41.小さな希望
「あの、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
ラルス殿下がおずおずと手を挙げられたので頷いて続きを促す。
「僕たちは時戻りの魔法で、記憶を持っているかは定かではないと言われて戻りました。それは魔法の力で記憶がある可能性を持って遡れるという理解です」
なるほど、と相槌を打ち、さらに続きを促す。
「魔法に関わっていない、公爵夫人に記憶があるのは、何故なのでしょうか? 時戻りの魔法が使用された場所にはいなかったのですよね?」
ラルス殿下は時戻りの魔法の影響で記憶がある無しが関係あると思っているのだろう。
そうすると、使用者のヴァイス様もあるのかという話になるが、そういう素振りは無かったな。
「私は神様から言われたからでしょうか」
「神様?」
「ええ。殺されたユリアーナはさっさと楽園に昇っていました。ですがこのままは無念だったので祈ったんです。そしたら、神様が現れて、時戻りの魔法が使用されたから許可を出した、と言われました」
二人は再び驚きの表情をしている。
魔法だけではない事に気づいただろうか?
「許可を出した、とは……?」
カールハインツに尋ねられ、どうしようかと悩んだが隠す程でもないかな、と打ち明ける事にした。
「神様いわく、時戻りの魔法は生贄二人を捧げ、神問いをし初めて発動する禁忌魔法だそうです」
「なっ……」
「まさか……」
二人は何度目かの驚きの顔を見せる。
実際に見ていないからどのようにするかは分からないが、目の前の二人は生贄になった張本人だ。
「待ってくれ。それじゃあ、神問いをして、神が否定すれば死に損……?」
カールハインツの問いに微笑みを返す。
何故闇の属性なのかがよく分かる発動条件だと思うわ。
ラルス殿下は涙目になった。
「ノワール公爵は知っていたのか?」
「そもそも魔術師に記憶はあるのか?」
「私から見ればヴァイス様に記憶があるようには見えませんが……」
とはいえ、以前からヴァイス様は柔和な笑みを浮かべて考えが読めない人だったからなぁ。
あの笑顔の下にどんな顔を隠しているのやら。
「ちなみに神様いわく『時間を戻す事を簡単に考えるのではない。過去が変われば未来も変わる。たった一人を生かすだけで、大きな影響を及ぼすだろう』と言ってました。イルゼ様の懐妊も、前回ではなかったことです。……リュディガー殿下の庶子も、生まれるか定かではありません」
二人はごくりと生唾を飲む。破滅の記憶を持っているからこそ、次は無いと自覚したのかもしれない。
神様からの言葉を重く受け止め、慎重に行動してほしいものだわ。
「時が戻ったことは奇跡なのだな。今度こそ無駄にしないようにしっかりとしなければ」
ラルス殿下は険しい顔をして唇を引き結ぶ。
彼が変わってくれるならばユリアーナの幸せにグッと近づくだろう。
「……神はなぜ時戻りの許可を出したのだろうな」
カールハインツが呟く。……やはりそこ気にしますよね。
「マリーは知っているか?」
「えっ? え、えぇ、まぁ、どうかなぁ?」
「……ご存知ならば教えていただけませんか?」
二人に縋るように見つめられ、気まずくて目線をずらした。
自分が世界の破滅の原因です、厄災の張本人です、って言うの、何というか、危ない人みたいじゃない?
だが、私がユリアーナの命を脅かす存在になるのは不本意だ。神様の言い方では、人は生きている上でいくつもの分岐点に立たされる。それがきっと、今なのだと思う。
「私が……ユリアーナを殺されて、世界に呪いを振りまく厄災になって世界が滅びたから、らしいわ」
二人は訝しげな顔になる。そりゃそうよね、荒唐無稽すぎるもの。
ずっと放置していた娘に取り憑いて、一人前に母親面して、挙げ句の果てには世界を滅ぼす存在になっただなんて、どこのホラ吹きよ、って。
「それは……僕がそうさせてしまったんですよね」
ラルス殿下は俯き、膝を握り締めた。
「いや、私だろう。二人を顧みなかったから……」
カールハインツまで神妙な顔をしている。
二人の落ち込みようを見れば、流石に大丈夫だろうか、という気にはなる。
「ま、まあ、確かに二人が原因の一旦ではあるだろうけれど、私も、ね、ほら。ユリアーナを遺して勝手に死んで未練タラタラしてユリアーナに取り憑いてたわけだし。それに、神様が言うには私が厄災にならないための解決方法はあるみたいよ?」
焦っていらないことまで言ってしまった気がするわ? 現に二人の瞳が、希望が宿ったかのようにキラキラとしているから。
「そ、それはどういう……」
「マリー、教えてくれ。きみを厄災にしないための方法を」
二人との距離は縮まっていないはずなのに、精神的にジリジリとにじり寄られている気がするのは私の気のせいだろうか?
……これ、もしかして、私への仕返し? 仕返しですか? 神様?
「そ、それは……」
「それは!?」
ごくりと二人の喉が鳴る。
「〜〜ぁあ、もう! これは神様から聞いた話で、私の意思では無いことはあらかじめ言っておくわよ?」
「ああ、何でも構わない。知っていることを教えてくれ」
よりにもよって本人を目の前にして言わなければならないこの屈辱。神様、絶対に許しませんから!
「私が厄災になる原因は、闇に囚われているから。闇を打ち消すには光が必要。光の根源は慈しみ。誰かを愛し、誰かに愛される事でその力を増すから……」
そこまで言うと、ラルス殿下がカールハインツを見た。
カールハインツの、私への視線に熱がこもる。
「私はマリーとユリアーナを愛している。……今は信じられないだろうが、今度こそ二人を守ってみせる」
この状況で真剣な眼差しを向けられても、闇に囚われないために義務で愛するみたいになるのでは? と思うと素直に受け止められない。
カールハインツの言葉に答えられないでいると、私の膝を枕にして眠っていたユリアーナが身動ぎをした。
「……ん……ここは……っ! お母さま」
「目が覚めたわね」
がばっと起き上がり、目を見開いたユリアーナは、まだ寝起きの頭で状況が掴めていないようだ。
キョロキョロと辺りを見回し、ラルス殿下の姿を見て私にしがみついてきた。
「え、と……、王子殿下……? お見苦しい姿を見せてしまい申し訳ございません」
「いや、構わない。体調が悪いわけではないのだな?」
「はい、大丈夫です。眠たくなっただけです」
ユリアーナは失敗した、と思っているかもしれないが、ラルス殿下はその姿を見て瞳が潤んでいる。
自分が殺してしまった相手が、時を遡ったことで生きているのだ。
あのユリアーナを殺したことは許されないが、今生きているユリアーナを見て、少しでも彼の悪夢が晴れるといいと思う。
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大変お待たせして申し訳ございません。
五月頃には本業が落ち着いてきたのですが、帯状疱疹になりまして執筆に集中できませんでした。
現在は治療して痛みもなく、毎日少しずつ書いています。
できれば毎日更新したいところですが、作者の脳内が混み合っているため上手く出力できなかった場合は不定期になります。
それでも今夏の完結を目指しておりますので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。




