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83話 先代魔王の独白と理想の器

 吹き抜ける風が、華奢な体を撫でていく。

 生きてきた。途方もなく長い月日を、私は生きてきた。

 力でねじ伏せ、恐怖で縛り、一度はこの魔界を完全に統一した。だが、信頼を置き、副魔王にまで据えたイリスの裏切りにより、すべては崩壊した。

 あいつの手引きで城に乗り込んできた勇者という者たちに、私は倒されるという結末を迎えたのだ。


 「……思い出すだけでも腹立たしいな」


 思わず舌打ちが出てしまう。

 しかし、魔界を統一した魔王たる私が、ただ黙って死を受け入れるはずがなかった。

 いざという時の備えとして、魂を隔離し、肉体を再錬成して復活できるよう、城の地下に細工を施しておいたのだ。

 だが、それがまさか、このような有り様になるとは。


 「何もかもが小さい……」


 私は、自分の純白の肌と、金髪の柔らかな髪、そして胸の膨らみが少ししかない平坦で幼い体に触れた。

 そして、ひどく呆れたように苦笑混じりに首を振った。


 「まったく、あの変態魔女め。男だった私を、こんな非力な少女の姿にするなど……どうかしているぞ」


 とはいえ、だ。

 こんな姿であろうと、肉体は肉体である。魂だけの不完全な状態だった時よりは、いろいろとやりようがある。

 予定とはずいぶんと順序が変わってしまったが、真の意味での復活は、確実に近づいているのだから。


  ◇◇◇


 何度かの転移魔法で帰路につき、私は大陸中央にある魔王城へと帰還した。

 弱体化した形で復活させられた地下の一室に向かうと、そこにはエドガーたち狂信者によって、すでに本来の力を取り戻すための新たな儀式の用意が進められていた。

 それとは別に、部屋の片隅で片膝をつき、私に報告を行う者がいた。

 大陸北部にある旧魔王軍の中枢に、密かに潜ませていた私の直属の臣下の一人だ。


 「ご報告いたします、ルカ様。あちらの上層部とは、話がつきました。竜族をも味方につけたミアという新興のサキュバスに対抗するには、もはやルカ様の力に頼るしかない、と」

 「だろうな」


 私は鼻を鳴らした。


 「魔界と呼ばれるこの大陸が乱世となってからというもの、孤立した竜族を攻め落とすことができなかった連中だ。あの強大な戦力が南部についた時点で、遅かれ早かれこうなるのは目に見えていた」


 気概はあっても実力が伴わない残党など、所詮はその程度だ。

 ただし、まとまった勢力を維持できている部分については褒めてやってもいいか。

 すると、臣下は少しだけ言い淀み、苦渋の表情を浮かべた。


 「……ただ、術式に少し問題が。ルカ様の器を弄った、あの魔女ティエラの細工を、未だ完全には解除できておりません。そのため、もうしばらくは……その、少女の姿のままでいていただくことに」


 不興を買いたくないからか、すぐさま平伏する。


 「申し訳ありません。我々が不甲斐ないばかりに」

 「構わん。姿など、あとでどうとでもなる」


 私は即座に許した。

 ティエラという魔女は、まがりなりにもこの私を打ち倒した者の一人ではある。

 そんな魔女が仕込んだ細工ともなれば、解除するのに時間がかかるのは致し方ないことだ。


 「まずは力を取り戻さなくては話にならん。儀式を始めろ」


 この幼く未熟な器の負担を考え、元の魔力と身体能力は段階的に戻していく。

 予定では、何日もかけて少しずつ術式を適応させていく必要がある。

 数時間に及ぶ一度目の儀式が終わったあと、私の身体能力はほんの少しだけ、だが確実に底上げされていた。


  ◇◇◇


 儀式を終え、かつて自分で使っていた魔王城の自室に戻った私は、ベッドに腰を下ろして重い息を吐いた。


 「……ふぅ」


 なんだかんだで、ご無沙汰だった。

 魂の状態では欲求など存在しなかったが、いざ生身の肉体を得て魔力を循環させると、どうしよう2もなく下腹部に熱が溜まる。

 私は、誰にも見られないよう分厚い毛布を頭から被り、その中で自らの秘所にそっと指を這わせた。


 「んっ……」


 慰めるための想像の対象。

 イリスの顔が浮かびかけたが、あいつはむかつき過ぎるので即座に思考から除外した。欲情より殺意が勝ってしまう。

 代わりに私の脳裏を占めたのは……銀髪で、不遜に私を押し倒してきた生意気な若き魔王、ミアの顔だった。


 (……そうだ。決闘に勝利したら。私を組み敷いたあの生意気なサキュバスを手篭めにしてやるのも、悪くないな)


 毛布の中で、指の動きが熱を帯びていく。

 あいつは私の前で、絶対に生やさないと強がっていた。


 (なら、無理矢理にでも魔力を流し込んで、あいつにあれを生やしてやって……この可憐な少女の姿のままで、相手をしてやるか?)


 かつて男だったあいつが、男としての証を強制的に与えられながら、この私の手によって圧倒的な快楽で支配される。

 その上で、お前はもはや男ではなく、ただ私の前で喘ぐことしかできない雌なのだということを、徹底的にわからせてやるのもいい。


 「はぁっ……あ、ミア……」


 頭の中で、ミアがめちゃくちゃにされる想像が膨らんでいく。

 あいつを泣かせたい。その生意気な顔を快楽で歪めたい。徹底的に、逃げ場がなくなるまで虐め倒したい。


 「んんっ……あ、ぁぁっ……!」


 結構な喘ぎ声を漏らし、私はベッドの毛布の中で、ひとしきり自身の欲求を発散した。

 それから数分後。

 熱が引き、いくらか冷静さが戻ると、私は毛布を蹴飛ばして立ち上がった。


 「さて。くだらん欲求も晴れたことだし、決闘までの時間、体を鍛え直さないとな」


 私はそのまま転移魔法を発動させ、大陸北部──旧魔王軍の拠点の一つへと向かった。

 現時点で私の正体を知っている一部の者に、極秘で訓練相手を用意するよう求めたのだ。

 指定された地下修練場に現れたのは、一人の女だった。

 北部の軍において、暗殺や諜報など後ろ暗い仕事をこなす、実働部隊に所属するサキュバス。かつてイリスの部下だった者の一人である。


 「お相手を務めさせていただきます、ルカ様」


 彼女は冷徹な目で一礼し、私たちは他者に知られることのない閉鎖空間で、激しい戦闘訓練を開始した。

 ──数時間の打ち合いのあと。

 魔法の飛び交った修練場の隅で、壁にもたれかかって休憩していた最中、そのサキュバスがふと、隠していた本音を口にした。


 「……ミアという南部の新興魔王ですが」


 彼女は汗を拭いながら、私を見た。


 「あの者は、イリス……様が自らお作りになられた器に、異界の魂を入れた存在である。……ということで合っていますか?」

 「ああ」


 私は頷いた。ミアの顔を掴み、強引な接触で記憶を覗き見た時に得た情報だ。


 「どうやら、そうやってこの世界に強制的に生み出された存在のようだ」


 すると、冷徹だったはずの実働部隊のサキュバスの顔に、ひどく歪んだ、熱狂的な感情が浮かび上がった。


 「……それは、とても……羨ましいことです」

 「ふむ?」

 「だって、自分にとって完全な理想の子を肉体から作り上げ、その魂ごと好き放題に愛し、支配できるのですよ? イリス様は、今こうしている間にも、あのミアという存在を隅々まで貪っているのでしょうね」


 同族ゆえの、狂気じみたイリスへの共感。

 だが、私は首を横に振った。


 「……だがな。それは、口で言うほど簡単なことではないはずだ」

 「ええ、その通りです」


 サキュバスは深く同意した。


 「愛でるだけですぐに壊れてしまうような、弱々しい器ならいくらでも作れるでしょう。ですが、それではただの鑑賞用にしかなりません」


 彼女の目が、戦士としての鋭い光を取り戻す。


 「副魔王であったイリス様の、度を越した愛と魔力の蹂躙を受けても……決して精神も肉体も壊れず。それでいて、まともに魔王として戦闘も、統治も行える」


 それは、器としての異常なまでの強度と適応力を意味している。


 「……ミアという存在は、ルカ様にとって、おそらく想定以上に厄介な相手になるかと存じます」

 「違いないな」


 私は立ち上がり、拳を軽く握り込んだ。

 イリスを裏切って私のものになれという誘惑を、あの快楽に溺れかけた状態で蹴り飛ばした強靭な意志。

 認めよう。あいつはイリスの操り人形ではない。確固たる自我を持った一人の魔王だ。

 一週間後に訪れる決闘。

 そこで私は、あの生意気なサキュバスの小娘のすべてをへし折ってやらねばならない。

 覇権を取り戻すための、最初にして最大の壁として。

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