57.暗闇の中の希望の光
国王陛下が倒れられて早一週間。
カールハインツは以前のように王宮に拘束されるようになった。
辛うじて週に二、三回は帰宅するが、それ以外は王宮に泊まったり、例の別宅に部下共々寝泊まりしているらしい。
「マリー、俺は王宮や以前言っていた別宅に泊まったりするが、誤解はしないでほしい。あの屋敷にメイドはいるが、全て通いの者だし、基本的に従僕や秘書も全て男だ。女性は一切いないから」
「はいはい。リュディガー殿下に泣きつかれたのでしょう? お仕事頑張れ頑張れ」
今はもうラセット公爵家の影は引かせたし、別に気にもしていないのだけれど。
「……また影をつけても構わないんだぞ?」
「はいはい。考えておきますね」
着替えを取りに帰宅したらしいカールハインツは、従僕に急かされ肩を落として出仕して行った。
そもそも着替えくらい従僕に取りに行かせればいいのに。
「お父様はもう行かれたの?」
「ええ。お忙しいみたいね」
「……ふうん」
最近のユリアーナは、カールハインツを気にしている。
会えない事で寂しさがあるのかもしれない。
「大丈夫よ。国王陛下がお元気になればまた毎日飽きるくらい会えるわよ」
「っ! べ、別に! 私は気にしてません!」
東国の彼女が言っていたツンデレというやつかしら?
ユリアーナったら、また新たな萌えの要素を私に投げつけてきて……母は危うくノックアウトされるところでした。むしろ手遅れでして。
「お父様がお戻りになるまでは、お母様と一緒にいましょうね」
「……お母さまだけでいいです」
素直じゃないところは可愛いが、意地っ張りなところは私に似たのかもしれない。
似てほしくないところに似るの何故だろう……
数日後、国王陛下は予断を許さない状況の中だが、徐々に回復傾向であるため、カールハインツたちは少しずつ休みを回せていると言って帰宅した。
「お父様がいないと、王太子殿下が心細いのではないですか? 私たちは別に寂しくなんかないので、王宮で寝泊まりしてもいいのですよ」
ユリアーナなりに気遣って我慢している言葉を、カールハインツはそのまま受け取ってしまい肩を落とした。
「ユリアーナ、父はユリアーナに会えないのがさみしいんだ。王太子殿下はもう子どもではないし、他にも重鎮はいる。私に寄りかかりすぎてもいけないから、いないのに慣れてもらわなければならない。それに私たちの休みはラルス殿下が采配してくれたんだよ」
「ラルス殿下が……?」
「ああ。ラルス殿下は、王太子殿下をお支えすると王太子殿下候補におなりになった」
ラルス殿下が……王太子に?
「まさか」
「安心してくれ。王太子殿下候補とはいえ、いずれは弟妹に譲るから婚約者は据えないとおっしゃった」
回帰して、ラルス殿下の婚約者になっていない、イルゼ様は二人目を懐妊なさった、ティアナとクラーラ母娘は修道院に追いやられた。
それなのに、何故だろう。運命を変えたと思っていたのに、大きな流れは変わっていないように感じて思わず腕を握る。
「マリー、大丈夫だ」
私の不安を感じとったのか、カールハインツは目を合わせて言う。
光の証の金の瞳に見つめられ、漠然とした不安が少しずつ消えていく気がする。
「……ユリアーナの望まない事だけはしないで」
「分かっている」
本当に? またユリアーナが危機に陥ったら?
婚約者にされて、第二のクラーラが現れたら?
「マリー!」
呼吸ができない。何度でもユリアーナを殺されたの場面がよみがえる。
全てを受け入れて、諦めたような顔をして、痛いはず、苦しいはずなのに少しも顔を歪めなかった。
それがどれだけ彼女の心が壊れていたのかを物語っている。
死を前に恐怖しない人なんて、誰もいない。
「大丈夫、大丈夫だから。二度とユリアーナを苦しめない。ユリアーナにはきみがいる。きみがユリアーナの希望になれる」
カールハインツの言葉に、真っ暗だった視界がぼやけて晴れる。
「……あ、私……」
「マリーはもう独りじゃない。俺やユリアーナがいる。絶対に独りにしない」
カールハインツが力強く抱き締めてくる。
──ああ、バカね、あなたは。
何度繰り返しても、愚直でヘタレなくせに、最期の最期の肝心なところで私のために命を差し出すのだから──
そんなあなただから、私は──
「お母さま」
下を見れば、ユリアーナが私の手を握っている。
「大丈夫です。お母さま。婚約者にされそうになったら、お母さまを連れて逃げ出します」
それはまるで愛の告白のようで、自然と強張っていた身体の力が抜ける。
「お父様に足止めしてもらって、その隙に逃げ出します。大丈夫です。アマランス夫人から沢山色々な事を習いました。お母さまがいれば、なんだってへっちゃらです」
たった六歳の娘が、しっかりした口調で、けれど握った手は冷たくしながら私を安心させるように言ってくれる。
「ごめんなさい、あなた、ユリアーナ」
「構わない。こういう時でないと抱き締める事もできないから役得だ」
真剣な眼差しで開き直るカールハインツに、思わず吹き出してしまった。
先程まで不安に襲われていたなんて嘘のようだ。
「お父様ズルいです。私もお母さまを抱っこします」
「ユリアーナ、そこは譲ってくれ」
「嫌です。譲りません」
私にしがみつき、カールハインツを引き剥がす。
ユリアーナを傷つけないようにカールハインツは力ずくな事はしない。
「二人とも、ケンカしないの」
ユリアーナはむう、と頬を膨らませる。
それすら可愛いから、ここはカールハインツの負けだろう。
「お母さま、一緒に寝ましょうね」
「勿論よ」
「父も同じベッドで寝るから」
何故か二人にべったりとくっつかれたまま一日を過ごし、結局いつものようにユリアーナを真ん中にして眠った。




