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69話 援助の条件とかつての英雄との裏取引

 「……援助、ね。いいわよ、別に。でも、タダってわけにはいかないわ。条件があるの」


 ティエラは人差し指を立てて、悪戯っぽく笑った。

 ごくりと俺は生唾を飲み込み、ティエラの次の言葉を待ち構えた。

 相手は勇者の仲間で、天才的な魔女。要求してくる代償は、金か、領地か、それとも莫大な魔力か。


 「んーとね。私もイリスみたいに、ミアちゃんをぎゅーってしたいなー。あと、血を少しだけ分けてほしいの。純粋な研究対象として、すごく興味があるから」

 「……は?」


 予想外すぎる要求に、呆気にとられた瞬間。


 ギリッ。


 俺の腰に巻きついていたお姉さんのサキュバスの尻尾が、万力のような力で締めつけてきた。

 いや、実際にはそこまでじゃないけど、そう思わせるくらいの強さ。


 「……それは、ダメよ」


 お姉さんは、声こそいつものような甘く柔らかい感じだったが、顔に張りついた笑顔の奥には、絶対零度の冷気が渦巻いていた。

 表向きはにこやかな旧友同士の会話。だが、その裏には明確な意志があった。

 私の可愛いミアは、指一本、血の一滴たりとも誰にもあげない。という強烈すぎる独占欲と殺意が存在している。


 (っ……ぁ……)


 普通なら、息もできないほどのプレッシャーに怯える場面だ。

 しかし、俺の作られたサキュバスの肉体は、完全に間違った方向へ学習してしまっていた。

 背後からぎゅっと痛いほど抱きしめられ、お姉さんの絶対的な所有物として扱われているこの状況に、俺は抗いがたい心地よさを感じてしまっていたのだ。

 お姉さんは、俺を絶対に逃がしてくれない。こんなにも、俺のことだけを大事に、狂おしいほど想ってくれている。

 ただそれだけで、下腹部の奥がきゅんと甘く疼き始める。


 (やばい、嬉しい、体が、熱い……)


 俺はふにゃりと崩れそうになる理性を必死に繋ぎ止め、表向きはあくまでも冷静な魔王を取り繕いつつ口を開いた。


 「……そ、その条件は困る。どうか、他の条件にしてくれ」


 そう言うと、ティエラは「あーあ」と呟きながら肩をすくめた。


 「冗談よ、冗談。イリスの大事な大事な相手に手を出したら、何十年越しの友人関係が粉々に壊れちゃうしね」


 あっさりと引き下がるティエラ。

 最初から、ただからかうつもりだったのか、それともお姉さんの本気度を測ったのか。


 「それでね、ミアちゃんに一つお願いがあるの」


 ティエラは改めて、真剣なトーンで切り出した。


 「私、魔王城に行きたいんだけどね? 道中の護衛とか、お願いできるかしら?」

 「魔王城……?」


 その単語を聞いた瞬間、俺の下腹部の甘い疼きは一瞬で彼方へと吹っ飛び、全身がカチコチに固まった。

 南の大陸からわざわざやってきた理由。視察や挨拶だけで終わるはずがない。

 そりゃ、表向きのものだけじゃなく、何か裏の目的もあるよな、と嫌な納得をした。

 俺は首だけを動かして、背後のお姉さんを見上げた。


 「……なあ、お姉さん。その魔王城って、どこにあるんだ?」


 俺の知る限り、南部の領地にそんな物騒な名前の城はない。

 レジエの背に乗って空から見ても、大渓谷にあるディフの要塞ぐらいしか、大きい建物は見当たらなかった。


 「魔王城はね、大陸のほぼ中央にあるわ」


 お姉さんは、俺の頭を撫でながら答えた。


 「大陸北部、東部、西部、そして私たち南部……四つの勢力の、ちょうど中間地点。どこからも等しく距離がある、不可侵の聖域みたいな場所よ」


 その説明に、俺は嫌な汗をかいた。

 四つの勢力のちょうど真ん中……?

 そんな立地の場所を、数十年も経ってるのにどこの誰も手に入れてないなんておかしいだろ。


 「……それで、その魔王城は今、どの勢力が支配してるわけ?」


 とはいえ、大きい勢力ではなくとも、無名な小勢力が支配してるという可能性もある。

 俺が恐る恐る尋ねると、お姉さんはにやりと、獲物を狙う肉食獣のように笑った。


 「どこの勢力下にもないわ。……なにせ、狂信者とも呼べる厄介な連中が守っているからね」

 「狂信者?」

 「ええ。勇者に倒された先代魔王の復活を本気で企てている集団よ。魔界の統一を掲げてる北部の旧魔王軍残党とすら、解釈の違いで敵対しているくらい、話の通じない連中」


 横からティエラが補足するように言った。


 「なので、先代魔王を討伐した勇者パーティーの一員だった私と、不倶戴天の裏切り者であるイリスは、あの城に近づくだけでも大変なことになるのよ」


 先代魔王の狂信者の巣窟に、仇と裏切り者が遊びに行くようなものだ。大惨事になるのは目に見えている。


 「……倒すこととかって、できないのか? 二人とも、魔王を倒したんだろ。さすがにその信者たちは、先代魔王よりは弱いだろうし」


 俺が当然の疑問を口にすると、ティエラは俺のすぐ近くまで歩み寄り、しゃがみ込んで目線を合わせてきた。

 先ほどまでのにこやかさは、完全に消え失せている。


 「……私たち二人が本気を出せば、城ごと消し飛ばすことはできる。でもね」


 ティエラの目が、冷たく光った。


 「戦闘で地形が変わっちゃうくらい派手にやったら、周囲の勢力に絶対気づかれるよ? ……南部の新興勢力の魔王が、人界の英雄と、かつての副魔王イリスを連れて中央で暴れている。そうなれば、他の勢力はいったいどう思うかな?」


 そこまで聞かされ、俺はハッとした。


 「……まず間違いなく、結託して南部に攻め込んでくる」

 「正解。おそらく、ミアちゃんにとって致命的に不利な状況になると思うけど?」

 「じゃ、じゃあどうすればいいんだ。そもそも、そんな危険な場所に連れて行かないのが一番じゃないか」


 俺が抗議すると、ティエラは「うーんとね」と首を傾げた。


 「騙し討ちで侵入する……のは、失敗すると面倒だから無し。せめて、私が城の連中と話し合いができる場を整えてほしいの。護衛でもなんでも。そうなれば、あとは私がどうにかするから」


 話し合い? 魔王の仇なのに?

 無茶苦茶だ。


 「……そもそも、なんでそこまでして魔王城に行く必要があるんだよ」


 俺がジト目で睨みつけると、ティエラはあっさりと、そしてとんでもない爆弾を落とした。

 

 「魔王の復活。……より正確に言うなら、先代魔王を、弱体化させた状態で復活させるため」

 「は……っ!?」


 俺は完全に固まった。

 自分たちで倒した魔王を、わざわざ復活させる? 狂信者と呼んだ相手と目的が同じじゃないか。


 (どういうことだ。弱体化させて復活って、いったい何を企んでる……?)


 理解の範疇を超えた事態に、俺の頭はパンクしかけた。

 だが、俺は大陸南部を統一した魔王だ。

 お姉さんに甘やかされているだけのペットじゃない。

 ただ利用されるだけなんて、ごめんだ。


 「……わかった。あんたの目的が何であれ、そこまで言うなら手伝ってやる」


 俺はティエラをまっすぐに見据えて、交渉のカードを切った。


 「ただし、求めるものをさらに上乗せしたい。……俺が今後、東の竜族と戦う時に手伝ってほしい。魔王を復活させるという、とんでもないリスクを負うんだから、それくらいの援助の追加は受け入れてほしい」


 俺の強気な提案に、ティエラは一瞬、ほんの一瞬だけ……感情の一切を排した、冷徹な実験動物を観察するような目を俺に向けた。

 背筋が凍るほどの威圧感。

 しかし次の瞬間には、いつもの人懐っこいにこやかな笑顔に戻り、大きく頷いた。


 「よろしい。交渉成立ね。……魔王城の件が無事に済んだら、ミアちゃんの大陸統一の道、私が戦闘面でも手伝ってあげるわ。ただし、竜族との戦いだけね」

 「それで十分だ」


 魔界の中心にある魔王城。そこに巣食う狂信者たち。

 そして、先代魔王の復活を企むかつての英雄。

 俺は、底知れない深淵の淵に立たされていることを自覚しながら、この危険すぎる裏取引に応じるのだった。

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