39.私は全てを知っていた
ラルス殿下が泣きやんで──本人としては泣いていないつもりだろうが──落ち着いて深呼吸をする。
「……すまない、取り乱してしまった。私はこうして罪を背負い、許される事もないだろうから、王位継承権は放棄するつもりでいます」
だから両親の仲を取り持ち、自分以外の継承者を作らせた。
その覚悟はせめて認めよう。
「分かりました。それで、具体的にどのような……」
「ちょっと待ってくれ」
ラルス殿下が今後どのようにしていくのか尋ねたかったが、横槍を入れられた。
入れたのは存在感が薄すぎて空気になっていたカールハインツだ。顔を見て、あ、そういえばいたんだっけ、と思い出す。
そのカールハインツが戸惑ったような顔をして口を出してきた。
「私も……私にも、前回の生の記憶がある。ノワール公爵の魔法で、ラルス殿下と共に生贄となったから」
……まあ、そうだろうな、そうかもしれないな、と薄々は感じていた。
一応、この人の態度も変わったと言えるだろうから。
「時戻りの魔法に関連して、私とラルス殿下に記憶があるのは理解できる。だが、マリーは何故……? 何故きみが、ユリアーナの最期を知っている?」
カールハインツの疑問はもっともだろう。前回の私はユリアーナが今くらいの年齢の時にアッサリと死んでしまっていた。
カールハインツからすれば、その場にいなかったのに、と言いたいのだろう。
「……簡単な話よ。私も……その場にいたもの」
二人の目が驚愕で見開かれる。
カールハインツに至っては、眉を顰め目を泳がせ、信じられないとでも言いたげな顔をしている。
「だが、マリー、きみは前回の時は……」
「死んでいたわね、肉体は。ロッテの策略と、アルコールで」
悲痛に顔を歪めるカールハインツ。
前回はアッサリと殺されてしまった。これは私の自業自得もある。
「けれど、私は幽体となってずっとユリアーナのそばにいたわ」
「……っ!? まさか……!」
二人が驚くのも無理はない。
人は死ねば皆平等に楽園か地獄へ行くと言われているもの。
死んでこの世界に居座っているなんて、誰が予想できるだろう。
「嘘じゃないわよ。真冬の寒い季節の中、孤独に……誰にも看取られずに死ぬと思っていた。けれど、死にかけた私の手を……この子は握ってくれたの。それで自分の愚かさと過ちを後悔して、楽園にも地獄にも行けなかった」
時を遡り、色々な事は少しずつ忘れてしまっているが、あの日の小さな手の温もりだけは忘れない。
あの手が、私をこの世界に引き留めたのだ。
「ちなみに、いつから……?」
「死んでからすぐ。ユリアーナのそばにいたわ。だから……私が死んで喪も明けないうちにティアナを後妻に迎えた事も、ティアナとクラーラがとても楽しげにユリアーナを冷遇していた事も、そんなクズなあの二人をあなたがそれはそれは慈しんでいた事も、ぜーんぶ、見ていたわ」
ニッコリ笑って言ってやると、カールハインツは顔を真っ青から真っ白にして燃え尽きた灰のようになっていた。
「勿論、ラルス殿下がユリアーナを遠ざけて、クラーラに傾倒していた事も、二人とも『そんな気はない』と言いながらティアナとクラーラにひっつかれても引き剥がさなかった事も、ぜーーんぶ、覚えているわ」
ラルス殿下にも笑顔を向けると、こちらも酸欠の魚のように口をパクパクとさせて白目を剥いていた。
「二人とも、よっぽど、ティアナとクラーラを愛しているのだなぁ、って思っていたから……」
「「そんな事は無い……っ!!」」
二人の声が見事に重なる。
まあ、浮気相手にデレデレしている姿なんて、汚物でしかないものね。それを見られていたと知れば……頭を抱えて唸るしかないのかも?
「ティアナを迎えたのは……、彼女がフォルクハルトと繋がっていると思ったからだ。決して、愛していたわけでは……、っは……だから……だから、クラーラが……私の子だと……思われて……いた……?」
カールハインツはガックリと項垂れてしまった。
見通しの甘過ぎるこの人が宰相だった国なんて、そりゃあ滅びるわよね。笑える。
「ラルス殿下も、ブランシュ公爵家との仲を深めるためにクラーラと仲良くしていたとか言っていたかしら。クラーラはフォルクハルトの子らしいから、ブランシュ公爵家の血は一滴も入っていないわね」
「あ……ぅ……ぅう……」
正しい道を見誤り、邪な道を歩いたあと再び正しい道に戻る。我に還った時それがいかに愚かでバカバカしい事だったか突き付けられる瞬間って、とても残酷だ。
己の恥を惜しげもなく公前に晒し続けていたのだから。
頭を抱えて唸るしかできない二人。
そんな二人の苦悩など知らず、穏やかな寝息をたてるユリアーナ。
私も他人の事を言えた義理ではないが、人間真っ当に生きるのが一番健全だな、と思う。
「そういえば、クラーラがブランシュ公爵の血を引いていないなら、何故喪も明けぬうちに後妻にしたのですか? あれには当時の両親も驚いていました」
お、ラルス殿下、いいところに目をつけましたね。公爵家の執事と侍女長にも猛反対されていたんですよ。
「確かに、アレがあったから、カールハインツはよほどティアナを愛しているんだろうな、って思ったんですよね」
「ぅ……ぐぅ……そ、それは……」
周りの大反対を押し切って後妻とした。
おそらくリュディガー殿下もやんわりとは忠告しているだろう、と信じたい。
長年世話をしてくれた使用人、直属の上司、カールハインツのご両親はある意味無関心だから関わりが無いとしても、身近な人の意見を無視してまでもそばに置きたかったんだもんね、としか言いようがない行動だった。
さて、カールハインツはどう答えるか。
「……前回の生で、マリーを死に至らしめたのは、ロッテなのだと調べはついていた」
「ロッテだけのせいではありませんが」
「ぐ……、ゴホン。きみに盛られていた毒は、ロッテがティアナを通じてフォルクハルトから手に入れていた、と知ったからだ」
フォルクハルトから……?
イマイチ彼の思惑がピンとこないな。
「毒を盛られていたと気づいたのは、きみが亡くなったあと一週間して、墓に異変があったからだ」
「まさか……」
ラルス殿下も気づいたようで、二人は顔を見合わせた。
「マリーの墓一面に、滅びの花が咲いていた」
「滅びの花……?」
「ああ。体内に蓄積された毒の成分が凝縮し種となり、魔力の残滓を栄養にして身体を食い破り発芽し花を咲かせる。……その花が咲いたら、国が滅びると言われている」
自分が死んだあとを想像して、思わず口元を覆った。……なんか、私の存在自体が滅びの象徴みたいになってない?
「ティアナは出所して行き場が無かった。だからロッテが誘い公爵家の使用人として雇うつもりだったそうだ。だがティアナは働きたくないと断った。だから逃げられないために……」
私より先に大きな溜息を吐いたのは、ラルス殿下だった。
「浅はかですね……」
見た目は子ども、頭脳は大人の殿下に言われ、カールハインツは再びガックリと項垂れた。




