40.何度目かの溜息
茫然自失、戦意喪失、燃え尽きた灰、風前の灯。
カールハインツは己の無力さに真っ白になっている。
「まあ、私は別に構わなかったのよ。クラーラがあなたの娘でも、ティアナを愛しているから邪魔者がいなくなったらすぐに後妻に迎えたかった気持ちもよく分かる。でも、ユリアーナに危害を加えていた事は許せない。
ねえカールハインツ。あなたがユリアーナに冷たくする必要あった?」
「……私がユリアーナを可愛がると、二人が……ユリアーナに危害を加えると思った……」
「あなたから顧みられないと知って、むしろ悪化していたわよ」
カールハインツは唇を震わせて頭を振る。
まさか、そんな、とは言うが、時を戻って来た時の使用人の態度を思い出してほしい。
「あなたはブランシュ公爵家当主なの。その当主が冷遇する子を、どうやって使用人が可愛がれるの? それでも優しい使用人がユリアーナの面倒を見れば、あなたの寵愛を得ている二人からも嫌がらせされるかもしれない。マルテやクラークは勇気あるわよ。そんな中でユリアーナに目を掛けてくれていたのだから」
実際、前回のユリアーナは食事の品数が少なかったり、休憩のお茶の時間におやつが無かったりした。
クラークがこっそりと食事やおやつをあげてなかったら、ユリアーナはガリガリに痩せ細っていただろう。
もっとも、そちらの方がまだ異常に気づけたかもしれないが。
「……知らなかった……。ユリアーナ嬢がそんな……」
どいつもこいつも目が節穴ばかりで、そりゃあ国が滅びるわけよね。
「あなたたちは本当に、ユリアーナに関心が無かったのね。小さな変化にも気づかないなんて、それで愛しているとか言うから鼻で笑っちゃうわ」
二人とも気まずくて俯いた。
愛しているの対義語は無関心とはよく言ったものだわ。
「すまなかった。ユリアーナに……なんと言えば良いか……」
「あなたたちが謝るべきユリアーナは死んでしまったわ。今のこの子には前回の記憶は無い。……許されない罪を一生抱えていればいいんじゃない」
思えば被害者は全てを忘れ、罪悪感と後悔を自覚した加害者が全て覚えているってある意味残酷かもしれない。
どんなに心から誠心誠意の謝罪をしても「なんのこと?」で終わってしまう。
まあ、それはこの二人だけの話ではないだろうけれど。
「すまない、マリー。私は……謝っても許されないことをしてしまった。遅いかもしれないが、時を戻ったならばこれから挽回していくつもりだ。
ユリアーナも……さすがに……抱っこすら拒絶されるのは……」
先程ユリアーナが拒否したのが案外堪えているらしい。
仕方ないわよね。ユリアーナにとって、カールハインツは今まで家にいなかった父親という名の他人だもの。
血の繋がりはあるが、接してこなかった分心の距離は開いたままだ。
血が繋がっているから初対面でも父親が分かるなんて幻想に過ぎない。
自分の孤独の一因にもなっている人に、眠たいときの無防備を晒すわけにもいかないだろう。
「まあ、ちゃんと誠意を持って接すれば、いつかはハグくらいはできるんじゃない?」
カールハインツは真剣な眼差しで頷いた。
夫婦としては難しいが、ユリアーナの父親として頑張っていけばいいんじゃないかしら。
「僕は……無理だろうなぁ……」
一方のラルス殿下は、力無く「はは」、と笑った。
まさか今の状態で狙っていたのだろうか、と再び警戒する。
するとラルス殿下は小さい溜息を吐き、言いにくそうな顔をした。
「父と……祖父から言われたんです。ユリアーナ嬢を婚約者としてはどうかって」
「はぁあ?」
先日イルゼ様に丁重にお断りしたはずだ。
今度は国王陛下と王太子殿下なの?
「ユリアーナ嬢がみんなと仲良くなっているのを見て、相応しいと思われたみたいです。
ただ、僕の立太子もまだ保留中で……」
ああ、確かにお友達の和を広げていたユリアーナは、誰からも好印象を持たれていた。
派閥も関係なく、それはそれは仲良くできていた。それが王子妃として見出されたなんて。
「でも、殿下は王太子にはならないんですよね?」
「そのつもりはありません。記憶が無いならまだしも、失敗したことを覚えている以上は無理でしょう?
父には『自信が無い』と言っています。ですが、ユリアーナ嬢という後ろ盾も相応しい子が婚約者となれば、立太子が近づきます」
そうすればまた過ちを繰り返してしまうかもしれない、とラルス殿下は頭を抱えた。
彼にとって前回の生がある意味でトラウマなのかもしれない。
「それならば私も先程王太子殿下に打診された」
「はぁ!? いつの間に!」
カールハインツは真剣な眼差しで言った。
「だが、断った。ユリアーナの意思がその気ではないことと、それに……マリーが心身摩耗状態で王子妃の母としての品格が問われると」
「はぁあああ!?」
ユリアーナが王子妃になれないのは私のせいとでも言うのかしら!?
失礼極まりない発言に腹を立て、だが、ふと思い立つ。
私が先程のように取り乱す人として振る舞えば、王子妃の身内でそれどうなの? と言われるだろう。
それを逆手に取れば、断りやすい。
「いいわ。ユリアーナの品位は申し分ないけれど、ブランシュ公爵家としては醜聞もあるし、私の状態もあるから足を引っ張りかねないという理由から辞退いたします」
死んでいたときに知り合った東国文明に詳しい人の話によれば、「王太子の婚約者なんて大抵母親は幼い頃に死んで父親は愛人を後妻にして婚約者と数ヶ月しか違わない異母妹がいるんだよね。醜聞の塊だからいつか足をすくわれるよね」と言っていた。
だから今更と言われる気もしないが、ユリアーナの幸せのために私も泥を被りましょう。
「それと、……親としての一意見なのですが」
少しばかり言い難いが、念のため釘は刺しておこう。
「ラルス殿下の精神は時戻り前の18歳くらいでしょう? 見た目は幼くても……いい年の大人が6歳の少女に……その、懸想するのはいささか問題が生じるのではないでしょうか」
ラルス殿下は目と口を開いて驚愕の表情を浮かべた。いくらユリアーナが可愛いからといって、幼女趣味はいただけない。
見た目的に問題なくても、気持ちの面で疑問が残る。
「……そう、ですよね……。……はは……は……はぁ……」
ガックリと肩を落としたラルス殿下。先程の態度を見ても、惹かれていたのかもしれない。
「それと、ユリアーナは公爵家を継ぐ気でいます。今の所ユリアーナに弟妹を、という気も無いので……王家には嫁げないかと」
「でも、前回は婚約できていましたが」
「それは……クラーラがいたからでしょう?」
あの頃はクラーラはカールハインツの子と思っていたからブランシュ公爵家の後継にするつもりだと思っていた。
直系の儀式をすればクラーラの子孫でも構わないだろう。
「それはない! ユリアーナを殿下の婚約者にする時点で、ユリアーナの二人目の子か、無理ならば傍系から養子を貰おうと思っていた」
カールハインツが蒼白になりながら叫ぶ。
「それって、ユリアーナが白い結婚でもさせられたら計画台無しですよね? 傍系から貰うにしても、当主教育はどうするつもりだったんですか?」
カールハインツまで目と口を大きく開いて、ガックリ項垂れた。
……この二人にとって、時を戻ってよかったのだろうか。
生き恥を晒しているだけのような気がして溜息を吐いた。




