49.その胸の傷は
ユリアーナに言われて、ブランシュ公爵家の宝剣についてカールハインツに尋ねるべく、晩餐後私は再びカールハインツの自室前にいた。
夫婦の部屋は、寝室を挟んで直線上にある。
だが現在私は夫婦の寝室を使っていないため、一度廊下に出てから扉を叩かなくてはいけない事が、私たちの今の距離感だ。
「マリー? どうしたんだ?」
「ちょっと尋ねたい事があるのだけれど」
就寝前だったのか、寛いだ格好のカールハインツは、シャツをはだけさせている。
目に飛び込んできた胸板に心臓が飛び跳ねてしまうが、目を逸らして落ち着けた。
室内に通され、先日も座ったソファに座る。
「何か飲むかい?」
「いえ、結構です。それよりも、ブランシュ公爵家の宝剣についてなのですが」
早速本題を切り出すと、グラスに酒を注ごうとしていたカールハインツの手が止まった。
「……誰から聞いた?」
「え、と、ユリアーナが、シュバルツ様から見たいと言われた、と……」
テーブルにコトリと瓶を置く音が響く。
カールハインツは口元に手を当て思案顔になった。
「マリーには伝えていなかったが、ブランシュ公爵家の宝剣は一対の短剣だ。……前回、私とラルス殿下が、生贄になる際に使用した」
「……え?」
それは……時を戻る魔法を使うには、その宝剣でないといけないのだろうか?
「時を戻るのはノワール公爵に伝わる禁術だ。王家の血と、ブランシュ公爵家の血をブランシュ公爵家に伝わる聖剣を用いて捧げて初めて発動できると言っていた」
カールハインツは何を考えたのか、はだけていたシャツを更に開いた。
「ちょっ、何、何やって……」
「マリー、これを見てくれ」
言いながらカールハインツは近付いてくる。
私はぎょっとして手で顔を覆った。
彼の裸なんか見慣れていない。ユリアーナを授かったときは薄暗い中だったから。
以前ちらりと見えたが、不慮の事故だった。これから先も見るつもりもないから許してほしい。
そもそもこんな晒した肌を見るなんて、そんなはしたない真似をさせる普通!?
「マルレーネ」
「な、何を!? 見なくてけ、結構です!」
両手で顔を覆うが、目の前にいる気配がする。とうとうカールハインツに手を取られ、それでも抵抗しようと固く目を瞑った。
「マルレーネ、目を開けて」
「名前で呼ばないで!」
「これを見てほしい」
「だから!」
右手を取られ、構わずその胸に触れさせられた。
とんだ破廉恥な行動に顔が朱に染まっていく。
そんな中指先に小さな違和感を感じた。
おそらく、以前見た傷に触れているのだと思った。
「分かるかい? マリーが今触れているのは、宝剣で貫いた証だ」
「……え?」
そう、っと目を薄く開き、指先を見る。
その周りは視界に入れないようにしながら、傷痕だけに集中する。
確かに心臓の辺りに短剣で貫いたような傷痕がある。
「時を戻る前は無かった。おそらく、ラルス殿下にもあると思う」
「それは……」
「ノワール公爵から宝剣でないといけないと指示された。王家と光の公爵家の血、それから闇の公爵家に伝わる禁術。それらが合わさって初めて時戻りの神問ができるのだと思う」
そうすると、ヴァイス様はこの宝剣の存在を知っている?
シュバルツ様はヴァイス様から聞いて、存在を確認しようとしているのだろうか……?
「シュバルツがどういう目的で宝剣が見たいと言っているのか分からないが、……ノワール公爵は警戒した方がいいかもしれない」
「ヴァイス様が黒幕だとでも言うの?」
「私は王家と光の公爵家の血をもって時を戻るとしか聞いていなかった。生贄を捧げて初めて時を戻れるかどうかの是非を問うという魔法という事を意図的に隠されていたのか、と」
「それは……」
「結果的に時は戻ったし、戻らなくてもあの世界にマリーとユリアーナはいないから未練も無いし別に構わないのだがな」
自嘲したような笑みを浮かべ、カールハインツは離れる。
やりきれない気持ちを発散させるかのように、グラスに酒を注ぎだした。
「生贄になると知っていたら、協力しなかった?」
今の口振りだと、そう言っていると思っても仕方ないだろう。
カールハインツはテーブルに瓶を置き、向き直る。
「愛する人のいない世界ほど空虚なものは無い。どちらにせよ、協力はした。二人が幸せになれるなら、命を捧げるくらいどうって事ない」
ユリアーナを失った時の彼を思い出す。
衣装が血で汚れるのも構わず亡骸を抱き締めて肩を震わせていた。
この男はどうしようもないくらいに大馬鹿者だ。
とんでもなく愚かで、無能で、不器用でヘタレ。
東国の彼女に言わせれば、罵詈雑言を浴びせられる程に愚か。
けれど、どうしてだろう。
私はこの人を心の底から憎めない。
我ながら簡単に絆されすぎよね。
自分でも思うもの。こんな男、やめときなさい、って。
ただ、一つだけ。
やり直しを望んでいても、自らの命を差し出せる人はどれくらいいるだろう。
確実な事は何も無いのに、聖剣で胸を貫けるのは、並大抵の覚悟では足りないだろう。
「あなたは……どうしようもない愚か者ね」
「……そうだな」
「……けれど、嫌いじゃないわ。時を戻してくれた事は感謝しているの。私もユリアーナとやり直せているのだもの」
神問はカールハインツとラルス殿下の生贄なくしては成し得なかった。
神様もおっしゃっていた。
三人の共通の願いが私の幸せなのだと。
だから神様も許可を出した。
まあ、私が厄災にならないためが大半の理由だろうが。
「マリー、……愛している」
カールハインツの言葉に息が詰まる。
許せない気持ちと、わずかな喜びと、今更という反発したくなる気持ちが混ざり合う。
「……やっぱり、私も飲むわ」
渦巻くものをやり過ごしたくて、グラスを奪い一気に飲み干す。
……久しぶりに飲んだせいか、一気に酔いが回り、視界がグラリと揺れた。
「マリー!」
カールハインツの慌てたような声を最後に私の意識は途絶え、気付けば私はベッドの上。
外は明るくなり、後ろから誰かに抱き締められている感覚をおぼえた。




