60.接点
聞かされた言葉にただ事ではないと危機感をおぼえ、カールハインツの部屋に移動する。
ソファに座り気持ちを落ち着けるため深く息を吸って吐くが、思考が追いつかない。
北の修道院といえば、ティアナとクラーラがいる場所だ。
あの二人はどうなったのだろうか。
そして王家の極秘事項だろうそれを私に共有したという事は、先日感じた嫌な予感が当たっているのかもしれない。
「……そこにいる者の安否は分からない。そもそも何故狙われたのか分からない。あそこは大していい土地でもないし、生活するにも不便だ。だから目的が分からない」
確かに王都から離れすぎているし、一年の半分は雪に埋もれている。土地も痩せていて芋くらいしか育てられないと聞いた事がある。
交易の拠点にもならないし、魔物だっているだろう。獰猛な動物もいるかもしれない。
北の修道院は刑罰が重い者や、俗世を完全に断ち切りたい人が行く場所だ。
裏は森、その先は崖。建物まで行くには川に架けられた一本の橋を渡って行く。
「……でも、何かの拠点にするにはいいんじゃ?」
「橋を落とされたら陸の孤島だ。最終的に餓死するんじゃないか?」
逃げ道を塞げば詰む。そんな場所だが……
「相手が魔法の使い手なら? 移動手段が魔法なら、気にしなくて済むわ」
思案顔だったカールハインツは、険しい顔をした。
移動魔法の使い手は少ない。
高度な魔法で、下手したら身体がバラバラになってしまうそうだ。
だが、魔法陣で繋げばそこそこの力があればいけるのではないだろうか。
「王族は魔法に秀でている。だがフォルクハルトは魔法が使えないように処置を施されたはずだ。魔法陣も誰かと一緒でなければ通れない」
フォルクハルトは廃嫡と共に断種に加え封魔も施されたならば無力だろう。
だが彼は裏組織と繋がりがあった。
協力者の所へ転がり込めば、何かしらの対策はできるかもしれない。
現におそらく私やアルビーナ様への毒も、裏組織から手に入れたはずだ。毒があるから流通は禁止されているし、そもそも不吉な逸話のあるあの花を好んで取り扱う商人はいない。
ティアナとフォルクハルトが会った形跡は無かった。
前回も、カールハインツがいたせいかフォルクハルトの事は興味が無いように思えたから、その点だけは良かったのかもしれない。まあ、そのせいで接触しないようだったが。
だがロッテなら?
彼女なら、使用人として自由に動けた。
ティアナがいなくても、彼女はフォルクハルトと接触できていたのでは?
「……ロッテから話を聞けないでしょうか?」
「何を聞くんだ? ロッテはきみを狙った張本人だぞ?」
「不安なら護衛を増やしてください。なんなら、あなたも同席してもいいですよ?」
カールハインツは険しい顔をしたまま考え込み、結局ついてくる事にしたようだ。
ロッテはブランシュ公爵家が管理する牢屋に入れられている。
私達を害した罪で百年の服役の刑を言い渡され、罪を償っているはずだ。
翌日カールハインツが休みだという事で、早速ロッテがいる牢屋へ向かう。ここは王都の中心地からは離れた場所にあった。
だが、辿り着いた私たちは、その建物が無惨にも破壊された光景を目の当たりにした。
「おい! 何があった!?」
カールハインツが倒れていた初老の男性に駆け寄る。
近くには血を流した護衛らしき者もいた。
「ご当主……様……、申し訳ございません。何者かに……襲われ……」
一体何があったのだろうか。
御者に医師を呼ぶように伝え、倒れていた護衛の息を確かめる。
よかった、息はあるようだ。
「あなた、大丈夫? 起きられる?」
「……う……」
護衛は徐々に目を覚まし、ハッとしたように見開いて辺りを見回した。
「て、敵が! 何者かがやって来て牢屋に……! っつう……」
彼は頭を抱えて蹲る。頭を打ったか殴打でもされたのかもしれない。
無理はしないように言い、牢屋の中へ入って行く。
扉の中へ入り、薄暗く湿った石畳の階段を降りていく。
最初は一人で歩いていたが、滑りそうになる度壁に手を突いて態勢を整える。
もう、ドレスって歩きにくいのよね!
せめてどんな場所か聞けばよかったわ。知っていれば、服装を変えられたのに。完全に失敗した。
そもそも最初に教えてよね。心の中でカールハインツに悪態をつきながら慎重に進んでいけば、今度は前に足を滑らせた。
「っぁっ!?」
壁に手を突いても間に合わない。
私は来る衝撃に備えて目を瞑った。だが後ろから腕を引っ張られ、力強く腰を引き寄せられた。
「危なかった。足元は犯罪者が逃げにくいように魔法で滑りやすくしているんだ。すまない」
「へ、へぇ」
「認証登録をしてから入れば犯罪者以外は影響が無いようになっている。まさかマリーが先に入るなんて思わなかったから」
つるつるしているのは勇み足のせいだったのか。
支えられ、それが何度か続いたため仕方なく手を借りた。
見かねたカールハインツは私の足元に跪く。
「な、なに? 何してるのよ?」
「動かないでくれ。簡易的に足裏にバリアを張って魔法を無効化するから」
何かを呟くと、足元が淡く光る。
「これで少しは歩きやすいはずだ」
「あ、ありがとう」
「管理人の話では、俺たちと入れ違いで襲撃があったらしい」
「そうなの?」
「それと、襲撃の前にマルテが来たらしい。だがまだ出て来ていないそうだ」
休暇中のマルテは、ロッテに面会に来たのだろうか。まさかとは思いたくないが最悪の事態を予想しなければならないのか。
話を聞きながら、何故か手は繋いだまま。離そうとするが、逆にしっかりと握られた。
「誰が潜んでいるか分からないんだ。離れないように」
確かに管理人たちを襲った残党がいるかもしれないと思うと途端に足が竦みだす。
一人で入ったが、カールハインツが来てくれてよかったかもしれない。
奥の方にロッテを収監していた牢があるらしい。
中も護衛が倒れていた。
だが彼らは眠っているだけのようだ。微かに眠気を誘う香炉の残り香があるから、それを使われたのだろうか。
地下にある事が災いして、少しの量でも耐性が無い人は影響がありそうだ。
──ま、私には効かないけれど。
キィ……という音がする。
奥へ進むと、開いた牢の扉の前に、誰かが倒れているのが見えた。
見た事がある後ろ姿──それは女性のようだった。
「まさか……マルテ!?」
私は駆け寄り、倒れている女性に駆け寄る。
抱き起こし、息を確かめると呼吸はしているようでひと安心する。
こちらも眠りの香炉の影響だろう。眠っているだけのようだ。
「……ロッテは……脱獄か連れ去られたか」
カールハインツが呟く。
そこにいたらしいロッテの姿はどこにもなかった。




