71.外堀を埋められる
「それと、実現できるかどうかは分かりませんが、将来的には公爵家の結界を無くしたいと考えています」
「それは……」
「結界がある事によって、外部からの脅威には強いかもしれませんが、内部から壊されれば脆い事が分かりました。どの生でも革命が起きた事でも裏付けられています。ですから、僕は結界をなくし、内外から強い国を目指すつもりです」
もしもそれが実現し、公爵家の血を残す事が義務ではなくなれば、少しは重圧から解き放たれるかもしれない。
望まぬ愛人の子を育てるような事もなくなるだろう。
「とても難しい事だと思います。反発もあるでしょう」
「承知の上です。もし実現できれば、僕は外交に力を入れようと思います。その時は、王太子は弟に譲ります」
「……ラルス殿下、ちょっと言い難いのですが」
決意をしたばかりのラルス殿下に言うのもどうかと思ったが、親として、為政者としての気持ちを代弁するとしたら。
「それを実現させた殿下を国王に、と担ぎ出されるかもしれません」
今まで続いてきた結界を解き、外交に力を入れるとなると反発もあるだろうが歓迎される可能性もある。
まだどうなるか分からないが、商人なんかはすぐに動くだろう。
民意が高まればラルス殿下の功績は無視できなくなる。
「僕が例えば結界を解かず前回の記憶を頼りに功績を挙げても、生きていた年齢に達すれば衰退してしまうでしょう。結界を解けば、どうなるかは未知数です。父上もまだ王太子なのですから、ゆっくりと決めていただけたらと思います」
ラルス殿下は失敗した事で、より考えて行動するようになったのかもしれない。
二度と時を戻る事はできないしね。
未来はいくつもの道が広がっている。
悔いの無い選択をしてほしい。
王宮から帰宅すると、ユリアーナに出迎えられた。
「お母さま、お帰りなさい」
「ただいま。今日はどうだった?」
少し不機嫌そうな顔をしたユリアーナは、私のドレスに身を隠すように縋りついてきた。
「エルナ様とお話したかったのに、シュバルツ様のお兄様に邪魔されてしまったの」
あら。ラルス殿下に早速ライバルの登場ね。
「それに、デニス様やゲオルク様も寄って来て、殆どお話できなかったのよ」
……これは、まあ、ユリアーナ程のレディだものね。周りも放っておかないわよね。
「そうしたら他のレディたちも来てしまって。私はエルナ様とゆっくりお話したかったのにぃ」
皆に平等に優しくしているユリアーナだが、今の所はエルナ様がリードしているようだ。
前回は不遇の人生を歩み、非業の死を遂げてしまったが、これからはきっと楽しくて明るい未来が待っているだろう。
「まあまあ。これから時間は沢山あるのだし、色んな人とお話してみるといいわ。後継者としても今のうちから交流を深めるのもいい事よ」
ユリアーナはピタリと止まり、顔を上げる。
先程までの駄々っ子のような表情ではなく、後継者としての顔だ。
「……そういう事なら、色んな人と話すわ」
最近は後継者としての自覚が芽生えてきたのか、それとも虚勢を張っているのか、少しずつワガママは鳴りを潜めるようになった。
母としてはもう? と寂しい気もするが、引き止めるとやる気を削ぐ事になるかもしれない、とぐっと我慢している。
「でも、もし嫌な事を言われたりされたりしたら、お母様に教えてね。すぐに成敗するから」
「ありがとうございます。あんまり甘えすぎると当主として相応しくないと言われてしまうので、あの……見えないところでなら沢山甘えてもいいですか?」
もじもじしたユリアーナに上目遣いに見られて断る人はいないだろう。
「もちろんよ。飽きるまで沢山甘えていいわよ」
ぎゅっと抱き締めると、ユリアーナからもぎゅっと抱き締められた。
最初はぎこちなかったけれど、今では迷いが無い。
それだけ信頼してもらえたのだと思うと喜びが勝る。
これからも沢山お話を聞いたり相談に乗ったり、クリームたっぷりのパンケーキは食べられないけれど、たまに分け合って食べるのはいいかもしれない。
私は生きている。ユリアーナも生きている。
未来は無数に広がっている。
「お母さま、大好きです」
「お母様も、ユリアーナを愛しているわ」
──ああ、気持ちが穏やかになって、光に満ち溢れていくようだ。神様が言っていたのは、こういう事ね。
ユリアーナが幸せならば、私も幸せだ。
これからもユリアーナの幸せのために、私は生きていこう。
そう、決心したのに、その夜、いつまで経っても寝室にユリアーナが現れなかった。
迎えに行くべきか、メイドに呼びに行かせるべきか。
逡巡していると、ユリアーナがマルテに手を引かれてやって来た。
「マルテ、……もういいの?」
「はい。ご迷惑をおかけいたしました」
深々と頭を下げるマルテに、何と声をかけたらいいか分からず、口を噤んだ。
ロッテから受けた被害を考えれば、処刑は妥当だったと思う。私もユリアーナへの実害が無かったなら見逃したかった。血を分けた娘と永遠の別れになるのは親として辛いだろう。
「……母娘とはいえ、あなたとロッテは違うわ。これからも公爵家によく仕えなさい。ただし、あなたもロッテのようになる時が来たら、その時には容赦はしないわよ」
「……はい、ありがとうございます」
マルテが何かするとは思わない。
本質的に違うというのは分かっている。
……ロッテは誰に似たのやら。あまり接した事は無いけれど、カールハインツのお父様は穏やかな方だったわよね?
「それでね、お母さま。私、今日からマルテと寝る事にしたの」
……なんですって?
「ロッテの事があったから、マルテが寂しそうなの。だから、一緒に寝てあげたいな、って」
母も一緒に寝てほしいと言いたいが、そう言われると反対し辛いじゃない。
「お母様にはユリアーナしかいないわよ?」
それでもなけなしの本音を振り絞る。
「ごめんなさい、お母さま。お父様と仲良くね!」
「ユリアーナが一緒じゃないなら、自分の部屋で寝るわ」
元に戻るだけだから大した事は無い。……ほんの少し残念な気がするのは、ユリアーナがいないせいよね。うん。
「……お父様と、仲良くしてくださいね?」
ユリアーナは上目遣いで圧をかけてマルテと行ってしまった。
途方に暮れた私は自室に戻ろうと寝室を出た。
……ところで、カールハインツに出くわしてしまった。




