51.闇のノワール公爵家
「これから、ノワール公爵に時戻りの話を聞きに行こうと思う。先触れは出している」
カールハインツの休日、朝食後の一服を嗜んでいると急に言われた。
口下手なのはもう仕方ないと諦めたが、せめて前もって予定を聞いてほしいものだ。
「かしこまりました。今日はたまたま、本当に偶然、予定が空いておりましたのでご一緒しますが、次回からは事前に予定を聞いていただけますと助かります」
笑みを浮かべて返せば、カールハインツは気まずそうに顔を背けた。
私も公爵夫人として頼りないが、家政を担っているのだ。
いつも暇なわけではない。
「……すまない。偶然に感謝する」
本当に分かっているのかしら、この男は。
「お母さま、私もご一緒してもいいですか?」
ユリアーナに上目遣いで見つめられ、ダメと言えずに口ごもる。
今日ノワール公爵家へ行くのは、おそらく時戻りの魔法についての件だろう。
ユリアーナには聞かせられないので、どうしようかと逡巡する。
「構わないよ。お父様たちが話している間、シュバルツ様と遊んでいたらいいよ」
「……! ありがとうございます! 早速支度をしてきますね!」
嬉しそうなユリアーナの姿を見て、私たちと出掛けたかったというよりも、もしかしたら、なんて予感がするのは親としての勘かしらね。
出掛ける準備をし、馬車の中でユリアーナとお話しながら過ごす。
カールハインツも交ざりたそうにしていたが、女同士の話に割って入れる訳もなく、結局腕を組んでだんまりを決め込んでいた。
「やあ、いらっしゃい、マリー、ユリアーナ嬢」
「ご無沙汰しております、ヴァイス様」
にこやかに出迎えてくれたヴァイス様は、相変わらず読めない笑顔を浮かべている。
五つ年上の経験の差なのだろうか。何事にも冷静沈着で揺るがない人だ。
「それで、今日は何の用事かな?」
「……率直に伺いますが、ヴァイス様は時戻りの禁術についてご存知ですか?」
カールハインツの言葉に、ヴァイス様の瞳が細められる。
指と足を組み、薄く笑みを浮かべる。
「どこでそれを知ったのか分からないが、時戻りの禁術は我が闇の公爵家に伝わる家宝のようなものだよ。もっとも、それを使うには条件があるがね」
前回のヴァイス様、そして神様の話によれば、王家とブランシュ公爵家の血を贄をして捧げ、神の許可が出て初めて発動するそれは、闇の公爵家の家宝になるのか。
「信じられないかもしれませんが、私とマリーは時戻りの魔法を使用してこの世界に生きています」
カールハインツはいきなり本題を直撃させる。
そして探るようにヴァイス様を見ている。
「……そうか。という事は、神問が成功したのだな」
ポツリと漏れた言葉は、どこか他人事のようだ。
時戻りの魔法に関わっているのに、ヴァイス様には前回の記憶は無いのだろうか。
「前回の生では、どのような末路だったんだ?」
ヴァイス様の問に、私とカールハインツは目を合わせる。
そして前回起きた事、そして私が神様から聞いた話を伝えた。
「なるほど。確かにマリーから微弱ながら闇の加護を感じるね」
「誰が掛けたか分かりますか?」
ヴァイス様は神様がしていたように目を凝らし私を見つめる。
「……私の魔力に似ているが、今の私ではないね。うちの家門の者でもないだろう」
「そうですか……」
闇の公爵家当主ならば分かるかな、と思ったが、家門の者でもないならば他にいるのだろうか?
「だが、加護は直接触れなければ掛けられない。マリーが直接会った人ではあるよ」
私が直接会った闇の人はヴァイス様とシュバルツ様くらいだわ。
他は見当もつかない。
ヴァイス様には前回の記憶は無いようだが、魔術師は引き継げないのだろうか。
「……ご子息が、ブランシュ公爵家の宝剣を見たいとおっしゃったようですが、ご存知でしょうか?」
「シュバルツが? ……ああ、闇の公爵家の当主教育をした時に宝物の存在を知りましたから、それで興味を持ったのでしょう」
なるほど……、とちょっと待って?
先日ユリアーナが確か言っていたわよね。
「シュバルツ様には兄がいるのでは? シュバルツ様が次期当主になるのですか?」
「ああ、長男はずっと母親と領地に行ったきりなので、シュバルツが当主になる可能性が高いのですよ」
私が時を戻ってほぼ会う事が無かったヴァイス様の奥様、そしてご長男。
何故領地に行ったきりなのだろうか。
理由があるからそうしているのだろうが、ヴァイス様は聞いたところで答えてくれそうにない雰囲気を漂わせた。
「よろしければ、シュバルツに見せていただいても?」
「ええ。ブランシュ公爵家の宝剣は、それ単体では役に立たない物なので構いません」
カールハインツはあっさりと許可を出した。
時戻りに必要な宝剣を、家宝とも呼べる物をユリアーナの友人とはいえ簡単に見せても構わないのだろうか、という疑問はあるが、当主が許可を出すならば私は何も言えない。
話は終えたので、と私たちはお暇する事にした。
「ユリアーナ」
「お母さま」
シュバルツ様と遊んでいたユリアーナを呼ぶと、しっかりと別れのご挨拶をしてから近寄ってきた。
「楽しかった?」
「ええ。シュバルツ様は知識が豊富なのよ。色々教えてもらったの。私ももっと頑張らなくちゃ」
「ユリアーナ嬢は頑張り屋さんだから、すぐに僕に追いついて、そのうち抜かしてしまうかもしれないよ」
「そうできたらいいな、と思っているわ」
二人を見ているといい関係を築けているようでホッとする。
和やかに話す二人を見て、私も気持ちが浄化されていくようだ。
「そういえばもう決まった?」
「っあ! シュバルツ様、それはしーっ! です!」
「ごめん! そういえばそうだったね」
私をチラチラと見て、二人は内緒話をするのか少し部屋の奥へ行ってしまった。
「バルツ」
そこへ、シュバルツ様の声を少し低くしたような、けれどもまだ変声期には早いような声が耳に響く。
その声の方向を見れば、黒髪で赤い目をしたシュバルツ様よりも背の高い少年がいた。
「……お前は……」
その少年は、私を見るなり憎悪の感情を向けた。
「お前が何故ここにいるんだ。お前がいると母様の気持ちが不安定になる」
つかつかと近寄って来る様に足が縫い止められたように動けなくなる。
初対面のはずよね?
「出て行け! さもなくば加護を返せ! 二度と父上に近付くな!」
「兄様!?」
少年の大きな声に奥にいたシュバルツ様が駆け寄って来る。ユリアーナも不安そうにしていたのでそちらに向かった。
「……よりにもよって、お前が……クソッ!」
「兄様! ……ごめんなさい、公爵夫人」
シュバルツ様は兄を部屋から出し、私に頭を下げた。
去り際も私を憎々しげに見ていたから、いつの間にか彼から恨まれるような事をしていたらしい。
……全く身に覚えがなくて、心臓が嫌な音を立てる。
「マリー!」
「ヴァイス様……」
「すまない。ルークスから何か言われたと聞いて……」
シュバルツ様の兄はルークスというのか。
戸惑いが先に来て答えられないでいると、ユリアーナが私の手をぎゅっと握ってきた。
「嫌な感じ! お母さまが何をしたって言うのよ! 勝手に文句言って失礼だわ! お母さま、行きましょう」
「え、ええ。ヴァイス様、失礼いたしますね」
先導するユリアーナに付いていくような形で、戸惑うヴァイス様に一礼してノワール公爵家を後にする。
ヴァイス様を訪問して分かったのは、時戻りの魔法を発動させたヴァイス様には前回の記憶は無い事と、何故か会った事もない長男ルークスから恨まれている事だけだった。




