66.対峙
「シュバルツに聞きました。ノワール公爵が再び時戻りの魔法を使うかもしれないと」
ラルス殿下の言葉に、シュバルツ様は俯いていた顔を上げた。
「時戻りの魔法は、最近当主教育で知りました。あれは禁術で、おいそれと使っていいものではないのでしょう?」
「そうですね。……時を戻ってやり直している私も色々言えた立場ではありませんが、神様の言葉をお借りするならば、『そう簡単に考えてはいけない事』だと思います」
前回は私が厄災になり、世界を滅ぼしたから巻き戻った。神様としても世界が滅ぶのは望んでいなかったようだ。
だが、今回は生贄を捧げて、許可を出すだろうか?
もし戻らなかった場合、二人はただ無駄に死ぬだけでは?
「父は兄と共にノワール公爵家に設置した魔法陣を行き来しています。そこからラルス殿下の言う北の修道院に行けるかと」
それを使っていいものなのか、一瞬躊躇った。
シュバルツ様はノワール公爵家の者だ。信じていいのだろうか?
「……すみません。僕の事、信用できないですよね」
「いえ、あなたは悪くないわ。何も知らないのだし……」
「いえ、少し前から……父の様子が変わってしまったのを知っていました。兄が公爵夫人に悪態をついた時くらいから。母の件もそうですが、僕はノワール公爵家にいながら、どこか蚊帳の外でした」
ユリアーナが、何故シュバルツ様と仲良くなったのか、なんとなく分かった気がした。
「そういえば、ユリアーナ嬢はどこに……」
「ロッテにさらわれたわ。魔法陣を使って消えていった」
「まさか……!」
ラルス殿下もシュバルツ様も青褪めた表情になった。そして二人、顔を見合わせる。
「僕はこれから北の修道院へ行きます」
「僕も行きます。父上を止めなきゃ」
ラルス殿下は決意したような眼差しを向けて来る。だが二人はまだ子どもだ。
「私も行きます」
「しかし……」
「マリーはだめだ。危険すぎる」
「殿下もシュバルツ様もまだ子どもよ。こういう時こそ大人が行かなきゃ。それに、このまま家にいてじっとしてろって方が無理よ」
ユリアーナがさらわれたのだ。こうしている今もロッテに何をされているか分かったものではない。
気が気じゃないのに、じっとしてなんていられない。
「あと、たぶん、ルークスの口振りじゃ、ノワール公爵夫人もいるわよね。直接行って、誤解を解くわ」
ヴァイス様がいつ私に加護を授けたのか知らないけれど、夫婦喧嘩に巻き込むのはやめてほしいわ。
ついでに加護も外してほしい。
これのせいで厄災になるなら、いらないものね。
「……分かった。俺も行く」
「あなたこそお留守番でいいんじゃない?」
「妻と娘を守るためだ。拒否するならマリーと一緒に閉じこもる」
目が据わり、頬が引きつる。たぶん、私の顔にははっきりと『いやだ』と書いているわね。
「お好きにどうぞ」
結局カールハインツもついて来る事になった。
シュバルツ様が魔法陣を描き、その中に入る。
魔法を唱えると魔法陣が淡く光りだし、やがて目も眩むような光に包まれた。
禁術の使い手は本当に前回の記憶は無かったのだろうか。
カールハインツやラルス殿下にあって、当事者なのにヴァイス様には無いなんて事、あるかしら。
そもそも、カールハインツたちは死んで終わっただろうが、ヴァイス様は生きたままだったのよね……?
その後どうなったのだろう。
厄災が……私が……どうにかしてしまったのだろうか。
「マリー、大丈夫だ」
「……ええ」
不安に思う私をカールハインツが抱き締める。
時を戻る魔法が闇属性なのは、術者も痛みを背負うからなのかもしれない。
魔法陣の光が収まり、目を開けるとそこは寂れた薄暗いどこかの室内だった。
カビ臭く陽の光も届かないような場所に、移動してきたばかりの魔法陣の淡い光が異質に輝く。
「探索魔法を使います」
シュバルツ様は床に手を当て魔法を唱える。
まだ六歳よね……? としっかりした彼の行動に目を見張るばかりだ。
「ユリアーナ嬢の魔力の痕跡を見つけました。ただ、近くに兄上がいます」
「ルークスが?」
「それと、同じ場所に父上と、知らない魔力が二つ、三つ?」
おそらくクラーラとロッテ、それにティアナだろうか。
彼女の行方も分かっていない。
「みな同じ場所にいるなら好都合ね。ユリアーナを救って、時戻りを阻止するわ」
簡単にできないならば、無駄に殺させたくない。
ヴァイス様はカールハインツに蔑ろにされていた時、慰めてくださった兄のような存在だ。
私たちは彼らがいる場所へ向かった。
北の修道院は厳しい環境にある、と聞いてはいたが、寒さが残る今の時期、所々隙間風があって腕を擦る。
火の魔法があれば暖を取れたかしら、と思いつつ寒さを堪えて歩く。
「マリー」
カールハインツに腕を掴まれ、何かを唱えられると私の周りがほんのりと暖かくなった。
「寒いといけないから」
そう言うと、ラルス殿下とシュバルツ様にも同じ魔法を掛けた。……私だけじゃないのね、と一瞬だけ残念に思った自分を叩き、再び前に進んで行く。
「時を戻る魔法陣は時間がかかっていた。……間に合うといいのだが」
ラルス殿下が呟く。
彼も中身は大人とはいえ身体は子どもだ。いざという時は守らなければ。
「ここですね」
シュバルツ様が指し示した扉をゆっくりと開く。
中に入ると、まず目についたのは大きな女神とその周りを飛ぶ天使の壁画。
寂れた修道院に似つかわしくないそれの上からカラフルな光が入り込み、神々しさを演出している。
その壁画の下に、倒れた人物が四人分。
「ユリアーナ……!」
床に散らばる銀の髪、それから伸びる小さな身体、見覚えのあるドレス。
先程まで「お母さま」と微笑んでいた最愛の娘が横たわるのを見て、私の中の理性が吹き飛びかける。
「ヴァイス様……!」
その名を呼ぶと、魔法陣を描いていた手が止まる。
ゆっくりと立ち上がると、緩慢な動作で振り向き真っ暗闇のような瞳を向けてきた。
「マリー……よく来たね」
柔らかな笑みを浮かべ、靴音を鳴らしながら近寄ってくる。
どこか不気味な雰囲気に気圧され、思わず後退った。




