第15話 第2章 捏造された罪を暴け!③(シトロギー伯爵の屋敷にて)
ハモン公爵領を出発して4日かけてシトロギー伯爵領にあるエリスの屋敷に到着すると、シトロギー伯爵とエリスが出迎えてくれた。
「お待ちしておりました。デフトル様。馬車に長時間乗られてお疲れでしょう?ヴノーには明日向かうことにして、本日は我が家でゆっくりお休みになってください」
「お出迎えありがとうございます。シトロギー伯爵。せっかくのお申し出ですが、一刻も早くヴノーに行きたいので、今すぐ……」
「何をおっしゃっているのですか⁈デフトル様⁈シトロギー伯爵様のご厚意を無下にしては失礼ですよ。ここはご厚意に甘えさせていただきましょう!」
1年前から俺の身の回りの世話をしてくれている執事のピツァドがそう意見を述べてきた。
メイドのフロンの後に俺の身の回りの世話をしてくれているピツァドは、1度目の人生の時から何かと礼儀作法に口うるさかった。
執事としては優秀なのかもしれなかったが、俺はこの口うるさいところが少し苦手だった。
クビにしたいとずっと考えているのだが、護衛をスピドロにしたいというわがままを通してしまった手前、父上にまたわがままを言うことは俺にはできなかった。
俺はピツァドの言うことなど無視してやろうかとも考えたが、4日間ほぼ馬車に乗っていたのは俺だけでなく、使用人たちも同じだということに気付いた。
俺の体調が悪くないからといって、他のみんなもそうだとは限らない。
ここですぐにヴノーに向かおうとしたら、シトロギー伯爵の厚意に対してだけでなく、使用人たちに対する扱いも礼を欠いているかもしれない。
ピツァドがそこまで考えているかは分からないが、ここはピツァドの言う通りにする方がよさそうだ。
「そうだな。シトロギー伯爵のご厚意を無下にするのは良くないな。それではシトロギー伯爵、お言葉に甘えさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「はい。ゆっくりと休んでください」
この日は俺とスピドロたちはシトロギー伯爵の屋敷で英気を養った。
シトロギー伯爵の屋敷に泊まった次の日、俺たちはヴノーに向けて出発した。
昨日はシトロギー伯爵の歓待を受けて、とても楽しい夜を過ごさせてもらった。
俺だけではなく、護衛のスピドロやピツァドたち使用人、騎士団員も―俺ほどではないが―良いもてなしを受けたみたいだった。
しかし、1つだけ気がかりなことがあった。
それは夕食後、俺とエリスが最近読んだ本の話をしていると、シトロギー伯爵が、「ところでデフトル様、1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」と俺に質問してきたことに端を発する。
「何でしょうか?僕に答えられればいいのですが?」
「ありがとうございます。それほど難しい話ではありません。デフトル様は何故ヴノーに興味をお持ちになられているのですか?」
「(やっぱり、普通に不思議に思うよな)」
俺はスピドロに同じ質問をされた時から、この質問をシトロギー伯爵に聞かれることを予期していた。
「自分の領地でありながら、こんなことを言うのは国や領民に対して失礼かもしれませんが、ヴノーという地域は魅力的なところだとは思いませんので、デフトル様が何故ヴノーに興味をお持ちになられたのか、とても気になったのです」
「私もそれが気になっていました。デフトルは何であんな何も魅力がない地域に興味をお持ちになられているのか、ずっと不思議に思っていました」
「それはですね……ハモン公爵領には険しい山がないからなのです」
「険しい山ですか……?」
「はい。実はここだけの話にしていただきたいのですが、私はいずれ魔王を倒す勇者に志願しようと考えています。そのときのために険しい山の一つや二つ登れるくらいの体力を今からつけておこうと考えたためヴノーに連なる険しい山々を登ってみたいのです」
「はぁ~、そんなお考えがあったのですか?確かにヴノーに連なる山々はかなり険しいですから登れば体力は嫌でも付きますよ。いや~しかし、勇者ですか?そのお考えをハモン公爵様はご存じなのですか?」
「いえ、まだです。勇者を志願してもおかしくない実力を身につけてから父上には話そうと考えています。だから先程、『ここだけの話にしていただきたい』と申したのです」
「やはりそうでしたか。すみません。デフトル様、一つ申し上げたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「実力をつけない内に勇者に志願したいとは、なかなかお父上に申し上げにくいとは思いますが、同じ父親の目線で言わせていただきますと、そのような重大なご決断をされた時は私だったら早目に言っていただきたいですね」
シトロギー伯爵の発言は俺の考えの足りなさを痛感させた。
1度目の人生の時も18歳の時に行われた勇者を決める御前試合に参加することを父上はなかなか許可してくれなかった。
兄さんが魔王軍との戦いで命を落としているのに弟の俺まで死地へ赴こうとするのを普通の親だったら許可しないだろう。
自分も親になったことがあるのに、そのことを全く考えていなかった。
1度目の人生の時よりも強くなっていれば、父上もすんなり許可してくれるだろうと甘い考えをしていた。
これは考えを改めなければな。
「ありがとうございます。シトロギー伯爵。確かに私には父上の身になって考えるということが足りなかったように感じました。実力をつける前に打ち明けるのは恥ずかしいと考えていましたが、屋敷に帰ったら、すぐに父上に自分の決断を打ち明けようと思います」
「それがよろしいと思います」
シトロギー伯爵が優しく微笑み返してくれているのに対して、エリスはさっきから俯いて暗い表情をしているように見えた。
「エリス、どうかしましたか?具合が悪いのですか?」
「いえ。……大丈夫です。ご心配には及びません」
「……そうですか」
発言とは裏腹に、それ以降エリスはずっと暗い表情をしていた。
シトロギー伯爵の屋敷に泊まった次の日、天気は快晴だったが俺の心の内は少しもやもやしていた。
その理由は2つある。
1つはこれからヴノーに向かうのに丸一日馬車に乗っていなければいけないからだ。
そんなことを口にしたら、シトロギー伯爵領に到着するまでに四日間馬車に乗っていたのに、いまさら何を言っているんだと言われてしまいそうだが、シトロギー伯爵の屋敷で快適な時間を過ごしてしまったあとでは、いくら自分で行きたいと言った場所に向かうとしても、また馬車に乗らなくてはいけないのかと思ってしまうのは仕方ないと思う。
もう1つは―どちらかと言うとこちらの方が俺の心をもやもやさせている―エリスの表情が昨夜から陰ったままだからだ。
夕食後からエリスの表情は暗いままだ。
その原因がいまだに分からない。
エリスに、「元気がなさそうですけれど大丈夫ですか?」と尋ねても、「大丈夫です。お気遣いなさらないでください」と返事されるだけなので、その返事がますます俺をもやもやさせた。
朝食の時にエリスがまだ暗い表情をしているのを見てから、「(俺昨日、エリスを怒らせるようなこと言ったかな?)」とずっと自問しているが答えは出なかった。
そんなもやもやを俺は抱えながら、ヴノーに向けて出発した。
まずはヴノーのトラチス山のふもとにあるポジトー村に向かい、そこから山の中腹にある関所に向かうことになっていた。
関所に向かう理由は俺が険しい山を登って体力をつけたいという理由だけでなく、ハモン公爵領にはない険しい山の中にある関所に興味があるので一度行ってみたいという理由もシトロギー伯爵には伝えてあった。
しかし、本当の理由は別にあった。
本当の理由をシトロギー伯爵に伝えても信じてもらえそうになかったので、シトロギー伯爵には本当の理由は秘密にしてあった。
ヴノーに向かう馬車がシトロギー伯爵とエリスとは別の馬車であったことは少し救いだった。
暗い表情をしたままのエリスと丸一日一緒の馬車に乗っていたら俺の心が耐えられそうになかったからだ。
だが、問題が解決したわけではないので、俺は必死にエリスが暗い表情になる前の俺の言動を省みたが何か問題がありそうなことは思いつかなかった。
昨日俺がシトロギー伯爵の屋敷に到着して本の話を一緒にしていた時までのエリスの表情は晴れやかだったので、やはり原因は夕食後にしたシトロギー伯爵との会話の中にあるのだろうかと俺は見当をつけた。
見当をつけたのはいいものの、シトロギー伯爵との会話のどこにエリスの表情を暗くさせた原因があるのかが全く思いつかなかった。
俺は悩み過ぎてしまい、護身用という理由で携帯させてもらった木剣の切先を馬車の床に当て、柄頭に両手を置き、手の甲に自分の額を当てて貧乏ゆすりを始めてしまった。
さすがにそこまで行くと、一緒の馬車に乗っているスピドロには何かあったのだと勘づかれたらしく、「どうかしましたか?デフトル様?」と尋ねてきた。
正直に言うとわらにもすがりたい思いだったので、昨晩にあったことをスピドロに話して助言をもらおうかとも考えたが、俺に分からないことがスピドロに分かるはずがないと考え直し、「ちょっと気になることがあるのだが、大丈夫だ。気にするな」と答えた。
「気になることですか?……それってもしかして⁈」
昨日と今日でエリスの俺への対応が変わっていることに流石に気付いていたか。
俺が覚悟を決めてスピドロの言葉を待った。
「もしかして、大臣の策略を暴こうという作戦に何か支障がきたしたのですか?」
「(やっぱりこいつは馬鹿なんじゃないだろうか?)」
スピドロの指摘が的外れだったので、すごく正直な感想が出てしまった。
まあ、今大事なのは大臣の策略を暴くことだし、夕食の場に執事のピツァドたちはいたがスピドロはいなかったのでエリスの表情の変化などには気づかないかもしれない。
俺はそう思うことにした。
だが、スピドロにはもう少し本を読ませるなどの人の心情を察せられるような勉強をさせようとも思った。
「いや、そうじゃないから安心しろ。俺が気になるのは全く別のことだし、それに比べたら些細なことだからな」
「そうなんですね。それなら安心しました。」
俺が「安心しろ」と答えたからとはいえ、スピドロはそれ以上何かを聞いてくることはなかった。
俺はホッとするような少し残念なような複雑な気持ちになった。




