56.守るべきもの【side カールハインツ】
マリーの誕生日から数日後。
国王陛下が倒れられた事は、重鎮たちの間で共有された。
混乱を極める中、国王代理を務めるのは王太子殿下のリュディガー様。イルゼ様は出産間近で負担が大き過ぎるタイミングだ。
「カール……すまない、そばにいてくれ。私にはまだ国王の荷は重い」
「お気を確かに、殿下。大丈夫です。立太子されてから、あなたは立派にやって来られました。これまで通りにやればいいのです」
元来リュディガー殿下は第二王子という立場で、元々国王になるはずではなかったお方だ。
国王陛下の突然の病で気が動転するのも仕方がない。陛下は予断を許さない状況だ。
リュディガー殿下をお慰めし、自室を出たところでラルス殿下に鉢合わせた。
「……やられたかもしれません」
「それは……まさか?」
「お祖父様はまだまだ元気でした。思えば前回も父上の即位が早すぎた。もしかすると、既に革命派の間者がいるのかもしれません。時を戻ったのに、これは僕の失態です」
ラルス殿下は悔しげに顔を歪ませる。
国王陛下の病が何者かによるものならば、このまま、また繰り返されてしまうというのか。
「父上を見張らねば。思えば愛人に出会ったのはこの頃でした。母上に無理はさせられない」
リュディガー殿下は現在自信を無くし、揺らいでいる。
平時は何ともなくても、心が弱った時は判断が鈍ってしまうものだ。そんな時に言葉巧みに誘惑でもされれば傾いてしまう可能性はある。
「伯父上の手の者が王宮内にいるかもしれません。公爵もお気をつけて」
ラルス殿下は表情を強張らせたままリュディガー殿下の自室に入って行った。
フォルクハルト元王太子殿下──彼は一体何がしたいんだ?
自身の浮気から婚約破棄をし、その過失で廃嫡され市井に放逐された報復でもしようとしているのか?
だが、そうできる力をどこから得ている?
彼は王太子だった頃から市井によく出ていた。その先でティアナと出会い、同じ学園だからと懇意になったと聞いている。
そもそもフォルクハルトが裏組織と繋がっていると言っていたのは誰だった?
「……クソッ、思い出せない……!」
髪を掻き揚げ眉を顰める。
フォルクハルトの事を思い出そうとすると思考が曖昧になり、無理をすれば頭が割れるように痛む。
マリーとユリアーナを死なせないために時を戻ったのに、肝心なところで役に立たない。
「ブランシュ公爵」
振り返ると見たくもない顔に出くわした。
「ノワール公爵……」
時を戻った時の魔術師。マリーが慕う年上の男。
前回の記憶があるようには見えないが、奥底で警戒音が鳴り響く。
「国王陛下の件を聞きました。リュディガー殿下は中に……?」
「ええ。ラルス殿下と一緒におります」
ノワール公爵の瞳がスッと細められる。
俺はこの男が苦手だ。光と闇という、相反する属性がそうさせるのか、全てを見透かされているような気がして逃げ出したくなる。
マリーの前で挑発してくるのも腹が立つ。
「そうですか。お二人とも心を痛めている事でしょう。王太子殿下にお話があったのですが……」
「……ノワール公爵が何故? 何かありましたか?」
「私の妻は王太子妃殿下の姉でしょう? 義弟を見舞うのは自然な事かと」
王太子妃殿下……は、確か、火のヴァインロート公爵家だったはずだ。ノワール公爵の妻は病気療養中だと社交界で聞いた事がある。
姉妹仲はあまり良好ではないのか、妃殿下から姉の話は聞いた事は無い。
「それでしたら、先に王太子妃殿下の方へ行かれてはいかがでしょうか? 妃殿下も心痛を抱えていらっしゃるでしょうから、姉君の支えがあれば心強いかと」
「……確かにそうですね。では私は失礼いたします」
ノワール公爵は相変わらず読めない笑みを浮かべて踵を返して行ってしまった。
前回も思ったが、神出鬼没なのは心臓に悪い。
呼吸を落ち着けるために深く息を吸って吐き出す。
何も悪い事はしていないはずなのに、鼓動はドッドッと音を立てて落ち着かない。
廊下で息を整えていると、ラルス殿下がリュディガー殿下を伴って現れた。
「カール、すまない。ラルスに叱られたよ。しっかりしろ、と。情けない私だが、これからもそばで支えてくれるだろうか?」
マリーとユリアーナを守るため、宰相は辞めるつもりでいた。
ラルス殿下を見ると、沈痛な面持ちで俯いている。
「……リュディガー殿下、私はいずれブランシュ公爵家を継ぐユリアーナのそばにいたいので、宰相を辞めるつもりでおります。後任が見つかるまででよろしければ……」
「ああ、それなのだが、ラルスを王太子にして、ユリアーナ嬢を婚約者とするのはどうだろうか?」
リュディガー殿下の言葉で、喉が張り付いたように乾いていく。
「いや、しかし、ラルス殿下は立太子なさらないと聞きましたが……」
「こういう事態なんだ。父上がどうなるか分からない今、ラルスを王太子候補とし、ブランシュ公爵家の後ろ盾をもって私の治世と未来を盤石にしたい」
ラルス殿下は唇を噛み締めて俯いたままだ。
……これでは前回の二の舞いになりかねない。
「承服しかねます。私の子はユリアーナしかおりません。ユリアーナは公爵家を継ぐつもりでおります」
「きみも奥さんと下の子を作ればいいよ」
「それは……」
マリーといずれは……と思いはしても、その先は望めないというのは気付いている。
先日唇が触れただけで、マリーは眉を顰めて心底嫌そうな顔をした。
その後は何事もなかったかのように振る舞っていたから、彼女の中では無かった事になったのだろう。
胸の傷を触らせても嫌そうにしていたしな。
辛うじて誕生日プレゼントは毎日身に着けてくれているが、そんな中で次を望めるはずもない。
そもそもそんな目的で子を作るなどしたくもない。
「子は授かりものでございます。貴族の義務といえど、公爵家を継ぐつもりでいる娘の意向を無視するような事はできません」
ユリアーナはラルス殿下との婚約は望んでいない。
政略結婚を強いて、せっかく構ってくれるようになった娘に嫌われでもしたらそれこそ立ち直れない。
「そうか。……お前たちは薄情だ。ラルスにも立太子を断られた」
リュディガー殿下が肩を落とす。ラルス殿下を見れば、父を支えたいが、トラウマがあるがゆえにどうにもできないのが苦しいのかもしれない。
「イルゼのお腹の子が王子ならよいのだが……王女ならば側妃も検討しなければならないか」
「父上、それは……!」
「国王陛下がお倒れの今、次代の王太子が決まっていないのは国民が安心できないだろう?」
「お言葉ですが、成長するまで王太子を決めない国もございます。妃殿下の出産後もまだ子は望めるはずです。それに今側妃の話を持ち出せば、妃殿下に更なる心痛を与えてしまいかねません」
それはリュディガー殿下も重々承知なのだろう。
顔を顰め、睨んできた。
「ではどうしろと? ラルスは立太子したくない、イルゼのお腹の子は王子かは分からない。王太子教育は普通の王子教育とは違うんだ。成長してからでは遅い」
ご自身が苦労したからこそ、余裕を持たせたい気持ちはよく分かる。
これ以上反対する文言を持ち合わせていない俺は、口を噤むしかできない。
「……分かりました。僕が……次の王子が生まれるまで暫定王太子になります」
「ラルス殿下!」
「その代わり、側妃は迎えないでください。伯父上の婚約破棄騒動に加えて父上も母上以外の女性を迎えると、王家に対して不満が出るかもしれません。それから、婚約者はいりません。いずれ王太子の座は譲りますから」
婚約者を決めてしまえば、その座から退いた時に婚約者の家から不満が出る可能性もある。
揉めないためにもその方がいいと思った。
「分かった。……すまない、ラルス」
「いずれ国王陛下となられるのですから、しっかりしてください」
その後、リュディガー殿下は早速代理を務めるため侍従に呼ばれて言ってしまった。
「ラルス殿下……」
「ああ、大丈夫ですよ。黒幕の捜査のためにも、王太子の立場が有利になるかもしれませんし」
疲れたような笑みを浮かべる殿下は、まだ七歳なのに。
「大人が不甲斐ないせいですみません」
「本当に。でも、これ以上は阻止してみせますから」
そう言って、ラルス殿下は決意したような表情を見せた。
これ以上この方に負担を与えてはいけない。
私の中の守るべき方が一人増えた気がした。




