68.静止した時の中で
愛している。愛している。愛している。
ねぇ、私を見て。私を愛して。
私はあなたを愛しているの。
私を見て。私を愛して。
どうして私を見てくれないの?
どうして私を愛してくれないの?
私を見て、私を愛して──
遠くで産声が聞こえる。
──ああ、生まれた。私とあなたの血を分けた、最愛の子ども。
この子がいれば、あなたは私を見てくれる?
……そんなはず、無かった。
あなたはこの子すら愛さず、仕事ばかりにかまけて、憎い……憎い憎い憎い憎い憎い憎い──
『もう、無理はしなくていいんだ……』
心地よい声。あなたは誰?
『すまなかった。こんな……こんな事になるなんて……』
あなたは嫌い。私を見てくれないもの。
けれど、どうしてかしら。
私はどうしてもあなたを探してしまうの。
ここは暗くて寒くて、温かな光を求めてしまうの。
ねぇ、私が世界を滅ぼしても、あなたは私の味方でいてくれる?
『ああ。そしたら一緒に償うよ』
……バカね。あなたは何も関係無いのに。
『関係ある。俺が……きみを、きみとユリアーナを放っておいたから闇に囚われた。闇の加護に嫉妬した』
気付いていたの?
『光と闇は相反するものだし、互いに監視している。だから、きみの加護も分かっていた』
バカじゃないの?
『本当にバカだった。こんな事になるなら、最初から言えば良かったんだ』
温かな光が私を包む。
抱き締める力が強くなる。
ずっと、ずっと求めていたもの。欲しくてたまらなくて、けれど要らない振りをして。
それでも手を伸ばしていた。
『もう、遅い。遅いわ。だって、あの子は死んでしまった。殺された! 誰よりも幸せになってほしかったのに……!』
冷たく横たわる娘を見て、ただ幸せであってほしかったのに、穏やかな生を、愛する人と送ってほしかったのに、何故、と繰り返し問い掛ける。
『大丈夫だ、マリー。今度こそ、間に合ったから』
カールハインツの声が目の前と遠くから聞こえる。
「お母さま!」
死んでしまったユリアーナより高い声。
少し舌っ足らずで、一生懸命丁寧に言葉を紡いでいる声が私の意識を浮上させていく。
「私、無事です! 生きてます! だから……お願い、戻って来て……。夢じゃないなら、死なないで……」
ユリアーナが泣いている。
泣き顔も可愛いけれど、あなたは笑っている方が似合っているわ。
だから、泣かないで。その涙はお母様が拭ってあげる。
大丈夫よ。あなたは幸せになるために生まれてきたのだから──
「ユリアーナ……?」
「お母さま……! 良かった、目が覚めて……!」
目が覚めると、そこは色を失くした灰色の世界で、私はソファに横たわっていて、ユリアーナやカールハインツ、そしてラルス殿下に覗き込まれていた。
「ここは……」
身体を起こすと、ユリアーナが抱きついてくる。
小さな身体だが勢いがあって、倒れ込みそうになったのを堪えた。
「ロッテがユリアーナ嬢を手に掛けようとしていた事は覚えていますか?」
ロッテ……そうだ、ロッテ!
「急に動くんじゃない」
カールハインツが身体を起こした私を止めた。
ラルス殿下の話では、私はどうやら意識を失っていたらしい。
ロッテがユリアーナに宝剣を突き付けて、それを止めようと走り出した。その私の背中から、何かが蠢き、辺りを覆ったのだという。
それが周りの時を止めた。
私もロッテも止まったが、なぜかカールハインツやラルス殿下は動けたらしい。
理由は分からないが、その隙にユリアーナを救出し、ロッテを捕縛した。
その後すぐ私だけ倒れてしまったので、近くのソファに運んだという事らしい。
ユリアーナは私が目覚める前に起きて、ずっと私を待ってくれていたようだ。
「え、じゃあ今、時間が止まったままなの?」
「ああ」
「このまま動かないの?」
「それは分からない」
えー……そんな事ある?
信じられないが今起きている事実に信じるしかないようだ。
「ユリアーナ、ケガは無い? 大丈夫?」
「大丈夫です。お母さまが助けてくれたから、私は平気です」
ぎゅうぎゅうと私にしがみついたままのユリアーナを抱き締める。もっと、というふうに手を伸ばしてきたので抱えようとするが、非力な私には六歳児を抱き上げるのは難しかった。
カールハインツがひょいっと抱え、ユリアーナをソファに座らせる。
簡単にできてしまうのがちょっと悔しかったが、ユリアーナからぎゅっと抱き締められたので負の気持ちは霧散してしまった。
「……とりあえず、助かった……のかな? 時間が止まったままというのは気になるけれど」
「助かったが、危機的状況は脱していない、かな。時間が動かなければこのままここで朽ち果てるだろう」
それはいただけないわね。
でも、何故私たちだけは動けるのかしら。
もし私たちが朽ち果て、時間が再び動き出したらどうなるのかしら。
「……ミイラ化する、とか?」
「ひっ……」
せっかく時を戻ったのに、そんな落ちある?
これはどう考えても不良魔法だわ。
「誰よこんな隙だらけの魔法を作ったのは」
「すまんぬ……」
「ごめんで許されるなら、もっとシンプルな魔法にしなさいよ!」
「それじゃと人間は失敗したら時間を戻せばいいやってなるじゃろがー!」
こ、この声は……!
「神様!」
何と言うか、久し振りに見たその風貌は、頭頂部が更に神々しくなり、身体の大きさはひと回り小さくなって小型犬から猫くらいになっていた。
「ちょうど良かった。時間を戻してくれませんか?」
「神、ちょっといじけた。特例で時戻りさせたのが上にバレてめちゃくちゃ怒られてハゲたんじゃ」
ちらりと見てみるが、以前と変わらないように思う。身体の大きさは確かに小さくはなったけれど。
「千三百十四本あった毛が、千三百十二本に減ったんじゃ! 責任問題じゃぞ!」
分かるか!
「そもそも特例って何ですか? 生贄を捧げられたから許可したのでは?」
「それは二回目じゃ。その前にも一度戻っておる」
「……え?」
確かヴァイス様は一回目の時に遊びで私に加護を授けたとかナントカ言っていた気がする。
「そんとき、そこな娘と今の国王……いやまだ王太子かの? が生贄となって、時戻りの魔法が発動された。じゃが許可を出したのは何の権限も無い、木っ端の闇の女神じゃった。そいつがお主に取り憑いとったんじゃ」
神様の言葉に、ごくりと生唾を呑み込んだ。




