しているようでは勇者には選ばれないと思いますので、このまま進みましょう!」とシトロギー伯爵の提案を断りたい気持ちも少なからずあったのだが、現状このまま坂道を登り続けるのは難しかったので、「そうですね。休憩しましょうか」とシトロギー伯爵の提案を受け入れることにした。
小休止している間、俺が肩で息をしながら他の人の状態を気にしてみてみると、シトロギー伯爵領の騎士団員よりもハモン家の騎士団員の方が疲れているように見えた。
疲れていると言っても、俺みたいに肩で息をしているほどではなかったが。
俺も普段騎士団員並みに鍛錬をしていると思っていたが、まだまだ足りなかったみたいだ。
「(でも、俺はまだ9歳だから。まだまだ成長中だから。焦らない。焦らない)」と心の中で自分に言い訳をしたが、それが余計にむなしく感じさせた。
「大丈夫ですか?デフトル様?」
スピドロが肩で息をしている俺を心配して声を掛けてきた。
「少し休憩すれば大丈夫だ。心配するな」
スピドロが俺と違いあまり疲れていないように見えたため、少し強がってしまった。
「そうですか。それなら良かったです」
スピドロは俺の強がりを察したのか察していないのか分からないが、それ以上聞いてくることはなかった。
「デフトル様、体調は大丈夫でしょうか?」
スピドロの次はシトロギー伯爵が俺のことを心配して声を掛けてきた。
「ご心配をおかけしてすみません。少し休めば大丈夫です」
「そうですか。それなら良かったです」
シトロギー伯爵は俺の返答を聞いて胸をなでおろしているようだった。
少し呼吸が整ってきて、さっきよりも周囲を注意深く見ることができるようになって気付いたことがある。
シトロギー伯爵領の騎士団員よりもハモン家の騎士団員の方が息が乱れ、疲れているのは気付いていたが、シトロギー伯爵やエリスもシトロギー伯爵領の騎士団員並みに息が乱れていないことに今気が付いた。
エリスは俺から少し離れた場所で休憩していたので、呼吸を整えるのに手一杯だった俺はそのことに気付くのが遅れてしまった。
「シトロギー伯爵もエリスも息がほとんど乱れていませんね。何か登り方のコツとかあるのですか?」
「登り方のコツですか?それなら歩幅を小さくして少し前傾姿勢で歩くと疲れにくいですよ」
「そうなのですね。ありがとうございます。すぐに実践させてもらいます」
「いえいえ。お役に立てれば幸いです。ですが、私やエリスが山登りであまり疲れていないのはコツを掴んでいるというよりは、頻繁に山登りをしているからかもしれませんが」
「頻繁に山登りを?それはどうしてですか?」
「私が頻繁に山登りしている理由は単純です。私の領地は標高が高い山が多い地域なので、山の近くの村や関所を視察するときに山を登る必要があることが多いからです。エリスは母親である私の妻が亡くなってからずっと私の視察についてくるようになったため山を登る頻度が高くなったのです」
そこまで聞いて俺はエリスが母親を5歳の時に亡くしていたことを思い出した。
シトロギー伯爵の屋敷を訪ねるようになって、一度もエリスの母親に出会わないことを不思議に思い、エリスに質問した時にそのことを知った。
その時のエリスは、「もう平気なので気になさらないでください」と言っていたが、少し影があるように見えたので、それ以降そのことは口に出さないようにしていたので、すぐには思い出せなかった。
「そうだったのですね。申し訳ありません。深く考えずに質問してしまって」
「いえいえ。お気になさらないでください。5年も前のことなので、エリスも私も吹っ切れていますので」
「そう言っていただけると幸いです」
「今のところ、3分の2ほど登ったので、関所にはあと1時間くらいで着くと思います。さすがですね!デフトル様!」
「え?何がですか?」
俺はシトロギー伯爵の「さすが」という言葉の意味が理解できず聞き返した。
「初めてトラチス山を登るのに、山を登りなれている私たちの速度に合わせることができる人なんてそうそういませんよ!しかも9歳で!さすがデフトル様!魔王を倒す勇者を目標とされている方は違いますね!」
シトロギー伯爵たちと比べて、自分の体力のなさを情けなく感じていた俺だったが、シトロギー伯爵が俺の評価とは反対に俺の体力を称賛してくれたので、俺は気分を良くしてしまった。
「そうですか?自分ではむしろ体力がないんじゃないかと思っていたのですが、そう言っていただけると励みになります。それでは、そろそろ出発しましょうか?」
「そうですね。ではまた登り始めましょうか。」
褒められた俺は気分が良いまま、また山を登り始めたが、すぐに後悔した。
体力があまり回復していないにもかかわらず、また山を登り始めたのですぐにきつく感じ始めたからだ。
それでも自分から再出発を提案したので、また休憩したいとは口が裂けても言えず、なんとか前を歩くハモン家の騎士団員に遅れないように必死で山を登った。
俺には何時間もかかったように感じられたが、実際には1時間半くらいで、なんとか二度目の休憩をとることなく関所に到着した。




