70話 観光という名の死地と首輪作戦
廃墟の一角に設けた簡易的な会談室から外へ出ると、案の定というべきか、巨大な黒竜であるズワルトが鋭い眼光を向けて待ち構えていた。
「……ずいぶんな長話だったようだが。あの船団はどう動く?」
低く響く声には、明らかな疑念が混じっている。
(そりゃそうだよな。船団を率いてる奴が、少人数で会談してニコニコ笑って出てくれば怪しむに決まってる)
まさか、勇者の仲間が先代魔王を復活させるために魔王城へ行きたいと言っている、なんて正直に話すわけにもいかない。
俺は平静を装い、事前にティエラとすり合わせておいた表向きの理由を口にした。
「彼女は、南の大陸の国から『現在の魔界の様子を見てこい』と命じられて視察に来ただけらしい。侵略とかの意図はないそうだ」
「視察、だと?」
「ああ。それで……彼女から、大陸の中央に魔王城と呼ばれる場所があるという話を聞いてな。個人的に気になってきたから、ちょっと観光がてら見に行こうという話になったんだ」
俺が作り笑いを浮かべてそう言うと、ズワルトは鼻を鳴らした。
「観光? 大きな争いが起きそうにない今の状況とはいえ、一国の主が己の領地を離れるなど……」
「数日のことだ。それに、向こうと友好的な関係を築くためにも、案内役を買って出るのは悪くないだろう?」
ズワルトは胡散臭そうにティエラの方を一瞥した。ティエラは「よろしくねぇ、黒竜ちゃん」とニコニコと手を振っている。
「まあいい……ならば、我も同行しよう」
「えっ? いや、船団の目的がただの視察ってわかったんだから、もう帰ってもいいんじゃないか?」
俺がやんわりと厄介払いしようとすると、ズワルトは首を横に振った。
「船団を率いる立場と思わしき者がここにいる。そして、船団はまだ沖合から離れるつもりはないようだからな。……ならば、我の監視の任は解かれていない。まだ戻るわけにはいかん」
やはり、そう簡単にはいかないか。
結局、魔王城へ向かうメンバーは、俺、お姉さん、ティエラ、レジエ、カーミラ、そして監視役のズワルトに決まった。
「……え? わたくしも、同行するのですか?」
なぜかリストに入っていたカーミラが、目を丸くして驚いた。
「もちろんだ。俺の護衛兼、各種交渉のサポートとして頼む」
「は、はあ。それは構いませんが、いくらなんでも魔王城の観光というのは……」
カーミラが怪訝な顔をしていると、お姉さんがそっと彼女の背後に回り、こっそりと耳打ちをした。
「本当はね、先代魔王を復活させに行くのよ。勇者の仲間と一緒にね」
「…………っ!?」
カーミラは言葉を失い、文字通り石像のようにカチンと固まってしまった。
とはいえ、長く生きてきた経験からか、十数秒ほどで元に戻る。
◇◇◇
移動は空路だ。
ズワルトの圧倒的な飛行速度は、火竜となったレジエよりも遥かに速い。
大陸の中央まではそこそこ距離があるが、この速度なら一泊二日で行って戻ってこられる計算だ。
「レジエ、遅れるなよ!」
「グルルルッ……!」
ズワルトの背に俺やカーミラたちを乗せ、レジエは自力であとを追う。
ティエラが一時的な身体能力強化の魔法をレジエにかけたおかげで、なんとかズワルトに追いつける速度を維持できていた。
(勇者パーティーの魔法のバフ、か。こうして見るとかなりのもんだよな)
そして夜。俺たちは荒野の片隅で野営をすることになった。
ズワルトは「あまり馴れ合うつもりはない」と、少し離れた岩場で一人寝そべっている。
カーミラは「わたくしは少し……頭を整理させてください」と、虚ろな目のまま小さな一人用テントに早々と引っ込んでしまった。
残された俺たちは、やや大きめのテントに集まっていた。
現在の状況は、控えめに言ってカオスだった。
「さあ……ミア、もっとこっちにおいで」
俺は当然のようにお姉さんの膝の上に座らされ、背中からぎゅっとホールドされている。
そして、俺の膝の上には。
「……すー、すー……」
人の姿でいるレジエが、まるで飼い犬のように俺の膝に頭を乗せて、気持ちよさそうに横になっているのだ。
お姉さんという巨大なクッションにもたれかかる俺。その俺をクッション代わりにするレジエ。なんという地獄のサンドイッチだろうか。
(そしてそれに慣れてしまってる俺……順調によくない状況になっていないか?)
その光景を見ていたティエラは、笑い混じりに呆れたように口を開きかけ……そして、苦笑しつつ言葉を飲み込んだ。
代わりに、少し声を張って、わざとらしく明るいトーンで言い放った。
「いやぁー! 魔王城、楽しみだなぁ! どんなところか、ワクワクしちゃう!」
視線は、テントの外で聞き耳を立てているであろうズワルトの方を向いている。
あくまでも観光の延長という体裁を保つためのカモフラージュだ。
そしてティエラは、すぐ真顔に戻り、ズワルトには聞こえないギリギリの小声で本題を切り出した。
「……ミアちゃん。君の誤魔化しの技術に期待してる」
「誤魔化しって……魔王の信者たち相手に?」
「そう。私たちが魔王城の中に入れるように、上手く言いくるめてほしいの」
「そうは言っても、二人とも、向こうにとっては不倶戴天の敵だろ。顔を見られた瞬間に、問答無用で魔法が飛んできそうで……。どうすればいいのか」
俺が顔を引きつらせると、ティエラはにやりと笑った。
「だからこその、ミアちゃんの出番ってわけ。何か、いい策はない?」
俺はお姉さんの腕の中で、フル回転で脳を働かせた。
勇者の仲間であるティエラと、副魔王にして裏切り者たるイリス。
先代魔王の狂信者たちからすれば、この二人は殺しても飽き足らない存在だ。普通に交渉などできるはずがない。
だが、その強烈な憎悪を、強烈な優越感と油断にすり替えることができれば……あるいは。
「……多分、効果があるかもしれない策は、一つだけある」
俺が躊躇いながら口にすると、ティエラと背後のお姉さんが同時に反応した。
「あら、どんな策かしら?」
「教えて教えて」
「……向こうにとって不倶戴天の存在である二人が、サキュバスの小娘に、ペット扱いされて屈服しているところを見せる」
俺は、あまりにも屈辱的でインモラルなその作戦を説明した。
「具体的には……お姉さんとティエラに首輪をつけて、俺がそのリードを持って、堂々と城の正門から入る」
「あら?」
「へえ?」
ティエラとお姉さんが同時に声を上げた。
「考えてみてほしい。憎き敵が、奴隷のように首輪をつけられて這いつくばっていれば、狂信者たちは絶対にいい気になって油断する。その隙を突いて中に入り込む。そうすればどうとでもなる」
あまりにも悪趣味で、リスキーな作戦。
しかし、ティエラは少し考え込んだあと、ポンと手を叩いた。
「……なるほど。相手のざまあみろっていう心理を利用するのね。悪くないわ。プライドは傷つくけど、背に腹は代えられないし」
「私は別にいいわよ。ミアのペットになれるなら、むしろご褒美だもの♡」
お姉さんに至っては、まったく抵抗がないどころか喜んですらいる。
その時。俺の膝で寝ていたはずのレジエが、ガバッと勢いよく起き上がった。
「……それ、わたしもやる」
「お前はやらなくていいよ。目立つだけだし」
「ずるい。わたしはミアのペットなのに」
レジエはそう言うと、どこから取り出したのか、黒い革製の頑丈な首輪をスッと差し出してきた。
「……ミアの手で、わたしにつけて?」
誇りとかはもはや塵ほども残っていない。俺は内心で引きつつも、レジエの頭をベシッと叩いて首輪を没収した。
「問題は、城の中にズワルトがついてくるかどうかだ」
俺はテントの外へ視線を向けた。
このふざけた偽装作戦に、あの堅物な黒竜が付き合ってくれるとは思えない。
城の外で待機してくれれば御の字だが、不審に思われて邪魔をされる可能性もある。
「こればかりは、現地で臨機応変に、行き当たりばったりで挑むしかないな……」
俺は大きなため息をつき、お姉さんの柔らかい胸に身を任せて、明日訪れるであろう地獄のような面倒事に備えて目を閉じるのだった。




