35.フラッシュバック
バラ園に辿り着くと、私たち以外にも子どもや見バラをに来ている人たちで賑わっていた。
ひと通り見渡してみるが、やはりティアナやクラーラの姿は無い。
不敬罪で投獄され、出てきたという話を聞かないからまだ牢にいるのだろう。
前回あれだけ存在感がありながら、現在は呆気なく牢屋の中だなんて拍子抜けする。
カールハインツが尽力して……なんてことは、もう思わないが、あの二人なら牢番でも誑かして脱獄できそうな気がしている。
「……きれいだな」
隣にいるカールハインツが呟く。
思い返せばこの人とこういう風にのんびりとした時間を過ごしたことはなかったかもしれない。
……いや、婚約してから交流の際はこうして何も言わずに景色を眺めていたわね。
それが交流と呼んでいいかは分からないけれど。
「きみの実家……ラセット公爵家のバラも、きれいだった」
「……えっ?」
気のせいかしら。この人から似つかわしくない言葉が聞こえてきた。
「私の実家のバラをご存知なのですか?」
思わずこんな言葉が出てくるくらい驚いた。
確かに婚約者としての交流の会で、バラの季節にお茶会をしたことはある。
いつものように無表情で、心ここにあらずのような退屈そうな目で、それでいてそわそわしながら落ち着かず、早く帰りたそうにしていた気がする。
「……すまない。口に出してはいなかったが、毎年見事なバラだと思っていた」
「言わなければ分かりませんわ。私はてっきり、興味がないものだとばかり」
カールハインツはバツが悪そうな顔をする。
思い返せばこの人は言葉が圧倒的に足りなすぎる。そのせいでどれだけ嫌な思いをさせられただろうか。
「バラと……きみを見ていたら、時間が経つのも忘れてしまうくらいだったんだ」
「……そうですか」
知らなかったことを知って、呆れ半分怒り半分。
言わなければ伝わらず、諦めた頃になって擦り寄って来るのは何なのだろう。
そのまま全て忘れ去ってしまえばいいのに、と悪態つきたくなったのをぐっとこらえ、気分を変えるためにユリアーナを探す。
すると人だかりができているのが見えて、またその中心にいるのが目的の人物と認識してぎょっとなった。
「あなた、今日のドレスの色が他と違うようだけれど」
「王子様のお色じゃないじゃない」
ユリアーナは数名の少女から責められているようだ。聞いていれば、みんなとドレスの色が違うからのようだ。
こういうとき公爵夫人の権力を振りかざすべき?
それとも子どものケンカを黙って見ているべき?
決まっているわ。言いがかりは罰せよ。
私は一歩踏み出して、腕まくりをしようとしたところでカールハインツに止められた。
どうして止めるのか、と見てみれば、小さく頭を振られる。
邪魔せずに見ていろとでも言うのだろうか。
「ええ。今日は私のお母さまの瞳の色にしましたの」
「えっ? お母様?」
周りで戸惑ったような声が上がる。
今日も黄色や青、水色など、ラルス殿下の色に合わせたドレスの子が目立つ。確かに殿下の婚約者、友人を募るお茶会だもの。殿下の意のままに、と忠誠心を表すためにもその色は有効だ。
「緊張してしまっても、お母さまのお色を身に着けていれば、大丈夫って思えるの。とーっても、心強いのよ!」
ユリアーナの声は少し震えて緊張しているようだが、それでも堂々とブレずに自分の意思を伝えられて、感動して拍手を送りたい。
「わ、私も! お母様の瞳の色が青いから、一緒にいるみたいって思ってました!」
「じゃ、じゃあ、私も! お父様が金色の髪だから、お父様と一緒と思うことにするわ」
ユリアーナに賛同したご令嬢たちから次々と声が上がる。
それは元々ラルス殿下のお色では? と思わないこともないが、6歳くらいの少女たちからすれば、恋よりも親との関係の方が大事だろう。
ユリアーナに突っかかっていた令嬢たちは、気まずい顔をしながら俯いている。そんな彼女たちに、ユリアーナは手を差し出した。
「よかったらお話しましょう? あなたの好きなお色はなあに?」
「わ……私は、ピンクが好き……」
気まずそうに差し出された手を反射的に取り、目を逸らす。ユリアーナはニコリと可愛らしく微笑んだ。
「きっとあなたに似合うわね! ねぇ、お名前教えてくださる?」
周りの空気が一気に変わる。
誰もがユリアーナに光を見出すだろう。ささくれだった気持ちが浄化され、好きにならずにはいられない。
分かる。分かるわ。ユリアーナに惹かれてしまう気持ちはよく分かる。
そのご令嬢たちはユリアーナたちの輪に加わり、そこは一大コミュニティと化していた。
「さすがユリアーナだわ」
輪の中心にいる楽しそうなユリアーナを見て私が感心していると、隣のカールハインツは腕を組んで難しい顔をしていた。娘の成長が嬉しくないのだろうか。
もやもやとしているうち、ユリアーナは何かに気づき、輪の中から離れていった。
「どこへ行くのかしら」
出しゃばりすぎるのもよくないので、目で姿を追う。その先にいたのは、木の下で一人立ち尽くしていた見知った顔の少年だった。
「あれは……」
ユリアーナは少年に話しかける。だが少年はぷい、とユリアーナとは逆方向にそっぽを向いた。
ユリアーナの誘いを無下にするなんて、とムッとしたが、根気強く少年の周りをくるくるとし、話しかけている。
おそらく、少年が一人でいるから私たちの輪に入らない? と説得しているのだろう。
その少年のことは、私も気になっていた。
前回、ラルス殿下の取り巻きとして、私から見れば敵陣営にいたが、今はそうではないようだ。
ティアナのせいで家庭環境が複雑になってしまって、前回とは全く異なる運命になった。
ハラハラとして見ていたが、やがて少年はユリアーナの差し出した手を取り一緒に歩いてきた。
「……大丈夫なのか?」
「ユリアーナが誘ったのよ。親が口出しはできないわ」
ある意味、デニス様については運命を変えてしまったのでは、という負い目があった。
前回のとき、ラルス殿下の取り巻きではあったがユリアーナに直接危害を加えたわけではなかったため、私としてはあまり脅威ではない。
……クラーラが関わって危害があるならば容赦はしないが。
デニス様はユリアーナたちの輪に加わり、シュバルツ様をはじめとした令息たちと話し始めた。
令嬢令息入り交じって小さな子たちが話している様を見るのは、親としてもほのぼの和やかで記録の魔道具が欲しくなるくらいだわ。
ラルス殿下そっちのけで……と思わなくはないが、周りの親たちも微笑ましく見ているからみな気持ちは同じだろう。
ユリアーナはそれからも、はぐれていた子を誘っては輪に加えていた。
その中にはユリアーナよりも大きな子もいて、物怖じせずに話しかけられることに心配にもなってくる。
幸い邪険にするような子はいない。
そんな中、ユリアーナが話しかけた一人を見て、私の心臓が嫌な音を立てた。
「あ……あ……」
血の気が一気に引いていく。
その子はおそらく、ユリアーナよりも年上で、男の子。
「だめ……、ユリアーナ、その子は……」
私の頭の中に、あの日の光景が甦る。
今、ユリアーナの目の前にいるのは──
クラーラを信望し、ユリアーナを殺した、あの騎士だった。




