54.私の誕生日……?
宝剣を見てから数日後、外は暗くて一雨来そうなお天気のある日。
「お母さま、今日は私一人でお出かけして参ります!」
外の風が冷たく肌寒くなってきた頃、ユリアーナが朝食後の席で告げた。
「あっ、一人というか、マルテと護衛も一緒に、です」
「いつものお茶会かしら?」
「! そ、そうです! お茶会です!」
お茶会ならばいつもの事だから特に宣言する必要もなさそうだけれど。
少しの違和感を感じて、近くにいたサイラスに目をやる。気まずそうに苦笑したから、本当の目的は他にあるのかもしれない。
「そう。今日はどこで開催だったかしら?」
「えっと、シュバルツ様です!」
「シュバルツ様のところは先日ではなかった?」
「ええ? あ、そ、そうです。次はエルナ様だったかしら」
「エルナ様はシュバルツ様の前だった気が?」
「あわわわ、あ、そ、そう! 急にやる事になったんです! 緊急のお茶会です!」
どう見ても怪しい態度に、サイラスを呼びつけ、ユリアーナに聞こえないようにコソコソと話す。
「どうなっているの?」
「お嬢様は奥様に何か贈り物がしたいのではありませんか? 最近よく聞かれてましたでしょう?」
確かにユリアーナから好きなものを聞かれたりしていたが……
「そのまま行かせてあげてください。護衛はたっぷりつけて」
護衛が沢山いるからといって、小さな子一人で行かせていいものだろうか、と逡巡する。
だがラセット公爵家の影もついているし、と短時間だけなら、と許可を出す事にした。
「分かったわ。いいこと、ユリアーナ? 明るい道を通るのよ? マルテと護衛の言う通りにね? それから、マルテとしっかり手を繋ぐのよ?」
「っ! はい! 大丈夫です!」
「お昼までに帰れる?」
「だ、大丈夫です!」
お茶会ではなかったのかしら? とごまかしを忘れているようで、そこもまた、子どもらしいと微笑ましくなった。
本心としては行かせない方がいい気もしている。
だが親がいない経験もさせた方がいいという気もしている。
結局ユリアーナとマルテと複数の護衛とラセット公爵家の影をつけて送り出した。
無事に帰宅した時はしっかりと抱き締めて出迎えた。
一人でお出掛けできました、と少し誇らしげなユリアーナが、また一つ成長したようで嬉しくなる。
「お茶会ではなかったの?」
「! そ、そうです! お茶会です!」
そそくさと立ち去るユリアーナに、淑女の仮面を被り感情をごまかす術を身に付けられるのか、と先が思いやられるが、可愛いからヨシ。
ユリアーナのお出かけは、それから何日か続いた。
今日も行くらしく、朝からそわそわとしている。
「たまにはお母様も一緒に行こうかしら」
「そっ、そそそそれは、お、お勉強になりませんから!」
「お勉強?」
「そ、そうです! えっと、当主になるための、大事なお勉強です!」
明らかに何かを隠している風なのに、ごまかしているのが可愛らしくてつい口を出してしまう。
影の報告で王都の街並みを見て回り、時折気になったお店に入っている、と聞いている。
先日私が言ったスイーツの店もその中に入っており、ユリアーナも興味があるのね、と微笑ましくなった。
ただ、影が言うにはあまり詮索するのもよくないらしい。だから今は我慢の時である。
「お勉強と言うならお母様はぐっと堪えてお留守番しているわね」
「うぅっ……もう少し、もう少しお待ちくださいっ!」
言うなりユリアーナはぴゃっと慌ただしく出て行った。
穏やかな天気も相まって、平和だなぁ、とくすりと笑みが漏れる。
先程まで賑やかだったのに、ユリアーナがいないだけで室内がしんとしているからその存在感の大きさを実感した。
最近、私が生きている事が不思議にも感じる。
前回はもう既に再婚してティアナたちに虐げられていたから、幸せそうなユリアーナを見てホッとする。
北の修道院に入るとき、ティアナは抵抗したそうだ。
ラルス殿下の監視下で護送したが、騎士を誘惑したりして大変だったらしい。
このままおとなしくしてくれればいいけれど。
この日もユリアーナは無事に帰宅した。
どうやら目的を果たせたようで、しばらくは邸内でお勉強を頑張るそうだ。
「結局、何を買ったのかしら。あなたは知っているの?」
「それは……光のお嬢様に内緒ですと言われましたからねぇ」
影の男に聞いたが、こういうところは薄情なんだから。
まあ、ユリアーナに言われれば頷くしかできないのはよく分かるけれど。
その夜、夫婦の寝室で本を読みながらユリアーナを待っていると、先にカールハインツが入って来た。
私は廊下を出てからここに来るが、彼は自室から直接入って来る。
意識しないように、と思うが上手くいかない。
ベッドの上で読んでいた本の内容が頭のてっぺんから抜けていくようだ。
「マリー」
「な、なに」
「もうすぐ、きみの誕生日だろう?」
「……え?」
誕生日……誕生日?
──! すっかり忘れていたわ。
そうか、誕生日。私の誕生日というものが、もうすぐやって来るのだわ。
「今年はユリアーナと三人でお祝いしよう。今年もプレゼントも用意してある」
「へ、へぇ……そう」
カールハインツからのプレゼントなんて結婚してから今まであったかしら、天井に目を向ける。
「……まさか、受け取っていないのか?」
「覚えがないわ」
「まさか……」
カールハインツが準備していたが、私に渡っていない、というならば、おそらく犯人はロッテだろう。
まあ、数年間気付かなかったというのは情けない事だが。
「……それがあれば、少しは愛されていると思えたのかしらね」
少なくとも蔑ろにされている、と一縷の望みになったかもしれないな、と思う。
「……すまない」
「ティアナには……」
あげていた? と目で言えば、カールハインツは眉を顰めた。
「祝ったことは無い。ただ、逃げられないためにクラークに適当に喜びそうな物を、と頼んでいた」
私とあまり変わらない態度に呆れるやらホッとするやら。
この男は基本的に朴念仁なのかもしれない。
「マリーのは、誕生日の翌日から次の誕生日の事を考えていた。……伝わっていなかったんだな……」
仕事が忙しいとはいえ、その日だけは帰宅していれば。手渡ししてくれていれば、また違う結果になったかもしれない。
まあ、過ぎた事は仕方がない。今、こうして生きているならば、誕生日なんて何回も来るものね。
「……これから、毎年あなたが悩んだ物をくれるなら、今までのは不問としてもいいわよ」
カールハインツは目を見開き、そして嬉しそうに微笑う。
ユリアーナと同じ笑い方で、親子なのだな、と思った。
──私の誕生日。
そうか、もしかしたらユリアーナはそれを知って……?
言われるまで気付かなかったが、前回の私の誕生日、ユリアーナは常にお墓参りをしていた。
何故なら、その日が私の命日だったから。




