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82話 先代魔王の裏切りと協力関係の解消

 ある日のこと、久々に一人きりでオロネスの館にある庭園を散歩していた。

 あまり大きくはないが手入れは行き届いており、休息にはぴったりだ。


 「はぁ……落ち着く」


 誰にも監視されず、誰にもお腹や胸を弄られない平穏な時間。それだけで涙が出そうになる。

 しかし、俺のささやかな休息は、植え込みの向こうから聞こえてきたかすかな話し声によって打ち砕かれた。


 「……で、あるか」

 「はい。ルカ様のご指示通り、器の錬成施設はすでに稼働を再開しております。儀式に必要な魔力結晶も、なんとか予定通りに……」

 (ん……?)


 前世の頃よりも強化された聴覚が、その声を拾い上げた。

 俺は気配を殺し、物陰に隠れてそっと覗き込んだ。

 そこにいたのは、定期的にオロネスへ訪れている旧魔王軍の使者と……金髪の少女の姿をした先代魔王、ルカだった。

 ルカは腕を組み、かつての大陸の覇者としての冷徹な眼差しで、使者に対して明確な命令を下していた。


 「儀式の準備を急がせろ。……弱体化し、不完全なこの少女の姿のままでは、どうにもならん。一日でも早く、元の姿と本来の力を取り戻す必要がある」

 「はっ。すべては、真なる魔王様の完全復活のために」


 使者は深々と頭を下げ、転移魔法を使って音もなく姿を消した。


 (……完全に、旧魔王軍と繋がってるじゃないか。いつからだ?)


 単なる協力関係どころか、裏でガッツリと指揮を取っていた。

 俺は物陰から進み出て、振り返ろうとしたルカの背中に声をかけた。


 「……ずいぶんと物騒な密談だな」


 ルカは少しだけ目を丸くしたが、すぐに表情を消し、堂々と俺に向き直った。


 「聞かれていたか。まあいい、ちょうど伝えようと思っていたところだ」


 悪びれる様子もなく、淡々と告げた。


 「ミア。お前たちとの協力関係は、そろそろ終わらせてもらう」

 「なっ……なんでだよ! 俺が竜族を配下にして、もう手を貸さなくとも、十分な戦力が整ったからか?」

 「それもある」


 ルカは冷たく頷いた。


 「旧魔王軍を動かし、元の力を取り戻す算段がついた。……あとはな」


 緑色の瞳が、俺を鋭く射抜く。


 「この大陸が、お前のようなサキュバスの小娘の手に落ち、統一されるのを黙って見ているのは、どうにも我慢ならなくてな。……お前たちは、いずれ私の前にひざまずくことになる」


 圧倒的な、先代魔王としての覇気。

 その圧に俺は一瞬だけ怯んでしまった。

 だが、さすがに裏でコソコソと動かれた挙句、一方的に関係を反故にされるのは腹が立つ。魔王としての意地が、恐怖を上回った。


 「ふざけるな……!」


 俺はルカの胸ぐらを掴み、そのままの勢いで彼女を芝生の上へと押し倒した。


 「ぐっ……!?」


 ルカは眉をひそめ、俺の腕を払いのけようと抵抗した。

 だが、その腕の力は、驚くほどひ弱だった。


 「……見ろ」


 ルカは悔しそうに顔を歪めながら、自らの細い腕を睨んだ。


 「弱体化したとはいえ、魔法はまだ使い物になる。だが……この身体能力は、本当にただの人間の少女のようになっている。魔力による肉体の強化も、器の問題から大した効果を発揮しない」


 つまり、物理的な取っ組み合いになれば、魔力によって自らを大幅に強化できる俺の方が圧倒的に有利なのだ。

 俺はルカの上に馬乗りになり、その両手首を芝生に押さえつけた。下で仰向けになっている先代魔王を、どうにでもできる状態だった。


 「……ふっ」


 だが、ルカは突然、抵抗をやめて口角を上げた。そして、ねっとりとした、耳の奥をくすぐるような声でささやいてきた。


 「どうした? 私を完全に組み敷いているんだ。……サキュバスとして、このひ弱な存在を、たっぷりと快楽に堕としてみるか?」

 「なっ……!?」


 ルカは身をよじり、俺の押さえ込みから逃れるどころか、自ら俺の体に擦り寄ってきた。

 小柄な少女の柔らかい胸が、お腹が、そして股間が。俺の体にピッタリと密着し、扇情的に押しつけられる。


 「んっ……あ……っ」

 「ふふふ、この程度で甘い声を漏らすか、変態め」


 明らかな挑発だ。しかし、俺はお姉さんに触れられるだけで感じるよう開発され尽くしている。ルカの柔らかな体が擦れるたびに、俺の脳内に甘い痺れが走ってしまう。

 それに、俺は元々が男だ。サキュバスとしての手練手管など一切持ち合わせていない。

 手を出せば、逆に俺の方が快楽に溺れて返り討ちにされる危険性があった。


 「こ、殺すことも……できるんだぞ……っ!」


 俺は必死に威嚇しようとしたが、快感のせいで情けなく声が震えてしまった。

 ルカは俺の胸元に顔を埋め、くすくすと笑った。


 「声が震えているぞ、ミア。裏切り者に対してそんな甘い対応では、大陸を統一したあとが不安だな。……私に支配者としての地位を寄越せば、お前はそんな面倒な悩みから解放されるぞ?」


 悪魔のささやき。

 俺はぎゅっと目を閉じ、ルカの両手を乱暴に解放して、彼女の上から退いた。


 「……はぁ、はぁ……」


 荒い息を吐きながらも、俺は立ち上がるルカを睨み据えると、一つ提案をした。


 「……俺と、あんたで。魔界の今後を決める決闘をしよう」

 「ほう?」

 「北部の軍勢と全面戦争になれば、お互いの兵士に無駄な犠牲が出る。……それなら、トップ同士の決闘で決着をつければ、文句はないだろ」


 俺の提案に、ルカは服についた芝生を払いながら、少し驚いたような表情を見せた。

 そして、すぐに感心したような笑みを浮かべる。


 「……なるほど。今の状況では、そっちの方がいいか。まともに戦争になれば勝てないからな。竜族の有無は大きい」


 ルカはあっさりと決闘を承諾した。

 だが、その瞳の奥には、まだ何か隠し玉を持っているような、余裕の色がちらほらと見え隠れしていた。


 「では、やがて来る決闘のために、私はここを去らせてもらう。……おっと、いつ行うかだけは聞いておきたいな?」

 「……一週間後で」


 俺が猶予を指定すると、ルカは満足げに頷いた。


 「まあ、そんなところか。……ではな、若き魔王。せいぜい準備をしておくことだ」


 金髪の先代魔王は、一切の恐怖を見せず、堂々とした足取りでオロネスの門を歩いて去っていった。


  ◇◇◇


 その後。

 俺は執務室に戻り、お姉さんとカーミラに、ルカが旧魔王軍と通じていたこと、そして一週間後に決闘を行う約束をしたことを説明した。


 「……ミア様。なぜ、その場で殺しておかなかったのですか?」


 カーミラが、氷のように冷たい声で言った。


 「えっ?」

 「先代魔王は、あのお方は危険すぎます。力ずくで組み伏せることができたなら、そのまま首をへし折るなり、心臓をえぐるなりして、確実に息の根を止めておくのが手っ取り早かったのに」

 「ええ、カーミラの言う通りよ」


 お姉さんも頷きながら同意した。


 「弱体化しているんだから、私に言ってくれれば、跡形もなく消し炭にしてあげたものを。……甘いわね、ミア」


 二人ともめちゃくちゃ物騒だよな……。

 内心そう思うも、それは乱世となった魔界を生き抜いてきたからこそなのだろう。

 俺は冷や汗を流しながら、必死に弁明した。


 「い、いや。あそこでルカを殺したら、旧魔王軍の動きがわからなくなるだろ。その後の動きが読めなくなるよりは、決闘という形で盤面に縛りつけておいた方がマシだと思って……」


 俺が苦しい言い訳を並べると、二人は少し顔を見合わせ、やがて「まあ、一理ありますね」「ミアがそう言うなら、仕方ないわね」と納得してくれた。

 ほっと胸を撫で下ろした、その直後だった。

 背後からぬるりと、お姉さんの柔らかな腕が俺の腰に巻きつき、体をぴったりと密着させてきた。


 「ひゃっ……!」


 お姉さんの細い指先が、服の上から俺の下腹部……子宮のあたりを、そっとなぞるように這う。


 「でもね、ミア? 一週間後に、あの大魔王と決闘するんでしょう?」


 お姉さんの温かい吐息が、俺の耳元にかかる。


 「絶対に負けないように。……今日から一週間、つきっきりで、たぁーっぷりと特訓しましょうね♡」


 甘く、淫靡で、逃げ場のない宣告。


 「お、お手柔らかに……っ」


 魔界の覇権を懸けた決闘の前に、俺の貞操と理性が持つのかどうか。

 絶望的な一週間の特訓が、幕を開けようとしていた。

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