46.親子の気持ち
アルビーナ様とデニス様は、別の場所に移動して母子の時間を過ごしていただく事にした。
お互いしっかりと手を握り歩いて行くとき、デニス様がとても嬉しそうにしていたのが印象的だった。
私がカールハインツと離縁すれば、ユリアーナに寂しい思いをさせてしまうだろう。
デニス様が生まれた時から母親と一緒にいたのに対し、ユリアーナは生まれた時から親と触れ合う機会は無く、時を戻ってようやく向き合えるようになった。
離縁してしまえば、それができなくなってしまう。
ユリアーナはそれを望まないだろう。
私に同調し、カールハインツに幻滅し避けてはいるが、心のどこかでは求めているようだった。
本当は甘えたいのだろうと思う。
先日、カールハインツに言った事は本音でもある。
愛し合う夫婦には戻れなくても、ユリアーナを間にして家族としてならば、これからもできるのではないかと思っている。
「マルレーネ様、ありがとうございました」
お茶会がつつがなく終わり、アルビーナ様とデニス様も別れる時が来た。
「ゆっくり話せたかしら?」
「ええ。……デニスのためにも、もう一度カルトと話す必要がありそうな気がいたしますわ」
息子を見ながらアルビーナ様は微笑う。
私も同じような気持ちを味わったから、再構築するのは険しい道とは理解している。
一度壊れたものを再び作り上げるのには、まず粉々になったものをきれいにし、そこから新たな関係を築かなくてはならないため、何も無かった頃のようには戻れず、時間も労力もかかる。
だからこの先アルビーナ様たちがどうなるかは分からない。
それでも、デニス様の気持ちを汲み取り、納得いくまで話し合ってほしいと願う。
「仲立ちが必要ならいつでも言って。絶対的な味方として駆けつけるわ」
「ふふっ。とても頼もしくて心強いわ。……ありがとう、マルレーネ様」
以前の夜会の時、エッカルト様を跳ね付けたが複雑な心境だっただろう。
だが今は母として、子のために生きようとする力を感じる気がした。
「母上、また会えますか?」
「ええ、もちろんよ。……デニス、お母様はいつでもデニスの味方よ」
「……はい、お母様」
デニス様はズボンをぎゅっと握り締めて唇を引き結び、涙をグッと堪えている。
アルビーナ様はハイツマン伯爵邸へ、デニス様はボルク伯爵邸へそれぞれ帰る。
それぞれ違う馬車に乗り、窓越しに見つめ合う姿は、その場にいた誰もが胸を締め付けられるような思いがしただろう。
今回デニス様の保護者はおらず、侍女と護衛のみが付き添いに来ていた。
エッカルト様は謹慎中で、ボルク伯爵夫妻は息子の後処理で未だ多忙だからだ。
次回の交流会でも、他の参加者からアルビーナ様を呼びたいと思っていただけたら、ユリアーナの作戦は成功したと言ってもいいだろう。
その日の晩餐を終え、食後のデザートを嗜んでいる時、仕事でいなかったカールハインツがユリアーナに話し掛けた。
「ユリアーナ、今日はすまない。お茶会はどうだったかな?」
「特に何もありません」
ツン、として突っぱね、上手に切り分けたケーキを口に運ぶユリアーナに、カールハインツはたじろいだ。
「つ、次は一緒に参加できるように調整しようと思っている」
「ご無理はなさらないでください。お父様がいなくても、お母さまがいますので」
……これは前途が多難である。
ユリアーナも拗ねているだけだとは思うが、仲が改善されるきっかけのような出来事があればいいのだが。
「それより、王子殿下を私の婚約者にしないでくださいね。私は、ブランシュ公爵家を継ぐのですから」
「わ、分かっている。王太子殿下にも何度も伝えている」
「何度も、って、そんなに言われているのですか?」
「……会う度ユリアーナに会わせろと言われるんだ。だが当主教育の準備があるからと断っている」
先日のユリアーナを見れば誘いたくなる気もするが、当の本人の意思を無視されると王家に反発したくなってくる。
これが続けば革命も止む無し、と思ってしまうから我ながら恐ろしい。
「そのままお断り続けて下さいませ。ユリアーナの婚約者はこちらで決めます」
「ああ、それは絶対だ。……だが、少し気になる事があるんだ」
カールハインツが言い難そうにし、逡巡している。
もったいぶって、一体何を気にしているのだろうか。
「お父様、気になる事とはなんですか?」
「……ああ。その前に、ユリアーナ。ユリアーナはブランシュ公爵家を継ぐ。この意思は変わらないね?」
「……はい」
カールハインツの言葉に、ユリアーナは真剣な眼差しをして短く、だが力強く答えた。
「これからユリアーナには淑女教育に加え、当主教育もしていく。そして、既に習っているだろうが、公爵家は血を繋ぐ義務がある。……ラルス殿下が立太子しなくても、ユリアーナの婿として打診される可能性がある」
……そうだわ。
ラルス殿下が立太子しなくても、いずれは誰かと結婚する可能性はある。後継者ではないのだから、どこかの婿として入る事もできるのだ。
ラルス殿下の弟妹が生まれ、臣籍降下が確定したら、婿にどうかと打診されそうな可能性は確かにある。
「ユリアーナは、ラルス殿下をどう思う?」
「っ、当然、こと……」
私の言葉を、カールハインツが目で制した。
前回の記憶がある私に、断る以外の選択肢は無い。
だがユリアーナには記憶が無い。いわばラルス殿下に対してはフラットな状態だ。
「私は……」
「ユリアーナの素直な気持ちを言ってほしい」
ユリアーナは考えるため、持っていたフォークとナイフを置いた。
「まだ分かりません。ラルス殿下とはあまりお話しできていませんから……」
目を伏せ、俯くユリアーナ。
確かに過去二回の交流会では、ユリアーナはラルス殿下と話そうとするより他の寂しそうにしている参加者に話し掛けて友情の輪を広げていた。
「分かった。気持ちを聞かせてくれてありがとう」
カールハインツの言葉に、ユリアーナは顔を上げた。
何かを言いたそうにして、けれども何も言えずに再びデザートを食べ始める。
そんなユリアーナを、カールハインツは優しい眼差しで見つめていた。




