64.敵か味方か
「ユリアーナ!」
室内に飛び込んだ私たちが見たのは、ナイフを持った虚ろな目をしたロッテと、倒れて血を流しているマルテ、そのそばで震えるユリアーナ。
そして領地に追いやられたはずの、ルークスだった。
「あなたはルークス……どうして」
「公爵夫人、すみません。ブランシュ公爵家の宝剣を貸してください」
この状況で表情一つ変えないルークスは、一歩、また一歩と近付いてくる。
「あれはブランシュ公爵家の宝だ。やすやすとは貸し出せない」
「…………」
それでもルークスは足音一つ立てずに近づいてくる。ユリアーナはマルテにしがみつき、恐怖に震えながらもきっと睨んでいた。
「私たちは宝剣を持って来るよう指示されたの。聞き入れてくれないならこう、よ」
「やめなさい!」
身体が動くと同時にロッテは持っていたナイフを振り上げ、ユリアーナの喉元にやった。
「動かないで? 動いたら、誤って切れてしまうわ」
「……っく……」
ユリアーナを人質に取られては動けない。
公爵家にやすやすと侵入を許した事は疑問だが、今はユリアーナを救い出す事が先決だ。
「早くしなさい!」
「やめろ、クソ女」
私が動く前に、ルークスがロッテを蹴り倒す。
そしてユリアーナの前にまるで守るような立ちはだかりロッテを見下ろした。
「コレに手を出すな。使えない奴だな」
何故かは分からないが、早々に仲間割れしてくれるのは有り難い。
言葉遣いは汚いし、私を恨みはしているが、ユリアーナに危害を加えるような男ではないのかもしれない。
「ああ、でも早く持って来てください。傷を付けずに殺す方法はいくらでもあるんで」
ニタァと笑いながらユリアーナの首に手を掛ける。──前言撤回、やっぱりこの男は最重要危険人物だわ!
「……分かった。宝剣は持って来るからユリアーナを離してくれ」
「カールハインツ!」
「ユリアーナの命には替えられない」
宝剣が向こうに渡ってしまえば、時戻りの魔法の儀式が整ってしまう。
時を戻れば今が失われ、因果が再び変わってしまう。
時を戻るならばまだいい方だ。
やり直せる機会があるかもしれない。
だが、ユリアーナがいない時間まで巻き戻ったら?
それに、神様の許可が降りず、戻らなかったら──?
単純に、二人の生命が失われてしまう。
クラーラとロッテは好きではないけれど、だからといって無駄死にさせたいわけじゃない。
そのためだけに生まれたみたいで嫌だ。
誰だって、嫌いな奴だって、真っ当に生きる権利はあるはずだ。
「……あなたはそれでいいの?」
カールハインツが部屋を出てすぐにユリアーナの首から手を離したルークスは、それでもロッテから守るようにそばにいた。
「何が?」
「あなたは時を戻ってもいいの? 戻った先にあなたはいないかもしれないのよ」
「だから?」
冷めた目をした少年は、まるで世界の終わりを見てきたかのような雰囲気を漂わせた。
「両親が仲良かった時代に戻るならいいんじゃないのか? もうウンザリなんだよ。父がお前に加護をかけたのが偶然だとしても、母はいい気はしない。だから加護をかける前に戻るのはいい事なんじゃないのか?」
「ヴァイス様が……いつ……」
いつか、夢で見た光景を思い出す。
『泣き虫マリー、きみに僕の加護をあげよう』
だがこれは夢だ。記憶を掘り起こしても、私はヴァイス様からこんな風に言われた事は一度も無い。
「人違いなんじゃない?」
「父上の魔力を間違えるものか。崇高で気高い孤高の狼のような誇りを持つ魔力だぞ」
ルークスは何というか、思い込みが激しく熱くなりやすい、ヴァインロートの血が濃いようだ。
それでいて両親を敬愛──盲信している。
「でも、ヴァイス様が私に加護をあげる理由が無いもの」
「加護は魂に刻まれる。昨日今日掛けられたわけじゃない」
どういう事? 全てを信じるわけではないが、謎が謎を呼んで混乱する。
じゃあいつ掛けたの……?
「本来なら婚約者や愛する人に加護をやるもんだ。何で父上はこんなやつに……」
だが、何となく理解はできた。
ヴァイス様はおそらく、何らかの拍子に私に加護を授けてしまった。
だから婚約者だったルークスの母が嫉妬して、色々と吹き込んでいるのだろうと思う。
私はとばっちりなわけだ。
「待たせた」
文句を言おうとした時、カールハインツが宝剣の入った箱を持って来た。
「こちらに寄越せ。娘を傷付けるつもりは無いが下手な真似はするなよ」
「できない。ユリアーナとマルテの安全が先だ」
カールハインツが拒否すると、ルークスは顔を歪ませ「チッ」と舌打ちをした。
両者は警戒しながら近寄っていく。
「ユリアーナ!」
その隙に、ロッテがユリアーナのもとへ走っていた。
「動かないで!」
「クソアマ!」
「このお嬢さんも連れて来るように、お嬢様から言われてるのよ」
「お母さま!」
ユリアーナが私に手を伸ばす。
ルークスは目的の物をカールハインツから奪取すると、魔法陣に入ったロッテを追い掛けた。
「待ちなさい!」
私も魔法陣に向かって走る。
だが寸での所でロッテのニヤァという笑みと共に光に包まれて消えてしまった。
「ユリアーナ……!」
光が収まり、目を見開き一生懸命に手を伸ばすユリアーナの顔が脳裏に焼き付いて離れない。
守れなかった──守ると誓ったのに。
目の前でみすみす拐われてしまった──私の無能!
『トラワレロ、トラワレロ、ヤミニ蠢メク厄災トナレ』
嘲笑うかのような低い声が耳に響く。
死から戻ったのに、また同じ道を辿るというの……!
自分への不甲斐なさに、ロッテに、ルークスに、怒りが、絶望が押し寄せる。
マグマのように煮え滾る魔力が底から溢れてエネルギーを生む。
「マリー!」
私を呼ぶ声に我にかえる。
カールハインツに抱き締められ、溢れ出て暴走しそうな魔力を少しずつ制御していく。
「ユリアーナが……」
「すぐに探しに行く。おそらく北の修道院だ」
「それじゃあ間に合わない……! ルークスは何故かユリアーナを庇っていたけれど、ロッテはユリアーナを害そうとしたわ!」
最悪の事態を想像して、全身が総毛立つ。
ロッテ……許さない! ユリアーナに何かしたら絶対に許さない……!
「マリー、落ち着くんだ」
「落ち着けないわよ!」
「大丈夫だから……!」
「大丈夫って何が!? あなたに任せて大丈夫な事あった? このままじゃユリアーナがまた死んでしまうわ!」
「きみが今の状態だと、厄災になって相手の思うツボだ! ユリアーナを殺したいのか!」
カールハインツの言葉にハッとなる。
厄災となれば、私がユリアーナを殺してしまう。
ユリアーナだけではない。罪も無い街人も、友人も、皆を巻き込んでしまう。
「北の修道院を奪還するよう、リュディガー殿下に奏上しよう」
「その必要はありません」
ここにいないはずの少年の声が響く。
「緊急事態ゆえ、勝手に入って来てすみませんがご容赦を。今すぐ北の修道院に行きます」
それはラルス殿下と──険しい顔をしたシュバルツ様だった。




