48.不穏の前の平穏
ティアナとクラーラが、無事に北の修道院に移送されたと、カールハインツから教えてもらった。
二人は要注意人物だからどこへ行くなどは秘匿され、誰にも知られる事なく粛々と刑が執行されたらしい。
「ロッテが私に盛っていた毒は、ティアナから手に入れたものだったのよね。その罪は無いの?」
「……それなんだが、ロッテがマリーに毒を盛っていたとき、ティアナは牢に入れられていた。フォルクハルトの面会も無かったそうなんだ」
どういう事だろう?
ロッテが毒を手に入れた経緯を言い出したのはカールハインツだったわよね?
「だから、この件でティアナを裁くには証拠が無い」
「でも、ティアナから毒を受け取っていたのは間違いないのでしょう?」
「ああ。前回の調査でティアナを介してフォルクハルトに近づき、受け取ったと分かっている」
「その方法は? どんな方法で紹介したの?」
カールハインツは眉を顰め目を瞑り、記憶を手繰る。
だが、薄く開いた瞳に希望は宿っていなかった。
「……ダメだ、肝心なところが思い出せない」
「重要な部分じゃないの? 何とか思い出しなさいよ」
「確かに前回の記憶はあるが、日にちが経つにつれておぼろげになっている。それはマリーも同じではないのか?」
言われてみれば、時を戻ったときから日にちを追うごとに記憶は薄れてしまっている。
あるのはユリアーナだけを守りたいという強い気持ちと後悔。
「できれば思い出して。……何だか嫌な予感がするのよ」
定めに抗っているつもりが、何故か大きく正されているような不安感。
人がどれだけ抗おうと、大きな流れには逆らえないだろうと嘲笑うかのような不安が付きまとっている。
「マリー、大丈夫だ。これからは何があっても、俺が守る」
カールハインツの言葉に、少しだけ、ほんのちょぴっとだけ、不安が薄くなる。
王宮へ出仕する彼の背中を見つめながら、漠然と消えないものを必死に呑み込んだ。
「ねぇ、お母さま。お母さまの、好きなものは何ですか?」
カールハインツを見送ったあと、家庭教師が来る前にユリアーナがそわそわしながら上目遣いに聞いてきた。
急に何を言い出すのだろう?
「どうしたの? 好きなもの、って……」
「あー、えと、その。お友だちとね、お話に出てきたの。お母さまたちの好きなものって何かしらって。それで、次のお茶会までにそれぞれ聞いてこようってなったの」
焦りながら話すユリアーナは、きっと何かを隠している。
完璧に見えてこういうところはまだ子どもなのだと思えば、自然と頬が緩んだ。
「そうね。お母様はユリアーナが大好きよ」
「っそ、そ、れは、えっと、嬉しい……です」
もじもじしながらはにかみ、照れたように微笑う。
……可愛い。可愛すぎるわ。娘が可愛すぎて顔がニヤけてしまう。
「あ、えと、嬉しいのですが、私以外! 私以外で好きなものはありませんか? 欲しいものとか!」
「ユリアーナ以外? ……そうねぇ」
好きなものと言われて、パッと思いつかない。
自分がいかに空っぽに生きてきたか、自己嫌悪してしまった。
「ごめんなさい、今は思いつかないわ。考えておく、でいいかしら?」
「分かりました。お母さまへの宿題にします。お勉強が終わるまでに教えてくださいね!」
お約束ですよ、と言い残し、ユリアーナはもうすぐアマランス侯爵夫人がやって来るからと私室へ帰って行った。
私の好きなものや欲しいもの……
改めて考えるが、思いつかない。
宝石やドレスは望まなくても手に入るし、そもそも大抵のものはすぐに手にする事ができるから物欲が無いのかもしれない。
唯一、ユリアーナは大好きと胸を張って言える。
私が欲しいと思うのは、ユリアーナの幸せだ。
それ以外は望まない。
……でも、ユリアーナはそういう答えを望んではいないのよね。
急にどうしたのかしら。
結局家庭教師の時間を使ってウンウン唸って考えたが、これといって好きなものが浮かばなかった。
「お母さま、考えてくださいましたか?」
「えっ? え、ええ、も、もちろん!」
「では改めて、好きなものを教えてください」
「好きなもの、好きなものね。ええ。えっと、そ、そう、アレよ、アレ。あー、先日のお茶会で聞いたのだけれど、新しく王都にできたスイーツの専門店があるらしいの。だからそこのスイーツとか、いいかなぁ、って」
苦肉の策で思いついたものを言えば、ユリアーナはきょとん、とした顔をしている。
「食べた事無いのに、好きなのですか?」
「え、ええ、とても! 好きというより気になると言ったほうがいいかしら。だからユリアーナと一緒に行きたいな、って」
ユリアーナのまんまるな瞳が大きく見開く。
スイーツ大好きなユリアーナと一緒に食べたらきっと美味しいだろうな。
「わ、分かりました。その他は何かありませんか?」
「その他……その他はええと」
「んもう、ちゃんと考えてくださいねと言いましたのに!」
「ごめんなさい」
ぷん、と頬を膨らませてしまったユリアーナは、むぅ、と口を尖らせた。
新たな娘の一面を見れて、母は幸せです。
「仕方ありません。……そういえば、次のお茶会なのですが、マルテと護衛と一緒に行きますね」
「もう?」
「ええ。シュバルツ様とエルナ様の所でもできましたから」
人数が増えた分、一巡くらいはするかな、と思ったが、どうやら子どもたちは大人の知らないところで成長しているらしい。
まだ六歳なのに、親元を離れて独り立ちしようとする姿に胸がきゅっとなる。
「分かったわ。お母様の見ていない所でも、しっかりとご挨拶してね。相手のお宅にご迷惑をかけてはダメよ」
「大丈夫です! そう言えば、その次はまたここでするのですが、シュバルツ様がブランシュ公爵家の宝剣を見たいと言ってました」
「ブランシュ公爵家の宝剣?」
確かに貴族家には宝物庫がある。それぞれの屋敷に家宝と言われる財宝があると聞いた事はある。
特に公爵家に伝わる家宝は、魔術要素が高く、何らかの作用があると昔家庭教師から聞いた気がする。
ただそれは伝説的存在で、あるかどうかを確認できるのは当主のみ、だとか。
「お母様はよく分からないから、お父様に聞いてみてもいいかしら?」
「分かりました。私も見てみたいです」
ユリアーナは期待の眼差しで見つめるが、シュバルツ様はその存在をどこで知ったのだろう?
「……シュバルツ様といえば、お兄様がいるそうなんです」
疑問を抱えていると、ユリアーナがぽつりと呟いた。
「遠くから睨んできて、何だか嫌な感じでした。お茶会の時もつん! てしてましたし」
ムッとした顔のユリアーナは、お友だちになれなかった事が悔しいのかもしれない。
その子の存在は私も知らない。ノワール公爵家に行った時は姿が見えなかったから、領地にいたのかもしれない。
「お友だちになりたいって言っても、ぜーったい嫌って言います」
ユリアーナがここまで悪感情を見せるのは初めてかもしれない。
誰とでもにこやかに話していたから、むしろこれは……とちょっと母の中の勘がムズムズする。
「恥ずかしがり屋さんなのかもしれないわよ。男の子はそういうところあるみたいだから」
「……照れてるだけで睨むなんて、紳士らしくありません」
カールハインツに聞かせてあげたいわ。
あの人も冷たくあたっていたのは照れているだけだったらしいから。
ユリアーナは面白くないようだが、私としてはユリアーナの違った一面が見られて微笑ましい。
まあ、傷付けられるような事があれば容赦はしないけれど。




