58.甘い幸せ
「お母さま、今日は一緒にお出掛けしませんか?」
朝食の席で、ユリアーナに可愛らしくお誘いをかけられたら、断るなんて勿体無い事はできないわね。
娘に関する事は最重要優先事項だもの。
「いいわよ。どこに行きたいの?」
「以前おっしゃっていたスイーツのお店なんかどうでしょう?」
「あそこは予約がいるのではない?」
「んふふー。実はサイラスに言って、既に予約してあるのです」
いつの間に、とサイラスを見れば、しれっとした顔をしている。いつの間にかユリアーナに懐柔されているらしい。
ユリアーナ……末恐ろしい子。私でさえ薄い壁が一枚か二枚くらいありそうな気がしているのに。
そんなわけで、私とユリアーナは一緒にお出かけする事になった。
王都の町並みに出てみれば、国王陛下の容態を気にしてか、いつもより活気が無いように感じた。
「今日は静かですね。先日来たときはまだ賑やかでした」
「そうね。国王陛下が回復傾向にあるとはいえ、まだ公に元気なお姿を見せられないから、自粛しているのかもしれないわね」
皆静々と歩き、宣伝の客引きもおらず、楽しそうな姿も無い。
どんよりとした空気に街に長居するのを躊躇われた。
「あ、カフェに着きましたよ、お母さま」
それでもお目当てのカフェに到着すると、ユリアーナの笑顔はパッと晴れたように明るくなった。
この笑顔が見れるなら、どんな雨嵐もどんと来い! だわ。
カフェに入ると、店員さんから個室に案内された。
ゆったりとしたソファ、落ち着いた装飾。
アルビーナ様と一緒に来てもいいかもしれないわね。
ユリアーナはメニュー表をどれにしようかな、と目を輝かせて見ている。
苺がたっぷり載ったパフェ、チョコレートのケーキ、クリームたっぷりのパンケーキ。
どれも目を引いて迷ってしまう。
私はフルーツのタルトと紅茶に決めたが、ユリアーナはまだ迷っているようだ。
「どれにしようかしら。苺のパフェもいいし、ハチミツたっぷりのパンケーキも、リンゴの重ねパイも美味しそう」
こっちに決めたわ、でもやっぱりこれも食べたい。決めた、これにする。……待って、もう少し悩んでもいいかしら?
次から次へと目移りしてしまって決めきれず、ユリアーナは半泣きになってしまった。
……どうしよう。ユリアーナが悩む姿は可愛らしいわ。けれど悩みすぎて頭がパンクして泣きだしてしまったのは想定外だった。
「ユリアーナ、ここで一つ食べて、あとはお持ち帰りで包んでいただいたら?」
「出来たてが美味しいものが沢山あるので、冷めてしまいます……」
温め直しの魔道具を使えばいいのでは? と思うが、それでも出来たてを再現できないから嫌らしい。
では全部食べればいいじゃない、とはならない。
そんなにお腹に入らない。
私も手伝ってあげたいが、コルセットで締まってるから小さなケーキが精々だ。
「すまない、ユリアーナ、遅くなった」
「お父様ぁ!」
……アレ? ここにいるはずが無い人の幻影が見えるわ?
「ユリアーナ?」
「あ……、えへへ。サイラスにお父様も誘うように言っておいたの。お仕事があるからどうかな? と思ったけれど来てくださってよかったわ」
「そ、そう……」
思わず目が据わってしまう。ユリアーナと二人きりのデートだと思ったのに。
「すみません、お邪魔します」
……ハテ? さらにいるはずの無い方の幻が見えるわ? この方はどなた? 私の目がおかしくなければ、ラルス殿下に見えるのだけれど?
「すみません、公爵夫人。公爵から誘われて……」
うっかりなんて事をしてくれとるんじゃワレェ? と東国少女の真似をしないように、ニッコリと微笑む。
「……! お父様が来たからもう一つ頼める……?」
「えっ?」
「これと、これで迷っていたの。二つ食べると、晩餐が入らないかもしれないわ? だから、お父様と半分こずつしたら二つ食べられるわ」
ユリアーナ……もしかして、最初からこの策略でカールハインツを呼びつけた?
「えー、っと」
「ユリアーナ、お母様とじゃだめなの?」
「お母さまはあまり召し上がられないでしょう? でも、お父様は前にクリームたっぷりのパンケーキをおかわりされていたから!」
ユリアーナはきらきらの笑顔で言い切った。
確かにそうね。私はスイーツ類は控えているわ。きっとレディの勘がそう感じているのね。
カールハインツ……ご愁傷さま。でも、ユリアーナと半分こだなんて羨ましいわ。
そうしてユリアーナは、迷っていたハチミツとバターのパンケーキとリンゴのしっとりパイアイスクリーム添えを注文した。
カールハインツは胃に優しいと言われる東方茶を、なぜかここにいるラルス殿下は紅茶と苺のタルトを注文した。
「えーっと、それで? カールハインツ・ブランシュ公爵? どういう事か説明してくれる?」
ちょこん、と座るラルス殿下をちらりと見て、カールハインツに目を向ける。
「息抜きに連れてきたんだ。ラルス殿下は昼夜問わず王太子殿下の仕事をこなしている。私たちが休みを取れるようになったのは、殿下のおかげでもあるんだ。だが、殿下は休憩すら惜しまれる。だから強制的に休ませようと連れてきたんだ」
「ふぅん……?」
確かにラルス殿下は目はショボショボしているし隈もある。
以前見たときより痩せてしまったような気もする。
「すみません。上が休まないと下が休めないと言われて仕方なく。食べ終えたらすぐに帰りますので……」
私としては複雑だ。
ユリアーナとのデートだと思っていたらカールハインツというユリアーナの胃袋係が来て、更に仇敵もオマケに付いてきたのだもの。
だが追い返すわけにもいかない。
時を戻って、背負わなくていい重圧を自ら背負おうとする彼を邪険にはできない。
「前回の記憶があるとはいえ、大変ですね。確かに上が休まないと下の者も気を遣います。適度に息抜きしてください」
「……ありがとうございます」
その後、運ばれて来たスイーツにユリアーナの目が輝いて、カールハインツと半分こして食べる幸せそうな顔を見て私も満たされた。
「ラルス殿下、どこか痛いのですか?」
「……え?」
ユリアーナがパンケーキを食べる手を止めて、ラルス殿下に問い掛ける。
パタッ、とテーブルに雫が落ちた。
「あ、あれっ? おかしいな。疲れてるのかな」
慌てて拭うが、あとからあとから溢れて止まらないのだろう。
「大丈夫ですよ。ここのスイーツはとっても美味しいから、食べたら嫌な気持ちも悲しい気持ちも疲れだってどこかへ行ってしまいますよ」
ユリアーナがラルス殿下に微笑みかける。
その笑みを見て、ラルス殿下は唇を噛み締めた。
「うん、……ありがとう」
「いいえ。その苺のタルトも美味しいのですよ! きっと涙も引っ込みます」
ユリアーナに促されて切り分け、フォークで口に運ぶ。
「……美味しいです」
その言葉にユリアーナは満面の笑みを浮かべ、再びパンケーキを食べ始めた。
親としては大変に複雑なのだけれど、お友達くらいにはなっていいのかもしれない、と少し思い始める。
自分のせいで死んでしまった子が幸せになる事で、ラルス殿下の気持ちも落ち着くのではないかしら。
「……半分、食べますか?」
ユリアーナが物欲しそうな目で見ていたのかもしれない。ラルス殿下は切り分けた苺のタルトを差し出した。
嬉しそうだがさすがに三個目となると躊躇するのか、ユリアーナは私を見る。
「……ちゃんと、晩餐を残さず食べるなら」
コクコクと頷き、ユリアーナはラルス殿下から苺のタルトをいただいた。
それを食べるユリアーナを見て、ラルス殿下はまた目を潤ませる。
まあ、こうして幸せそうにしているのを見れるなら、ラルス殿下も少しは報われるかしらね。
食べ終えて、ラルス殿下は丁重に挨拶をした。
「今日はお招きいただきありがとうございます」
「お仕事頑張ってくださいね。……程々に」
「ええ。……そういえば」
思い出したと言うように、ラルス殿下は顔つきを変える。
「もう少しで伯父上が懇意にしていたという裏組織の手掛かりが掴めそうなんです。その時はまたご連絡いたします」
そう言って、王宮へ帰って行った。
一陣の風が吹く。
何かが起こりそうな予感がした。




