67.運命に抗う者
「ヴァイス様、何故また時を戻ろうとしているのですか?」
ラルス殿下たちを後ろ手に下げながら後退る。
シュバルツ様に父親のこんな姿は見せたくない。
「一回目の時に、遊びでマリーに加護を授けてしまったみたいなんだ。それで、リュミエールが……妻がマリーを恨んでしまってね」
「必要ならばお返しいたします。私はあなたの加護を望んでいません」
「それができるなら苦労はしないんだ。時を戻る前の放棄された世界での出来事は、厳密に言えば『無かった事』にはならず魂に刻まれる。だから傷があるだろう? 生贄の二人には」
ヴァイス様が胸の辺りをトントン、と叩くと、ラルス殿下とカールハインツはぎゅっと傷がある辺りを握る。
それに一回目の時ってどういう事?
「ヴァイス・ノワール……あなたは時を戻してどうするつもりだ?」
カールハインツが前に出る。危険だと服の裾を掴むとゆっくりと手を重ねられる。彼はそのままヴァイス様をじっと見据えた。
「もう一度時を戻せば、加護が消えるだろう。全てをやり直し、世界はあるべき姿へ戻る」
「それで……子どもたちが消えたらどうするのですか? 私たちはまだ存在できているかもしれない。けれど、子どもたちが生まれる前まで遡れば、例え再び子を授かったとしても、同じではないかもしれない」
「……そうだな。その時はまた別の子を作ればいいのでは? マリー、今度は私と結婚するかい?」
親の心をどこかに置き忘れてきてしまったヴァイス様は、目を見開いて愉快そうに嘲笑う。他人事のように言うヴァイス様は、どこか壊れてしまっているのかもしれない。
「断る! 何度時を戻ろうが、何度やり直そうが、マリーは私の妻だ!」
「ちょっ! なんであんたが断るのよ! そこは私のセリフでしょう!?」
ビシッと断りたかったのに、何を勘違いしたのかカールハインツが握った手に力を込めて叫ぶ。
ラルス殿下やシュバルツ様も呆気にとられた顔をして、緊迫感というものが一気に霧散してしまった気がするわ。
「ふ……ははははは、ああ、構わないよ。お前は仕事にかまけてマリーを放置してもらわないと彼女が闇にそまれないからね。それに……」
ヴァイス様がユリアーナをちらりと見る。
一瞬だけ、悲しそうな目をしたと思うのは気のせいだろうか。
「……ああ、もう時間だね」
ヴァイス様の足元の魔法陣が光り出す。
そして宝剣を携え、倒れている二人のうち一人に近寄り剣を振りかぶった。
「やめなさい!」
咄嗟に叫び走り出す。
子ども二人がいる前で凄惨な現場にはしたくない。
「うあああああ!」
私と同時に小さな影も俊敏に動く。
それがヴァイス様に体当たりして、魔法陣から弾き出した。
「父様……僕が、兄様がいなくなってもいいの?」
「シュバルツ……」
ヴァイス様に馬乗りになって、シュバルツ様が声を振り絞る。
「父様が母様にちゃんと伝えればいいじゃないか。毎日毎日飽きずに、過ちを償えばいいじゃないか!」
「だが……」
「二人が仲良くしたから兄様や僕が生まれたんでしょ? じゃあ、ちゃんと家族しようよ。もう離れて暮らすのは、嫌だよ……」
シュバルツ様はいつも本を読んで、ユリアーナやエルナ様と静かに時間を過ごしていた。
どちらかと言えば無表情で、けれどエルナ様とはよく話すのだとユリアーナも言っていた。
彼が本音をずっと我慢していたのかと思うと胸がぎゅっと苦しくなる。
「シュバルツ……お前……」
「ノワール公爵、そう何度も簡単に時を戻すものではないと、神様が言っていました。たぶん、今戻しても、失敗します」
私が厄災になれば世界を救う名目が立つけど、今の状態は私用にあたると思うのよね。
たぶんそれでは神は動かない。
「では……私は……どうすれば……」
「とことん話し合えばいいんじゃないですか? 誤解もすれ違いも話し合えばわだかまりも無くなりますよ。あと、愛は惜しみなく伝える。恥ずかしいとか嫌われるとか気持ち悪いとか、全部愛する人から与えられると思えばご褒美でしかありませんよ」
……カールハインツが何かいい事を言った気がするが、最後の方は聞かなかった事にしよう。
「……は、全ての者がお前みたいに無駄に前向きになれると思うなよ」
「お褒めいただきありがとうございます」
この二人、仲がいいのか悪いのか。
まともに相手してたら疲れるばかりね。放っておきましょう。
私は溜息を吐いてユリアーナを迎えに行く。
「ユリアーナ……」
「動かないで」
振り向いた瞬間、声がする。
淡く光る魔法陣の中で、意識を取り戻したロッテがユリアーナの喉元にヴァイス様が取り落とした宝剣を突き付けていた。
「ロッテ……」
「魔法陣はまだ有効ね。じゃあ、時を戻るわ。……フォルクハルト様が王太子殿下だった頃に」
ロッテの目的が分からない。
何故この子がフォルクハルトを盲信しているの?
「今度こそ、革命を成功させるわ。フォルクハルト様を国王陛下に祭り上げ、私はその妃として嫁ぐのよ」
ウットリとして語るが、それは無理なんじゃないだろうか?
フォルクハルトはティアナを愛しているのだし、ティアナのおこぼれみたいなロッテには目もくれないと思うけれど!
「やめなさい、ロッテ。時を戻ったところでフォルクハルトはあなたを愛さないわ」
「でたらめ言わないで! 彼は私を特別に思ってくれているわ!」
これは……いわゆるストーカー的な思考かしら。
下手に刺激するとユリアーナが危険だわ。
「とにかく、ユリアーナを離しなさい! 傷付けるとただじゃおかないわよ!」
「この子があんたの特別なのね」
途端にロッテの表情が抜け落ちる。
嫌な予感がして、咄嗟に身体を乗り出した。
「ユリアーナ!」
ロッテが宝剣を振り被る。
──間に合わない!
また、またなの?
また、私はユリアーナを救えないの……?
──そんなの、絶対に……嫌よ!
ぶわっと肌が粟立って、私の背後からナニカが飛び出す。
今度こそ、絶対に、あなたを守るわ!
「ユリアーナ……!」
私はもう一度、最愛の娘に手を伸ばした。




