70.あれから
修道院での出来事からひと月が過ぎた。
今日はその時に迷惑をかけたお詫びと称してラルス殿下から招待を受けて登城した。
お詫びというより、報告会か。
カールハインツは仕事で、ユリアーナはエルナ様の所へ遊びに出掛けたので私一人だけだ。
「ようこそいらっしゃいました、公爵夫人。ようやく一段落しましたので、報告も兼ねてと思いまして」
「ご招待いただき、ありがとうございます。殿下もお疲れでしょう?」
「まあ、この身体では体力はあまり無いので、無理はしない程度にやっています。ご心配ありがとうございます」
ラルス殿下はそう言って、一連の出来事がどうなったのかを話しだした。
まず、北の修道院は閉鎖される事になった。
移動の魔法陣は封印後消去され、復旧しかけの橋は壊れたままにするそうだ。修道院は文字通り、陸の孤島になる。
元々修道院にいた人たちはヴァイス様があらかじめ別の場所に移動させていたらしく、実害は無いらしい。
ただ、なぜかティアナの行方は分からないままだ。
彼女はクラーラを残してどこかへ行ってしまった。
フォルクハルトも同じくなので、クラーラは仕方なく王宮に引き取られる事になったらしい。
「犯罪者の娘といえど、さすがに親に見捨てられたままはしのびないという事で、王宮で育てる事になりました」
「ラルス殿下が責任をもって面倒見るのですか?」
従姉妹だし、前回何か茶番してたし、と思って尋ねると、とても嫌そうな顔をされた。
「……手配はしますが、関わりたくないですね。処刑されなかっただけまだマシです」
クラーラの件はよほどトラウマになっているようだ。これ以上は追求すまい。
私とてユリアーナに害が無いならそれでいい。
ロッテは、ユリアーナを殺そうとした事で処刑が決まった。
マルテは静かに受け入れ、深く頭を下げた。
彼女がブランシュ公爵令嬢として認められていたらどうにかなったのかもしれないが、カールハインツが許さなかった。
異母妹として思う前に、私やユリアーナを害した者としてしか見れなかったのだ。
利用されていただけならばまだしも、積極的に毒薬を手に入れて盛ったり、隙を突いてユリアーナに剣を向けたりした。
身内の情けも何も無い、と処断は早かった。
マルテも減刑を望まなかった。
むしろ今度こそ公爵家を辞めようとしたが、ユリアーナが止めた。
「ブランシュ公爵家後継者として、教育し直すいいきっかけになるわ」
結局、本人が今までどう生きてきたかによって周りの評価は変わる。
ロッテも真面目に生きていれば、少しはカールハインツと兄妹らしくなったかもしれないのに。
「そういえば、ヴァイス様は奥様と仲直りできたのでしょうか?」
ヴァイス様が奥様と拗れた理由の私への加護は、きれいサッパリ消えていた。
神様が背中から引き抜いた闇の女神──ヴァイス様は邪神と言っていた──がいなくなったせいだろう。
元凶が無くなったからヴァイス様が時を戻る理由は無くなったはずだ。
「そこは納得していただかなければ私が疲れますわ。時を戻る前のどうしようもない事をいつまでも引き摺られても困ります」
ルークスは元凶が無くなったなら、とあっさりしたものだった。
一応謝罪はされたけれど、もし彼が一度目のようにユリアーナとどうにかなりそうならば、彼を見る目は厳しくしようと思う。
「ユリアーナ嬢は……その、ルークスとは……」
ラルス殿下は一度目の生でルークスとユリアーナが結ばれた事が少なからずショックだったようだ。
「どうでしょうね。今世でも何かしら感じるのか、今の所誰よりも感情が揺さぶられているようではありますが」
ノワール公爵家に行く事はある。
必然的に、ルークスにも会うそうだ。
だが向こうは話し掛けてこないし、ユリアーナも話し掛けない。
一度目はどうやって結婚までいったのか気になるけれど、こればかりは親の介入はしないと決めている。
「ただ、シュバルツ様が後継者なのは変わらないようですので、ルークスが婿入りできる可能性は無きにしもあらず、でしょうかね」
ラルス殿下は唇をきゅっと絞り、膝の上で拳を作る。
前回は一応婚約者だったし、複雑な感じだろうなぁ。
「……先日、母上が弟を生みました」
「まあ! おめでとうございます。正式発表はもう少し先でしょうか?」
「ええ。生後ひと月過ぎてからです。僕も……王太子にならないのは変わりません」
これは……
「けれど、王太子の重圧を生まれたばかりの弟に与えるのも違うと思って、仮の王太子はそのままにしています」
ラルス殿下なりに考え、兄弟を思いやった結果だろう。
色恋よりも立場を選んだ分、成長しているのかもしれない。
「それで、ユリアーナ嬢と友人関係から始められたらと思います。彼女の優秀さと社交性は見習わなくてはならないものです」
「それは……婚約者候補として、ですか?」
ラルス殿下は小さく頭を振る。
「純粋に、ユリアーナ嬢と話がしたいんです。前回も含めて、あまり話していないから。……僕は、ユリアーナ嬢が笑ってくれるなら、それでいいと思っています。もし、ユリアーナ嬢が選んだ人が泣かせるなら、その時は……」
親として言うならば、この先の未来は分からない。
ユリアーナが誰を選ぶのか、どんな人生を歩むのか。
危険が無いなら自由にしてほしいし、色んな事に挑戦してほしい。
「ラルス殿下がユリアーナの幸せを願ってくださるならば、ユリアーナがいいと言えば友人にはなれると思います」
大きな原因だったクラーラは……まあ、前回と立場は違うし、友人という立場ならば、まだ許容範囲のような気もする。
ドナート男爵令息もそうだが、子どもの交友範囲に親があまり口を出すものではないとも思う。
「ありがとうございます。……まずは、友人になりたいと思います」
今でも眠れていないのかもしれないが、これからユリアーナの笑顔を見て癒やされれば、ラルス殿下もトラウマを払拭できるだろう。
ユリアーナの笑顔は万病に効く薬だからね。




