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62話 竜族の脅威と敵地への視察という提案

 大渓谷の要塞。その堅牢な建造物の奥深くで、魔王軍の首脳陣による軍議が開かれていた。

 巨大な石の円卓。上座に座るのは、一応この南部の統一魔王となった俺だ。

 右には、元の領地をそのまま治める魔王ディフ。

 左には、他の魔王から奪った広大な領地を持つ元男の魔王ルーサー。

 そして俺の斜め後ろには、全身を黒いローブとフードで覆い隠した名もなき従者が静かに控えている。

 もちろん、中身は副魔王たるお姉さんだ。

 彼女の正体はまだ伏せておく必要があるため、気配を完全に殺して同席してもらっている。


 「……さて。現状、南部は平穏を保っているが、いつまでもこのままでいられるわけがない」


 俺は円卓に広げられた大陸全土の地図を見下ろして、口を開いた。


 「いずれ、他の大きな勢力のどれかとぶつかることになる。……俺としては、まず東を攻めたいと思っている」


 俺が大陸の東部──竜族の支配領域を指差すと、ディフとルーサーの表情がわずかに引き締まった。


 「へえ。西の連盟ではなく、東の竜族からですか」


 ルーサーが、豊満な胸をテーブルに乗せながら面白そうに目を細めた。


 「ああ。西は寄り合い所帯だからいつでも崩せる。だが、東の竜族を配下にできれば、その圧倒的な武力で北部の旧魔王軍残党を正面から叩き潰せる。……後々の憂いを絶つなら、東が先だ」


 お姉さんから入れ知恵された戦略を、さも自分が考えたかのように堂々と語る。

 後ろのフードの奥で、お姉さんがくすっと笑った気配がした。


 「理屈はわかる」


 ディフが豊かな髭を撫でながら、重々しい声を出した。


 「だが、問題はその竜族に勝てるかどうかだがのう。……ミア様、あやつらの恐ろしさを本当に理解しておられるか?」

 「だから、二人に聞きたいんだ。東の竜族について、知っていることをできる限り教えてほしい」


 俺の言葉に、まずはディフが口を開いた。


 「奴らの強みは、単純にして絶対的。まず、空を飛べること。そして、山をも焼き尽くす……は言い過ぎかもしれんが炎を吹くこと。さらに、魔法や矢すら弾き返す硬い鱗と耐久力。弱点らしい弱点がない」


 空爆ができる空飛ぶ要塞。ディフの軍がルーサーの雇った竜に苦戦したのも頷ける。


 「ルーサー、そっちはどうだ? 地図を見る限り、竜族の領地と接していたんだから、もっと詳しい内情を知ってるんじゃないか?」


 俺が話を振ると、ルーサーは長い指で自身の赤い唇をなぞりながら語り始めた。


 「そうだね。……彼らの国は、私たちが思っているよりもずっと普通の国だよ」

 「普通?」

 「ああ。竜族は絶対的な支配階級だけど、その数は意外と少ない。大陸東部の支配領域すべてを合わせても、純血の竜族は千から二千といったところさ。……民の大多数は、竜族に従属している他の魔族や亜人たちなんだ」


 なるほど。数万の竜が空を埋め尽くしているわけではないのか。少しだけ安堵する。


 「各地域を治めているのは、竜の長老たち。そして、そのトップに君臨して国をまとめているのは……千年以上を生き抜いた、神話クラスの古竜さ」


 ルーサーはそこで少し声を潜め、肩をすくめた。


 「……噂では、万年を生きた始祖と呼ばれる竜も眠っているかもしれない、とかなんとか。まあ、これはただのおとぎ話かもしれないけどね」


 万年。文字通りの桁違いだ。

 まあさすがに実在はしてないだろう。

 もし本当にいるなら、先代魔王を倒してとっくに竜族が魔界を支配してるはず。


 「つまり、基本的な国の構造は他の魔王領と変わらない。ただ、支配層である少数の竜が、大量の軍隊にも匹敵する圧倒的な武力を個人で持っている……それが東の竜族さ」


 説明を聞き終え、俺は頭を抱えたくなった。


 「……なあ。それ、勝ち目なくないか?」


 思わず弱音を吐くと、円卓を囲む全員が、大なり小なり同意するような重い沈黙に包まれた。

 背後に控えるお姉さんだけは余裕そうだが、彼女の力を大っぴらに使えば、北部の旧魔王軍が一斉に警戒して襲いかかってくるかもしれない。

 やはり、俺たちの軍の力でどうにかする算段を立てる必要がある。


 「竜への対抗策……まずは、あの空を飛べるという絶対的なアドバンテージをどうにかしないと、地上軍はただの的でしかない」


 ディフの言葉に、俺は一つのアイデアを口にした。


 「空飛ぶ魔物を大量に捕まえて、馬みたいに調教して、こっちも航空部隊を作るのはどうだ? ワイバーンとか、巨大な鳥の魔物とか」


 すると、ルーサーが苦笑しながら首を横に振った。


 「いないよりはマシだけど、現実的じゃないね。……ワイバーンや怪鳥の編隊なんて、単体の竜ならともかく、竜の集団相手には火あぶりの刑に処されるだけだよ。空中での機動力と火力が違いすぎる」

 「うーん……やっぱり、そう甘くはないか」


 地上から弓や魔法で撃ち落とそうにも、高く飛ばれたら届かない。まさに難攻不落だ。


 「だったらさ、ミア」


 ルーサーが、名案を思いついたとばかりに手をポンと叩いた。


 「竜族の支配している土地に、遊びに行って……直接、この目で見に行けばいいじゃないか」

 「は? 遊びに行く?」

 「そう。百聞は一見に如かず、だよ。敵の強さも、街の様子も、直接肌で感じてみれば、何か弱点が見つかるかもしれない」


 敵地のど真ん中に乗り込むというのか。


 「……大丈夫なのか、それ。見つかったら殺されないか?」

 「別に、今すぐ全面戦争になるような状況じゃない。向こうも、南部を統一した魔王には興味があるはずさ。心配なら事前に、親善と視察を兼ねて赴く、とでも使者を送っておけばいい」


 ルーサーの提案は、大胆だが理にかなっていた。

 いろいろと膠着状態の今なら、外交使節という名目で堂々と敵地に入れるかもしれない。


 「わかった。……行ってみる価値はあるな」


 俺は決断した。

 問題は、誰を同行させるかだ。


 「……レジエは、ちょっと無理だな」


 もし、はぐれ竜なことを他の竜族にからかわれて喧嘩にでもなれば、大きな騒ぎになりかねない。


 「お姉さ……いや、こっちもダメだ」


 俺はそれとなく背後を振り返った。お姉さんがついてくれば、長老クラスの竜にその正体を見破られる危険性がある。


 「なら、私が同行しようか?」


 ルーサーが、甘ったるい声を出しながら身を乗り出してきた。


 「私は東部の事情にもある程度詳しいし、顔も広い。君のエスコートにはぴったりだと思うけど?」

 「お、おう……そうだな。ルーサーなら……」


 俺が頷きかけた、その時だった。

 ルーサーは、隣に座るディフからは見えない角度……つまり、正面に座る俺からしか見えない絶妙な角度で、自分の服の胸元をはだけさせた。

 そして、あふれんばかりの豊満な果実を、自らの長い指でいやらしく揉みしだき始めたのだ。


 「っ……!?」


 俺は思わず息を呑んだ。

 ルーサーは体をくねらせ、もじもじと股をこすり合わせながら、とろりと濁った目で俺を見つめてくる。

 口の動きだけで、二人きりの甘い旅行にしようね♡と語りかけているのがわかった。


 (……こいつ、明らかに変なこと考えてる!)


 敵地への緊迫した潜入任務が、発情した雌豚(元男)による卑猥な旅行に変わる未来がはっきりと見えた。

 お姉さんの監視がない遠方の地で、こんな変態と二人きりになれば、俺の男としての尊厳は危険なことになってしまう。


 「い、いや! ルーサーには、南部の防衛と内政のいくらかを任せたい! お前ほどの適任はいないからな!」


 俺は早口でルーサーからの提案を却下した。


 「ええー……つまんないの」


 ルーサーはあからさまに残念そうな顔をして、服の胸元を直した。ディフは急にルーサーが不機嫌になった理由がわからず、不思議そうな顔をしている。


 「ど、同行者は……カーミラにする! あいつなら頭もキレるし、外交の作法も完璧だ!」


 消去法にして最強の常識人枠。

 俺は、迫り来る変態の魔の手から逃れるため、カーミラを道連れにすることを心の中で固く誓った。

 東の大地、竜王国とでも呼ぶべき場所。

 そこにはどんな脅威が、そしてどんな未知が待ち受けているのか。

 俺の魔王としての新たな試練が、幕を開けようとしていた。

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