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81話 北からの使者と夫婦間の過激なプレイ

 オロネスに作られた玉座の間。

 急遽通された旧魔王軍からの使者は、壮年の魔族の男だった。

 以前来たナイスミドルな感じの代理ではなく、今回は意思決定機関から直接派遣されてきた文官のような出で立ちだ。


 「お初にお目にかかります。南部の覇者、魔王ミア殿」


 使者は慇懃無礼に頭を下げた。


 「この度は、あの誇り高き竜族を戦わずして配下に収められたとのこと。その深謀遠慮と圧倒的な器量、我らとしても驚嘆の念に堪えません」

 「……どうも」


 俺は玉座で深く頷き、警戒を緩めずに相手の出方をうかがった。

 使者は笑顔のまま、言葉の裏に針を忍ばせるように尋ねてきた。


 「して、ミア殿。……竜族の武力を得たあなたは、ゆくゆくはこの大陸を統一なさるおつもりでしょうか?」


 直球の探りが来た。

 誤魔化す意味はない。ここで引けば足元を見られる。


 「……ああ。魔界の平穏を取り戻すためにも、いずれは統一するつもりだ」


 俺がまっすぐに答えると、使者は「なるほど、なるほど」と大げさに何度も頷いた。


 「しかしながら、我らとしても、それをそのまま受け入れるのは難しいお話です。……我らには我らの、先代魔王様からの悲願がありますゆえ」


 使者はそう言って、底知れぬ笑みを浮かべた。


 「今後、我々とそちらとで、条件のすり合わせや交渉が必要となるでしょう。……しばらくの間、わたくしは度々こちらへ通わせていただきますので、以後お見知りおきを」


 そう言い終えるや否や。

 使者はその場で転移魔法を発動させ、音もなく玉座の間から姿を消した。


 「…………」


 俺は残された空間を見つめる。


 (他国の王の前で堂々と転移魔法を使って帰るって、遠回しな挑発か?)


 北部の旧魔王軍。やはり一筋縄ではいかない連中だ。

 その後、俺は私室に戻り、お姉さん、カーミラ、そしてルカを交えての軍議を開いた。


 「……なあ。もし仮に交渉が決裂して、北部と全面戦争になったら、どうなる?」


 俺が不安を口にすると、お姉さんはくすっと笑った。


 「あら、心配ないわよ、ミア。……竜族という絶対的な空の戦力を得た今なら、普通に勝てるわ」

 「勝てるのか?」

 「ええ。事ここに至っては、私も副魔王としての実力を隠さず、最初から全力でいくつもりだからね」


 お姉さんの瞳の奥に、かつての戦いを生き抜いた将としての冷酷な光が宿る。

 さらに、部屋の隅でふんぞり返っているルカが肩をすくめた。


 「それに、弱体化しているとはいえ、この私もいるからな。旧魔王軍の幹部の魔法特性や弱点は、一番よく知っている。……むしろ、負ける方が難しいくらいだ」


 頼もしすぎる戦力に俺がほっと息を吐きかけた時、カーミラが厳しい顔で現実を突きつけた。


 「ですが、ミア様。戦いで勝てても、兵士の絶対数がまだまだ足りません」

 「絶対数?」

 「はい。北部は長年かけて兵を養ってきました。もし全面戦争になれば、勝利したとしても、こちらも甚大な被害を受けます。……戦後の統治と復興を考えるなら、今はまだ、極力戦争は避けて内政を固めるべきです」


 カーミラの言う通りだ。ただ勝てばいいというものではない。支配し、統治しないといけない。


 「わかった。当面は、のらりくらりと交渉を引き延ばして、その間に戦力を増強しよう」


 方針が固まり、俺は書類の山と格闘する地味な日々へと戻っていった。


  ◇◇◇


 それから数週間後。

 定期的な採取のため、ズワルトがオロネスにやってきた。

 竜族特有の奇病に対する特効薬──俺の体液(血)を安全に提供するため、今回は俺が直接、竜族の土地の医療施設へ出向くことになったのだ。


 「行くぞ」

 「ああ、頼む」


 お姉さんたちを置いて、実質的にズワルトのみを護衛として、俺は再び東の大地へと飛んだ。

 王宮の地下にある、清潔で厳重に管理された一室。

 俺はベッドに横たわり、腕から錬金術で作られたチューブを通して、専用の容器に血を貯めていく。

 点滴の逆バージョンとでも言うべきか。


 「こういうのがあるなんてな」

 「昔、転生者の一人が試行錯誤していたというのを聞いたことがある。なんとか形にはなったが、安定して作ることは難しいとも」


 前世とこの異世界では技術の差がある。

 当時を生きていた転生者は、現代的な医療を再現しようと、かなりの苦労をしたことだろう。


 「おかげで、その恩恵を受けられるわけか」

 「それくらいには、魔王ミアは特別であるわけだ」

 「嬉しいような怖いような……ふぅ、少し、ふらつく」


 規定量まで血を抜かれると、高い治癒力でも立ち上がる時に貧血で視界がぐらりと揺れた。


 「無理はするな。……感謝する、魔王ミア」


 ズワルトが珍しく殊勝な声で礼を言い、血が入った容器を厳重な様子で運んでいった。

 ある程度貯まった血は、別室にて奇病の進行を止める治療のために使われる手はずになっている。

 その後、俺は回復のために豪勢な肉料理をご馳走になりながら、白き竜王と雑談を交わした。


 「……竜王殿。もし今後、俺が旧魔王軍と戦争になった場合、そちらはどこまで力を貸してくれますか?」


 血を提供した見返りとして、俺は単刀直入に尋ねた。

 巨大な竜王は、肉の塊を丸呑みにしてから、ゆっくりと俺を見下ろした。


 「……我ら竜族の未来を救う特効薬の恩人からの要請とあらば、無碍にはできん。その時は、惜しみなく武力を提供し、助力すると約束しよう」

 「ありがとうございます。心強いです」


 これで、北部の脅威に対する最大の保険を確保できた。


  ◇◇◇


 竜族の土地での用事を済ませた帰路。

 俺はオロネスへ直行せず、南東にあるルーサーの館へ立ち寄ることにした。船団の動向や、港町の整備状況を確認するためだ。


 「やあやあ、ミア様! ようこそ我が愛の巣へ!」


 出迎えたルーサーは、相変わらずの発情具合だった。


 「聞いてくださいよぉ。昨夜も妻にベッドの上で、男としてのプライドを粉々にされるまで鳴かされてしまって……ああ、思い出すだけで下半身が熱く……♡」

 「……そういう夫婦間の過激なあれこれは、上司としては一切聞きたくないんだけど」


 俺がドン引きして冷たくあしらうと、ルーサーは「えー、つまらない」と唇を尖らせながらも、執務室へと案内してくれた。


 「で、現況はどうなってる?」


 俺が真面目な表情で尋ねると、ルーサーはとりあえず領主の顔になった。


 「船団は、だいぶ数が減ってきているよ。物資の補給や裏取引を終えた船から、順次引き返しているみたいだね。……でも、総大将の船を含めて、まだ完全には戻りきっていない」

 「ティエラは、まだ魔界のどこかをうろついてるってことか」


 あの魔女のことだ。観光目的と言いつつ、絶対にろくでもないことを考えていそう。


 「港の整備の方も、少しずつ進めてはいるけど……やっぱり年単位の時間がかかるね」

 「急がなくていい。今は内政と軍備の拡充が最優先だ」


 一通りの報告を聞き終え、その日は長旅の疲れもあって、ルーサーの館の客間で一夜を過ごすことになった。

 深夜。

 コンコン、と控えめに扉が叩かれ、ガチャリと鍵が開いた。


 「……ん? 誰だ?」


 俺が寝ぼけ眼をこすりながら身を起こすと、そこには。


 「……夜這いに来ちゃった♡」


 薄布一枚──もはや全裸よりも扇情的な、下品極まりないネグリジェ姿のルーサーが、ベッドの横に立っていたのだ。

 豊満すぎる果実が、今にもこぼれ落ちそうに揺れている。


 「なっ!? る、ルーサー!?」


 俺は一瞬で眠気が吹き飛び、シーツをかき集めて部屋の隅まで後ずさった。


 「なんでこんな夜中に……! ていうか、なんだその服は!」

 「ふふっ。ミア様……実力あるサキュバスは、魔力で股間にあれを生やせるんでしょう?」


 ルーサーはベッドに這い上がり、ねっとりとした視線で俺の股間を見つめてきた。


 「ねえ。私と一緒に童貞卒業してみない? 妻に教え込まれたテクニックで、たっぷりと絞ってあげるからぁ……♡」

 「ひぃっ……!?」


 あまりにも直球すぎる変態からの誘惑に、俺は完全な恐怖でドン引きした。

 くそ、お姉さんかレジエを同行させるべきだった。


 「や、やめろ! 俺は生やさないし、お前なんかとそんなこと……!」


 俺が悲鳴を上げながら枕を投げつけると、ルーサーはそれをキャッチし、少しだけ残念そうに頬を膨らませた。


 「……えー。せっかく、妻からの命令だったのに」

 「は?」


 俺は枕を構えたまま、動きを止めた。


 「命令?」

 「そう。妻がね、『たまには若い子と浮気してきなさい。もし成功したら、明日の夜は特別に激しいお仕置きをしてあげる』って言ってくれた。だから、張り切って来たのにさ……」

 「…………」


 俺は、深い、とても深い絶望と怒りのため息をついた。


 「……お前ら夫婦間の変態的なプレイに、上司を巻き込むの、いい加減にしろよ」


 本気で怒りながら魔力を放つと、ルーサーは「ごめんなさい」と欲求不満そうにモジモジしながらも、部屋から退散してくれた。

 翌朝、寝不足で機嫌が悪い俺は、二度とこの変態夫婦の館には一人で泊まらないと、心に固く誓ったのだった。

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