63.カールハインツの動揺
「ちょ、ちょっと! 何やって……」
「ごめん、少し、このままで……」
押し退けようともがくが、カールハインツの声が小さく震えて掠れていた。
鉄面皮に見えても、動揺する事もあるのか、と抵抗するのをやめ腕を降ろす。
まあ、父親の不義を今更知り、異母妹がいたなんて二十歳も超えて知れば、多少なりとも嫌な気持ちになるわよね。
私もお父様に秘密の愛人がいて、隠し子なんていたら嫌だもの。
でもカールハインツの父は妻が亡くなった後の話だからまた違うのかな?
ああ、でも親のそういう事って極力知りたくないよなぁ。
その辺りはお気の毒だわ、と母親になったような気持ちで頭を撫でる。
すると抱き締める力が強くなった気がした。
「……先程のマルテの話だが」
やがて、カールハインツが私の肩に額を当てたまま口を開く。
「自分でも驚く程、何の感情も湧かなかった」
思わず、頭を撫でていた手が止まった。
「記憶の中の父は俺に無関心だった。まともに話した事も無い。幼い頃からマルテがいて、ロッテがいて、そっちの方が話していたかもしれないってくらい父親と何か話した記憶が無いんだ。だからどこか他人事で、けれど、仕事にかまけて子を蔑ろにしたところとか同じで……少し、自己嫌悪してる」
人の振り見て何とやら、と東国の彼女が言っていた気がする。
父親の話を聞いて、接点も無かったせいかロッテが異母妹と言われても嫌悪すら湧かない、何の感情も無い事は、つまり。
今まで接点が無かったユリアーナの中で、自分はそういう存在になっているのではないかと気になったのだろう。
「そうね。……仕事ばかりして、妻子を放置していた人の話は知っているわ」
「俺も……よく知っている」
気まずそうな声音に思わず苦笑する。
もしユリアーナが無関心で接して来たら心が折れそうだという点に於いては全面的に同意する。
「誰よりも他人のはずなのに……、自分がいつの間にか父親と同じ事をしているのが、怖くなった」
カールハインツが弱音を吐いた。
血の繋がりは侮れないものだ。
ユリアーナだってあんなに可愛いのに、私に似てちょっと頑ななところもある。
周りが似てほしくないな、と思うところばかり似て、いい所は真似しないで、時折憎らしくもあるけれど、連綿と受け継がれてきたものだ。
「不思議ね。親子って、似てないようで似ているわ。顔だけじゃなく、素の性格や考え方、仕草や嗜好まで。ユリアーナも、私たちに似ているわ」
「ユリアーナが自分に似ているのは嬉しい」
「ユリアーナが? あなたのどこに?」
あんなに可愛い娘なのに。
「ユリアーナの髪色は俺と同じだ」
「ああ、そうね。言われてみればそうだったわ」
「きみも瞳の色が同じだろう?」
「私に似て可愛らしいところもあるわよ?」
カールハインツの身体がピクッと震える。
それから肩が小刻みに震えだした。
「異論でも?」
「いや、ふ……そうだな。マリーに似て、将来は美人になる」
思わぬ返しに、何だか恥ずかしくなって目を閉じる。何だろう。クローゼットの隅にでも隠れたい衝動にかられるわ。
「ま、まあ、ユリアーナは可愛いけれど、全て私に似ているわけじゃないわ。あの子はあの子の個性がある。人付き合いで色んな刺激を受けて成長するのよ。だから……あなたはあなたのお父様のようにはならないわ」
おそらく、カールハインツが一番恐れているのは、父親と同じ事をしてしまうのではないかという事だろう。
実子を顧みなかった所が同じで、妻を失い自暴自棄になり、他の女性と……なんて、彼は望んでいなそうだし。
「……と思ってるけど、隠し子がいたりする……?」
「いるわけないだろう! 俺の女性経験はマリーしかいない! 後にも先にもマリー以外ありえない」
「そ、そう」
悲痛な叫びに何と返したらいいのか分からず、逃げたくなって身動ぎすると抱き締める力が強くなった。
そっかぁ。カールハインツとそういう関係になったのは、私だけなのかぁ、と気恥ずかしいような、嬉しいような、よく分からない感情に襲われる。
「俺は、きみ以外に触れたくない。服越しならばまだマシだが、他の女性と素肌を合わせるなど絶対にしない。もしもそういう事が万が一起きるならば、俺はマリーと一緒にどこかに閉じ込もる」
「私は嫌よ。自由がなくなるし、そもそもユリアーナに会えなくなるじゃない。閉じ籠もりたいなら一人で勝手にしなさい」
「嫌だ! そしたらマリーは逃げるだろう? 絶対に逃さない。何があっても、誰にも渡さない」
──あぁ、カールハインツのお父様。
あなたの遺した爆弾によって、あなたの息子が面倒で重たい駄々っ子になりました。
「分かった分かった。逃げない逃げないから、そろそろ……ロッテを取り戻さなきゃ、でしょ」
その言葉に抱き締めていた力を緩め、カールハインツは真剣な眼差しを向けてきた。
「ロッテがブランシュ公爵家の血を引いているならば、王家の血を引いたクラーラと合わせて生贄の条件が整う。ただ、ブランシュ公爵家の宝剣が無いと時戻りの儀式はできないはずだ」
「確かに」
そこで、ふと考えた。
何故、ユリアーナではなかったのだろう。
ユリアーナはノワール公爵家へよく行っていたから、こちらの方が条件としては適切だ。
ロッテは、前ブランシュ公爵亡き今、マルテの言う状況証拠しか無い。
対してユリアーナはまだ小さいし、何よりブランシュ公爵家の血を引いていると確固たる証拠がある。
私としてはユリアーナが拐われたりしない事はいいが、腑に落ちない。
「ねえ」
カールハインツに問いかける所で、扉が激しく叩かれた。
「奥様、旦那様、いらっしゃいますか!? マルテが……お嬢様が……!」
サイラスの切羽詰まった声に顔を見合わせ、急いで扉を開ける。
「急に影から魔法陣が現れて、そこから見知らぬ女性が出てきたんです。マルテが『ロッテ』と言っていました」
まさか? とカールハインツは部屋を飛び出し、廊下を走って先程の部屋に引き返す。
私はドレスで走れず、もどかしさからたくし上げ急ぐ。
何故もう一度時を戻ろうとしているのか理由は定かではないが、今、儀式をしたとして神様が許可を出すのだろうか。
次に時を遡れば、どうなるのだろう。
ユリアーナの存在は、消えてしまわないだろうか。
不安を抱えたまま、カールハインツの後を追った。




