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63話 危険な想像と命の重さが違う国

 東の竜の国へ使者を送り、その返事を待つまでの数日間。

 俺は、ルーサーの屋敷に滞在しながら、地獄のような時間を過ごしていた。


 「さあミア、次はこの服を着てごらん! 君の銀髪と白い肌には、絶対に黒のレースが似合うから!」

 「いや、だから露出が多すぎるだろ! 布の面積が仕事してないって!」


 元男で現雌豚な魔王ルーサーによる、終わりのない着せ替え人形の刑である。

 一国の王として、そして外交の使節として恥ずかしくない格好を用意する、という名目なのだが、ルーサーが持ってくる服はどれもいやらしいというレベルを通り越した代物ばかりだった。

 ……とはいえ、お姉さんが用意するようなやつよりはほんの少しマシだけども。


 「ルーサー殿。ミア様は魔王として、そして使節として赴くのです。そのような……娼婦のような格好では、竜族に舐められます」


 見かねたカーミラが、真面目な顔で露出の少ない、威厳のあるドレスを何着か厳選して持ってきた。


 「えー、つまらないなぁ。カーミラは堅物だねぇ」


 ルーサーは唇を尖らせたが、その手にはまだ、際どいスリットの入った薄絹のドレスが握られている。そして、俺に無理やりそれを着せようと押しつけてきた。


 「やめろって言ってるだろ、ルーサー!」


 俺が抗議の声を上げると、ルーサーは俺の耳元に顔を寄せ、妖しくささやいた。


 「……口では嫌がってるけどさ。君、本当はあの真面目な吸血鬼に自分の肢体を見せつけて、反応を楽しんでたりしないかい?」

 「なっ……!?」

 「だって、君の腕力なら、私を力ずくで排除して着替えを拒否できるはずだろう? それをしないのは、そういうことじゃないのかなぁ?」


 図星、というわけではない。ただ、強引に振り払って怪我をさせるのも悪いと思って手加減していただけだ。

 だが、ルーサーにそう言われて、俺はハッとしてカーミラの方を見た。

 際どい衣服を半ば無理やり着せられている俺の姿を見て、カーミラの様子がおかしい。


 「……っ、ふぅ……」


 顔を真っ赤にし、額に汗を浮かべ、目を逸らしながらも、時折チラチラと俺の太ももや胸元を盗み見ている。吸血鬼としての本能か、それとも別の劣情か、何かを必死に我慢して苦しそうに息を吐いていた。


 (……もし、カーミラの我慢が限界になったら。俺は、どうやって押し倒されて、どんな風に襲われるんだろう……?)


 ふと、そんな期待混じりの想像が脳裏をよぎり、下腹部がきゅんと熱くなった。


 (っ!? ち、違う! くそ、何を考えてるんだ!)


 俺は慌てて頭を激しく振り、その危険すぎる思考を強引に切り捨てた。お姉さんがいない場所でも、確実に俺の精神は侵食されている。

 俺が顔を真っ赤にして狼狽しているのを見て、ルーサーはくすくすと笑った。


 「ふふっ。おふざけはここまでにしておくよ。そろそろ使者が来る頃だし、変な格好を見られたら外交問題になっちゃうからね」


 そうして結局、俺はカーミラが選び抜いた清楚で威厳ある少女を演じられるドレスを着ることになった。

 深い群青色の生地に、銀の刺繍があしらわれた上品な一着だ。

 大きな姿見の前に立ち、俺はくるりと回ってみた。フリルがふわりと揺れ、銀髪が綺麗に流れる。


 (……うん、我ながらすごく可愛いな)


 スカートの裾を少しつまみ、小首を傾げてみる。

 なんだか、お嬢様っぽい。


 「……才能あるね」


 後ろで見ていたルーサーが、感心したように呟いた。


 「なんだ? 才能って」


 俺が振り返って聞くと、ルーサーは「なんでもないよ」と含み笑いをして誤魔化した。


  ◇◇◇


 着替えを終え、紅茶を飲んで一息ついている時のことだ。

 俺はふと思い出し、ルーサーに尋ねた。


 「そういえば、うちのお姉さん……イリスから聞いたんだけど。ルーサーの領地の南東に、人間大陸と行き来できる港町があるって本当か?」

 「港町? ……ああ、あるよ」


 ルーサーはティーカップを置き、頷いた。


 「先代魔王の時代、あそこは南の大陸侵攻の拠点として栄えていたらしいからね。……さすがに、勇者に先代が討たれてからは寂れちゃってるけど、今でも細々と船は出てるよ」

 「そうか……」


 今回の旅行というか確認が済んだら、見に行くのも悪くないかもしれない。

 そんなことを考えていると、外から凄まじい音が聞こえてきた。


 「来たようですね」


 カーミラが立ち上がる。

 俺たちが中庭に出ると、そこには巨大な黒竜が降り立っていた。

 以前、オロネスの館の窓から顔だけを突っ込んできた、あの尊大な使者だ。


 「待たせたな、南部の魔王よ。我が名はズワルト」


 ズワルトは巨大な頭を垂れた。以前の見下すような態度に比べれば、いくらかマシになっている。


 「竜王陛下より、そなたらを丁重に扱うよう指示を受けている。……乗るがいい」


 そう言って背中を差し出すものの、その声の端々には「なぜ俺がこんな奴らの送迎を」という不満がありありとにじみ出ていた。

 俺とカーミラは荷物を持ち、ズワルトの広大な背中によじ登った。


 「振り落とされるなよ」


 ズワルトが力強く羽ばたくと、景色が一瞬で下へと遠ざかった。


 (速い……!)


 レジエの飛行速度も相当なものだが、この黒竜はそれ以上だ。風の壁を切り裂くように、一直線に空を目指す。


 「我がそなたらの案内役となる。……東の地で面倒事を避けたいのなら、できる限り我の言うことに従ってもらいたい」


 飛行しながら、ズワルトが忠告してきた。


 「わかった。おとなしくしてるよ」

 「ふん」


 俺が素直に答えると、ズワルトは小さく鼻を鳴らした。

 やがて、眼下の景色が草原から、険しい山脈へと変わった。国境を越えたのだ。

 遠くの空に、まばらにだが、優雅に空を舞う竜たちの姿が見え始めた。これが竜族の支配する国。


 (異世界らしい景色、ってやつだな)


 国境を越えてしばらくすると、ズワルトは少し速度を落として飛び続けた。

 その時、横方向から別の竜が一体、スーッとこちらへ近づいてきた。

 ズワルトとは知り合いなのか、その竜は並走しながら、だいぶ気さくな、そして小馬鹿にしたような調子で話しかけてきた。


 「よぉ、ズワルト。また背中にちっこいのを乗せて運んでるのか? 相変わらず陛下の使いっ走りは悲しいねぇ」

 「……ふん。その口を閉じてろ、ザイード」


 ズワルトは苛立ちを隠そうともせず、低く唸った。

 だが、相手の煽りは止まらない。


 「おいおい、同族殺しがそんな偉そうな口を利いちゃいかんだろ?」

 「貴様ほど殺してはいない」


 ズワルトが反論すると、ザイードと呼ばれた竜は、呆れたように鼻息を吐いた。


 「やれやれ。お前は竜を殺し、俺は他の種族を殺した。……罪の重さが根本的に違うんだよ。竜の命と、他のゴミ虫どもの命を一緒にするな」


 ザイードはズワルトの横っ腹に軽く尻尾を叩きつけると、そのまま嘲笑いながら高度を上げて去っていった。


 「……ちっ」


 ズワルトは、盛大に舌打ちをした。

 その背中に乗っていた俺は、今の会話の内容が気になり、恐る恐る尋ねた。


 「……いったい、何があったんだ?」


 ズワルトは少しの間沈黙していたが、やがて重い口を開いた。


 「……昔、一人、知り合いの竜を殺した。いざこざの果てにな。……それゆえに、罪を償うため、王の命令に従い下働きを続けている。期間は二十年ほどだ」

 「なら、さっきのあの竜は……?」

 「あいつは、人間や魔族の街を気まぐれに襲い、百人ほど殺した。……だが、竜と他の種族の命の価値は違う。それゆえにあいつは、ほんの短い期間の反省だけで済んだのさ」

 「…………」


 俺は、背筋が寒くなるのを感じた。

 竜を一人殺せば、重い罪。

 他種族を百人殺しても、軽い反省だけ。

 竜族と、他の種族。命の価値の絶対的な違い。

 ほんのわずかなやり取りだけで、この竜族の土地が、俺たちの常識とはかけ離れた異質な価値観に満ちていることがはっきりと理解できた。

 俺が隣のカーミラの方を見ると、彼女も顔を強張らせ、だいぶ緊張した面持ちで地上を見つめていた。


 (とんでもないところに来ちまったな)


 圧倒的な力と、選民思想の塊。

 それから少し飛ぶと、遠くに巨大な建造物が見えてきた。

 現在の竜族を束ねる竜王のいる王宮だ。

 山をくり抜いて作られたようなその宮殿には、巨大な竜が元の姿のまま出入りできるように、分厚く巨大な布を扉代わりにした、大きな専用の入り口が設けられていた。

 俺とカーミラを乗せた黒竜は、その巨大な布の扉へと向かって、ゆっくりと降下していった。

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