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67話 海を渡ってきた魔女と嫉妬の特等席

 大量に浮かぶ大船団は、港町リヴィラの沖合でピタリと停止した。

 緊張が走る港。

 だが、そこから武装した兵士たちが雪崩れ込んでくることはなく、たった一隻の小舟だけが、ゆっくりと波を掻き分けて波止場へと近づいてきた。


 「……来るぞ」


 俺は息を呑み、護衛として控えるカーミラやレジエたちに待機を命じた。

 小舟から降り立ったのは、鎧を着た騎士でも、屈強な戦士でもなかった。

 ゆったりとしたローブを身にまとい、つばの広い帽子を被った女らしき人。

 外見は三十代前半といったところで、大人の色気と知性を感じさせる美しい顔立ちをしている。


 (外見からして多分人間、だよな?)


 彼女は波止場に立つ俺の姿を認めるなり、パッと花が咲いたような笑顔を見せた。

 ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべ、さらに俺の後ろにフードを被って控えているお姉さんの姿を見つけると、その笑顔はさらに深くなった。


 (……なんだ、あの人。嫌な予感しかしない)


 敵陣のど真ん中に単身で乗り込んできて、あんなに嬉しそうにしている人間など、頭のネジが飛んでいるとしか思えない。

 警戒して身構える俺の背中に、お姉さんがそっと手を添えた。


 「大丈夫よ、ミア。戦いにはならないわ。……向こうの話を聞きましょう」


 お姉さんのその声は、どこか弾んでいた。

 俺たちは、リヴィラの廃墟の一角を再利用し、急ごしらえの簡易的な会談室を用意した。

 部屋に入ったのは、俺とお姉さん、そして謎の人物の三者のみ。

 カーミラも、文句を言うレジエも、ルーサーも、全員部屋から遠ざけた。


 「久しぶりねぇ、イリス! 元気にしてた?」


 彼女は部屋に入るなり、帽子を取って、屈託のない声でお姉さんに話しかけた。


 「ええ。あなたこそ、相変わらずお若いままで。……ティエラ」


 お姉さんもフードを下ろし、旧知の友と再会したような柔らかな笑みを浮かべる。

 ティエラ。それが彼女の名前らしい。


 「あの……知り合い、なのか?」


 俺が戸惑いながら尋ねると、「はじめまして、魔王ちゃん」とウインクをしながら返してくる。

 あまりにも気さく過ぎる。


 「私はティエラ。見ての通り人間よ。……昔、勇者と一緒に先代魔王の城にカチコミに行った魔女って言えば、わかるかしら?」

 「勇者パーティーの魔女……!」


 やっぱりそうか。数十年前、魔王を倒した伝説の英雄の一人。


 「でも、数十年も経ってるのに、どうして三十代前半くらいの姿なんだ? 人間はそんなに長生きしないだろ?」

 「ふふん。それはね、私が天才だからよ」


 ティエラは自信満々に胸を張った。


 「イリスが先代魔王を裏切った当時、私たちはいろいろと裏で手を組んでてね。その時に、イリスの知識と私の技術を合わせて、若さを維持する魔法の開発に成功したのよ。だから私は、こうしてピチピチのままってわけ。……ちなみにこれ、表沙汰になると、とっても面倒くさいから秘密にしておいてね?」


 伝説の魔女と、最凶の副魔王の共同研究。とんでもない裏話だ。

 だが、ティエラの口から飛び出した驚愕の事実は、それだけではなかった。


 「それにしても……本当に見事ね。最高傑作だわ」


 ティエラは俺の顔をまじまじと見つめ、感嘆の声を漏らした。

 ちょっと気持ち悪いくらい、全身を観察してきている。


 「えっ?」

 「私とイリスが共同で開発した、若さを維持する、もとい成長を止める魔法……こんなに完璧に、この子の肉体に定着してるなんて」

 「……は?」


 俺は固まった。そして、ギギギ……と首を動かして、隣にいるお姉さんを見た。


 「お姉さん……出会ってすぐの時、俺の体が成長しないよう固定したって言ってたよな?」

 「ええ、そうよ?」

 「若さを維持する魔法と、俺にかかってる成長しない魔法は実質同じとして……この人、俺の体を作るのを手伝ってたりしてる?」

 「してるわ。でも安心して? 素材集めや細部の微調整の手伝いくらいだから。あなたの体の隅々まで理解してるのは私だけ♡」


 悪びれもせず、頬に手を当ててうっとりとするお姉さん。


 「もう、本当に可愛いわねぇ、ミアちゃん!」


 ティエラはずいずいと距離を詰め、俺の頭を無遠慮に撫で回し始めた。


 「うわっ、ちょっと……!」

 「昔、イリスが何十年もかけて理想の存在を作ってるって聞いた時は呆れたけど、実物を見ると納得しちゃうわ。あー、可愛い可愛い」


 ティエラは俺をひとしきり撫でたあと、今度はお姉さんの方へ行き、「よくやったわね!」とその肩に気さくに腕を回した。

 お姉さんもそれを嫌がる風でもなく、「でしょう? 私の自慢の子よ」と楽しそうに笑い合っている。


 (古い友人か……)


 その光景を見た瞬間。

 俺の胸の奥で、チリッとした、黒くて冷たい感情が焦げついた。


 (……なんだ、今の)


 俺の頭を子ども扱いして撫でたことじゃない。

 ティエラが、お姉さんの肩に気安く触れていること。お姉さんが、俺以外に向かってあんなに楽しそうに友人としての顔を見せていること。

 それが、どうしようもなく……腹立たしい。


 (嫉妬、してるのか? 俺が? お姉さんに? 今さら?)


 あんなに、離れたい、貞操の危機だと反発していたはずなのに。

 いつの間にか、俺はお姉さんを自分だけのものだと無意識に錯覚していたのだ。


 「……んっ」


 俺が無言で唇を尖らせ、じっと二人を睨んでいると、お姉さんはピタリと会話を止めた。

 そして、俺の心の底の醜い独占欲に瞬時に気がついたらしい。

 お姉さんの口角が吊り上がった。


 「おいで、ミア」

 「えっ……わっ!」


 お姉さんはティエラから離れると、俺の脇に手を入れてヒョイと持ち上げ、自分の膝の上に向かい合わせになるように座らせた。


 「あらあら。もしかして、ティエラと仲良くしていたから、ヤキモチを焼いちゃったのかしら?」

 「ち、ちが……っ!」


 否定しようとする俺の腰に、サキュバスの尻尾がするりと巻きつく。

 そしてお姉さんの細い指が、俺の背中からお尻にかけて、よしよしと、少しいやらしく、ひどく甘やかすように撫で下ろした。


 「んぅっ……ぁ……」

 「ごめんね、ミア。私が一番愛しているのは、いつだってあなただけよ。……よしよし、いい子ね」


 膝の上という特等席。俺だけに向けられる、甘く蕩けるような声と体温。

 普通なら「客の前でこんなことするな!」と嫌がるところだ。

 しかし、俺の心はそれを嫌悪するどころか、お姉さんに独占されたことで急速に安堵し、先ほどの嫉妬が嘘のように収まっていくのを感じていた。


 (……あぁ、落ち着く……)


 俺がお姉さんの胸に顔を埋めておとなしくなると、その一部始終を見ていたティエラは、両手で口元を覆ってワナワナと震えていた。


 「な、なによそれ……っ! ものすごく羨ましいじゃない……!」


 顔を真っ赤にして、悶えている。


 (この人も、大概変態なんじゃないか……?)


 勇者パーティーって、ろくな奴がいなかったんだろうな。

 あるいは、まともな奴がいても苦労してたはず。

 俺はお姉さんに、まるで大きなぬいぐるみのように背中からぎゅっとホールドされた状態のまま、軽く咳払いをした。


 「……で。魔女ティエラ。あんたは一体、何のために船団なんか率いて魔界に来たんだ?」


 俺が本題を切り出すと、ティエラは大げさなため息をついた。


 「はぁ……宮仕えの悲しさってやつよ。上の連中が『魔界の様子が最近どうなってるか見てこい』ってうるさくてねぇ。断りきれずに、押しつけられちゃったのよ」


 人間側の王や貴族の命令で動いているらしい。


 「じゃあ、ただの視察か?」


 俺が確認すると、ティエラはにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺の顔を覗き込んできた。


 「さあてね。……侵略と交易、どっちがいい?」


 ぞくりと背筋が冷えた。

 伝説の魔女が率いる大船団。

 その気になれば、このまま戦争を起こすことも可能な戦力だろう。

 俺が息を呑んで固まっていると、ティエラはプッと吹き出した。


 「あははっ! 冗談よ、冗談! 今回は本当に、ただの調査に来ただけ。……ついでに、かつての友人の顔も見れないかなー、って思ったりもしてたけど。だから安心して頂戴」


 笑いを抑えるのに苦労している魔女の言葉に、俺はどこまで安堵していいのかわからず、ただお姉さんの温かい腕の中で、小さく息を吐き出すことしかできなかった。

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