52.ヴァイス様からの謝罪
ノワール公爵家を訪れた数日後、ヴァイス様から謝罪をいただいた。
「シュバルツから聞いたよ。ルークスが失礼な事を言ったみたいだね。ユリアーナ嬢も驚かせてしまってすまなかった」
「本当に嫌でした。お母さまを攻撃するなんて許せません」
私以上に怒っているユリアーナを宥めながらヴァイス様からの謝罪を受け入れた。
「正直驚きました。ルークス様とはあれが初対面でしたし、いつ恨まれたのか心当たりもないのに急にでしたから」
あの日のルークスの言葉を思い返せば、闇の加護を私に授けたのはヴァイス様という事になりそうだが、その前にヴァイス様と似てはいるが違うと聞いたばかりだった。
じゃあどういう事? と混乱しきりだった。
「ルークスは……おそらく勘違いしているのだと思う。マリーの加護が、と言っていたが、私のものではないと何度も言ったのだが……」
彼の憎しみは昨日今日のものではない気がする。
幸い、ユリアーナに向けられたものではない事が救いか。
「ルークスは母上が不安定になると言ってました。
ヴァイス様の奥様の事、教えていただけませんか?」
社交界にも出て来ない、ヴァイス様の奥様。
以前話題に上がった時も、口を噤まれてしまった。意図的なものなのか、そうでないのか。
それは私が関係しているようであまり気分がいいものではない。
「……妻は、ずっと私の気持ちを疑っているんだ。……その、マリーを愛しているのではないかと」
思わず真顔で首を傾げてしまったのは仕方がないと思う。
ヴァイス様からは確かに幼い頃からよくしていただいたが、愛されている実感は無い。
「ああ、いや、誤解しないでほしいのだが、私が愛するのは妻だけだ。だが妻は何故かそう思い込んでいるんだ」
告白されてもないのに振られてしまった気がするわ?
私はカールハインツしか目がなかったし、ヴァイス様も奥様だけしか愛していないなら何故誤解をしているのだろう?
「だから、妻と一緒に領地にいるルークスに、あれこれと吹き込んでいるのかもしれない。逆恨みだろう。本当に申し訳ない」
ヴァイス様は疲れたように肩を落として頭を下げた。
「もしかして領地にやっているのって……」
「妻は嫉妬深くてね。きみや他の女性から遠ざけるためだ。いつか誰かに危害を加えかねないと思ってね」
何とも言い難い事である。
ティアナの問題が終わったら、今度は自分が愛人と疑われていた。
見当違いも甚だしい。それで逆恨みされてはたまったものではない。
「ルークスはまた領地にやる事にしたよ。誤解が解けるまでは領地から出さない。……これで本格的にシュバルツが当主になるだろう」
「ヴァイス様も大変ですね」
「愛する人に自分の気持ちを信じてもらうのは難しいね。社交をしなければならない以上、妻だけ優先するわけにもいかないし、女性と話すなと言われても……」
ヴァイス様は苦笑する。それでも奥様を大切に思っているのだろう。嫉妬で激しい気性でも、離婚するつもりはなさそうだし、愛人の気配も無い。
「まあ、私も似たようなものでしたから、何となくは気持ちは分かります。できる限り一緒にいてあげてください」
「……ああ。信じて貰えるまで、飽きるくらいに愛を伝えていくつもりだよ」
そう言って、ヴァイス様は柔らかに微笑った。
「しかし、加護を返せと言われたのですが、どうやって返したらいいのか無理難題を言われた時は困りましたね」
「加護を返せ……? ルークスから言われたのか?」
「ええ。とはいえ、私の加護はヴァイス様のではないのですよね?」
闇の加護を返せるものならば返したい。
これのせいで悪感情が増幅し、私が厄災になるというならば無用の長物でしかないもの。
「加護というものは、一度掛けたら外せないんだよ。一説によれば死んでも魂の浄化が終わるまでは残り続けるらしい」
「……ぇ」
「もしかすると……いや、だがそうすれば……」
ヴァイス様は一人思考を始める。
何だか嫌な予感がするわ。
「……マリー、すまない。諸用ができたからこれで失礼するよ。とにかく、今後妻とルークスが関わらないようにするから」
ヴァイス様はもう一度頭を下げて踵を返し慌てて帰って行った。
「……もう、あの腹立つ人は会わないの?」
「そうみたいね」
「ふうん……」
ユリアーナはむぅ、と表情を顰め、小さく頬を膨らませた。
腹は立つが会えないとなると寂しいのかな?
「文句の一つでも言えばよかったです」
よほど癪に障るらしい。
もしかするとユリアーナの初恋……? なんでと思ったが、そういう類ではないらしい。
「そういえば、あの時シュバルツ様と何を話していたの?」
ルークスから文句を言われる前、ユリアーナとシュバルツ様はヒソヒソ話をしていた。
親に内緒の話をするほど成長したのか、と感慨深いが、目の前でされては気になるというもの。
「あ、あれは、ですね。そのっ。えぇっと……つまり」
「つまり?」
「つまり、そのっ。内緒です! しーっです!」
可愛らしい仕草をして、ユリアーナは立ち去って行く。
これも成長の証なのかしらね。
「……っ」
微笑ましく思っていると、身体に寒さを感じる。
いつの間にか風が冷たくなり、寒さの季節に移り変わったようだ。
空はどんよりとした曇り空。
何故だか漠然と、胸騒ぎがした気がした。




