65.放棄された世界の中で【side ヴァイス】
時を戻る魔法を使用したのは、今回が初めてではない。
最初は、ただ、亡くなってしまった長男とその妻を救いたかった。
お互い後継者同士で、反発しあいながらも惹かれていく二人を見て、私は最初こそ反対したものの最後には折れて許した。
息子の妻は、病気がちな初恋の少女が愛した娘だった。仕事にかまけてばかりの夫を持ち、苦労していた彼女も娘に関する事は幸せそうに微笑んでいた。
彼女は泣き虫で、加護を授ける儀式を遊びでした事がある。
お互いに婚約者ができた頃には既に没交渉で、長男が彼女の娘を妻にしたいと連れて来た時には驚いた。
結局長男は迷い無く家督を次男に譲り、アッサリと年下の愛する人の元へ婿入りして、とても幸せそうにしていた。
だが革命が起き、結界が崩れて王国は乱れてしまった。
その影響で長男が凶刃に倒れてしまった。
二人は王家主催の夜会に出席していたが、そこに革命軍が押し寄せた。
長男は妻を庇い重傷を負い、治療も間に合わず息絶えた。
絶望に伏した息子の妻に、私は囁いた。
『時を戻れば、きみたちを助けてあげられるかもしれない』
光と闇の中に王家の血を混ぜる事で発動する時を遡る禁術。
つまり、王家と光の血を捧げて発動させるのだ。
生贄としたのは、処刑された直後の国王陛下と光の公爵家出身の長男の妻。
人々が撤収し、晒されたままの国王陛下の亡骸の前に魔法陣を敷き、長男の妻の血を捧げて儀式を行った。
『愛する二人が引き裂かれただなんて……可哀想だわ。……いいわ。私が許可を出してあげる!』
時を戻る魔法は愛の女神を名乗る者が許可を出し成功した。
──はずだった。
『アーッハッハッハッ、バッカじゃないのぉ!』
それは愛の女神を騙る邪神だった。
当然、時は戻らず、長男の妻が無駄に死んだだけだった。
革命は止まらず、怒りにまみれた初恋の女性は私を恨み、魔力を暴走させ厄災となった。
時を戻るはずが、長男は生き返らなかったどころか妻も無駄に死に、さらに世界の終わりに導いてしまった。
厄災は既に世界中を蹂躙し、殆どのものを呑み込んでも呪いを撒き散らしている。
「何故……こんな事に……」
厄災をただ一人愛した男は、真っ先に命を落とした。
仕事にかまけて妻子を顧みなかった事、妻や娘の悲しみに気付くのが遅すぎた事を悔やみ、途方もない絶望にまみれながらも厄災を抱き締め、その闇に呑まれてしまった。
「まずい事になったの」
子犬くらいの大きさで白い顎髭をたくわえた頭頂部が光るこの者は、右往左往しながら唸り、何とか生贄の残滓を掻き集めて何かを唱える。
「あなたは……」
「あー、緊急事態じゃからの。うまくはできぬがまあ、マシな所までは行くじゃろホイ!」
「待っ……──」
世界が歪み、時空が揺れる。
時が戻るのだと理解し、目を見開いた。
だが──
「……は?」
私の精神も身体も、何も変わらない。
どういう事だ?
目の前には転がる死体。遠くで聞こえる怨嗟の声。
希望も、光も無い、絶望の光景。
「時を戻すという事は、全ての因果を変える事」
先程の者が目の前に現れた。
慌てた様子も無く、むしろ神々しい雰囲気を漂わせている。
「あなたは……」
「わし? わしは神様。この世界を統べる者……と言えば何か偉そうじゃが、実際は関与するのダメ、ゼッタイって言われてるしがない管理職じゃ」
……何だか妙に親近感をおぼえるのは気のせいだろうか。
「時は戻ったのですか?」
「んー、まあ、そうじゃの」
「何故、私の意識はこの世界に留まっているのですか……?」
神様は面倒臭そうな顔で周りを飛ぶ。
「お主が『光の宝剣』を使わなかったからじゃ」
「光の宝剣?」
「光の公爵家に伝わる宝剣じゃ。闇の禁術を中和し、正しく発動させるための鍵。生贄の血に宿る魔力を利用して魔法陣の扉を開き時空を越えるための物じゃ。それが無ければ禁術の使用者は放棄された世界に取り残される」
その宝剣を使わなかったから、私一人が取り残された。──何という事だろう。
禁術たる所以とでもいうのだろうか。
「……知りませんでした」
「そうお手軽簡単にホイホイと戻していたら、因果が捻れて修復不可能になるからの。生きとるモンはこれくらいの条件が必要なんじゃ」
確かに、この禁術を使用する事で人生そのものが変わってしまう者もいるだろう。
不幸を回避する者はいいが、幸運がなかった事になる者もいる。
生まれるはずの生命、出会えるはずの我が子。
同じ時に芽生えたとしても、果たしてそれは同一人物といえるのだろうか。
「使用者は因果の全てを一人で背負う。闇属性たる所以じゃの。禁術を使用する事で全ての理を変える責任。ありえたものを無くす勇気。それを踏まえてでも、時を戻したいかの?」
神様の言葉に今一度考える。
「……それでも、私は息子がまた愛する人と笑って過ごせるなら、やり直したいと願う」
長男はワガママを言う子ではなかった。
直情型で思った事を口にするが、妻を見る目は誰よりも優しかった。
だから、どうか、もう一度。
「……うぉ〜ん、本当は関与しちゃいかんのだけど、今回は特別スペシャルウルトラスーパーレアレアのレア希少稀希の希の気まぐれサービスしちゃる」
「え」
「但し、今回だけじゃ。お主の記憶のトリガーは、時を戻った話を誰かから聞いた時。あの厄災の原因は、一部はお主のようじゃからの」
厄災──マリーの絶望の原因が、私……?
「あの厄災を止めてみせるのじゃ。加護を授けたお主にはその責任がある」
「待ってくれ! 加護を授けたとは……」
──気づいた時、私は長男から睨まれていた。
「父上が……父上が母上ではない女性に加護を授けたから母上はおかしくなったんだ!」
「ルークス……?」
「時を遡るなら、加護を授ける前まで遡れよ!」
その瞬間、濁流のように記憶が押し寄せた。
ルークスが……死んで……時戻りの魔法を使って──そうだ。
「ルークス、お前……」
「父上なんか大嫌いだ!」
伸ばした手は息子を掴めず、そのまま領地へ行った二人は──途中の事故で死んでしまった。
ルークスが再び愛する人と出会い幸せになれる事を願ったのに、あまりにも早すぎる死に呆然とする。
また、時を戻さなければ。
宝剣を使い、生贄を捧げれば記憶を保ったまま時を戻れる。
前回神は厄災を止めろと言った。
──厄災を作らなければ──
マリー、きみの気持ちはよく分かるよ。
子を失うのは半身をもがれたように苦しいよな。
世界を呪い、全てを壊しても私が再び元に戻そう。
カールハインツを唆し、ラルス殿下を説得させて時を戻る魔法を唱える。
「ありがとう、愚かな二人」
そうして、二度目の時戻りは成功した。
だが、加護を授けた時期までは戻れず、ルークスは相変わらず睨んで来る。
当時は原因が分からず、とりあえずマリーを敵視する二人を領地に押しやったが、根本的な解決にはならない。
だが、マリーたちから時戻りをした話を聞き、記憶を取り戻す。
もう一度、時を戻れば加護を授ける前まで遡れるだろうか?
──やってみる価値はある。
生贄は、フォルクハルトの子と、アレを使えばいい。
妻と通じていたティアナが言っていた。
『光の公爵家の隠し子がいるの。本人から聞いたのよ。間違いないわ』
マリーは生き残ってしまったが、娘を傷つければ厄災になれる可能性は十分にある。
ルークスに協力を持ち掛けると、宝剣奪取に成功した。
準備は万端だ。
──さぁ、もう一度、やり直そう。




