47.泡沫の夢の中【side ユリアーナ】
夢の中で私は、いつも独りでした。
物心ついた頃には私は侍女長に育てられていました。
私を生んだ母は小さな頃に亡くなり、ずっと家にいなかった父は間を置かずして再婚。
新しく来た母と父に似ていない姉は、いつも私をバカにしていました。
それから程なくして、父から急にお城へ連れて行かれ、「婚約者だ。仲良くしなさい」と言われて男の子を紹介されても、どうしたらいいか分からず何も話せませんでした。
それでも話しかけてくれるから答えて、仲良くしろと言われたから仲良くしていました。
学園に通い出すと、婚約者は義姉と仲良くなり、なぜか私に文句を言うようになりました。
「誤解だ」と言っても「ただ気をつけてくれたらいい」と言われ、私の主張は聞かないのに義姉の言葉は親身になって聞いているので、どちらが婚約者か分かりませんでした。
次第に話しかけられても疲れるから彼を避けはじめ、一人でいることが多くなりました。
静かな図書館や、広庭にある小さな四阿が私のお気に入りの場所でした。
伯爵令嬢のエルナ様と出会ったのは偶然で、借りたいな、と思った本が同じだったのです。
それから少しずつ話すようになり、仲良くなりましたが、私は婚約者である王太子殿下から疎まれているので、あまり一緒にいない方がいいと、表立っては親しくしないようにしていました。
だから、ずっと、一人でした。
婚約者の友人のシュバルツ様は、時折気まぐれに話しかけてきますが、明確なことは何もなく、何をしたいのか分かりませんでした。
シュバルツ様は、その後、エルナ様と婚約していたので、きっとエルナ様から何か聞いていたのでしょう。
そんな私は、あの日、婚約者から婚約破棄を言い渡され、なぜか義姉の命令で殺されてしまいました。
もう、いいや。
誤解をとくのも、違うと主張するのも、一人でいるのも飽きたので、向かってくる刃から逃げずに受け入れました。
何も感じなくなれば、寂しさも、悲しみも、虚しささえ終わります。
だから、もう全てを終わらせて、お母さまに会いに行こうと思っていたのに……。
気がつけば、私は六歳になる前に戻っていました。
もしかしたら先程までのことは全て夢だったのかもしれない。
そう、思っていたら、生きているお母さまから抱きしめられました。
私は混乱して、どうしていいか分かりません。
「ごめんなさい。あなたを一人にしてしまったわ」
そう言って、強く抱きしめられました。
お母さまは細くてガリガリで柔らかくはなかったけれど、温かくて生きています。
初めて抱きしめられて、背中をぽんぽんするとさらに腕の力が強くなりました。
ちょっと苦しかったけれど、私はこれは夢の続きなんだと思って、夢ならば私がちょっとくらいわがままを言っても許されると思って、たくさん、たくさん、わがままを言いました。
お母さまは何でも叶えてくれました。
お話したかったことも、クリームたっぷりのパンケーキも、お友だちとのお茶会も、デニス様が寂しそうにしているからお母様に会わせてあげたいと思った事も。
ラルス殿下の婚約者にはなりたくありません。
夢のようにはなりたくありません。
ラルス殿下と婚約したら、お母さまがまた死んでしまうかもしれない。
王宮のお茶会でお母さまは私を守ってくれました。
使用人たちから虐められていた時も、守ってくれました。
お父様はいまいち頼りにならないから、今度こそ私がお母さまを守ってあげないといけないのです。
そのために私は、ブランシュ公爵家の後を継ぐことに決めました。
お母さまを守るために、味方は沢山ほしいところです。
もしかしたらラルス殿下に立ち向かわなくてはいけないかもしれません。
私は片っ端から声をかけていきました。
夢の中で見た私に剣を向けた人も、強いかもしれないから味方にする事にしました。裏切られてもいいように、沢山の人を味方にしました。
お母さまが生きている。私はそれだけで幸せです。
ラルス殿下のように弟妹はいりません。
お母さまにずっと甘えたいから。お母さまを独り占めしたいから。
できれば、お父様も……でも、ワガママは言いません。
でも、これは夢なのだから、少しくらいワガママを言ってもいいかもしれないと、最近はちょっと思います。
「実はね、シュバルツ様と婚約したの」
ある日、友人が増えても仲良くしていただいているエルナ様から、照れたように言われました。
二人は最初から仲が良く、夢で見た二人も婚約者同士だったので、そうなるだろうな、と思っていました。
「おめでとう。打診はシュバルツ様から?」
「ありがとう。そうよ。シュバルツ様からこれからもよろしくって言われたの」
頬を赤らめたエルナ様はとても可愛らしい。
私もいつかは誰かに頬を赤くする時が来るのかな?
「ユリアーナ様はまだ婚約はなさらないの?」
「ええ。私はブランシュ公爵家を継ぐから……」
そう話している時、ふと誰かに見られている気がして目線を向けました。
そこには、確か先日のお茶会にもいたような気がする、少し年上のお兄さんがいました。
どことなくシュバルツ様に似ている方です。
「……? ああ、あの方はシュバルツ様のお兄様だわ」
「シュバルツ様のお兄様? ……お兄様がいたの?」
「ええ。お母様と領地に行かれているお兄様がいると言っていたわ」
それは初耳でした。
今日はノワール公爵家でのお茶会なので、確かにいても不思議ではないけれど……
「ここにいらっしゃるという事は、帰って来られたのかしら……?」
「そうよね。そうなるわよね」
シュバルツ様のお兄様は黒い髪を靡かせ、くるりときびすを返して行ってしまった。
鋭く睨まれていたのは気のせいでしょうか。
誰を睨んでいたのかは分かりません。
目線の先は……私だったのでしょうか?
漠然とした不安で、私の気持ちがざわざわとしていました。
それと同時に、どこか懐かしいような気もしました。
けれどそれはエルナ様とのお話しているうちに忘れてしまいました。
その後、他の友人と話している時に、気になる話題が出ました。
「お母様ったら、私が好きなものが出るとすぐに『これ好きでしょう?』って言ってくるの。嬉しいのだけれど、ちょっと恥ずかしくなるのよ」
それは、ある令嬢が、晩餐などで好きなデザートが出てきたら、お母様から譲られるというものでした。
そこで私はふと思いました。
お母さまの好きなものって、何だろう。
もう少ししたら、お母さまのお誕生日のはずです。
……私が何かあげたら、喜んでくれるでしょうか。
帰ったら好きなものを聞いてみようかしら。
「それでね、ユリアーナ様」
──お友だちとの話の間中、視線を感じると、またシュバルツ様のお兄様がいらっしゃいました。
目が合うとすぐに逸らされてしまうのですが、言いたい事があるなら言えばいいのに。
これからここに来るときは、また会うかもしれません。
その時は夢とはいえ、粗相の無いように気を付けようと思います。




