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死に戻った私は、冤罪で殺された娘の幸せだけを求めます  作者: 凛蓮月@お飾り妻配信開始!
第三章/守るべきもの

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36.覚えているということ


 ユリアーナがあの騎士に手を差し伸べる。

 私の頭の中で騎士がユリアーナに向かって剣を突き付ける。


「マリー?」


 あの騎士がユリアーナに手を差し出した。──頭の中で血飛沫が飛んだ。

「やめてぇええええ!!!!!!」

「マリー!」

 なりふり構わずにユリアーナへ向かって行く。

 カールハインツが呼ぶのも無視して、一直線に駆けていく。


「ユリアーナ!」


 騎士の手が触れる寸前で払い、ユリアーナを抱き締める。二度と殺されてなるものか。ユリアーナは冤罪だ。もう、誰にも危害は加えさせない。

 絶対に、誰にも傷つけさせない!


「お母さま?」

「だめ……だめよ、ぁあ、だめなの。あんなことはもうたくさん……」


 生きている? 大丈夫? 私の娘はちゃんと生きている? 赤い血飛沫にまみれていない? どこも傷ついていない?

 恐怖に震え、きつく抱き締め、生きているかを確認する。

 小さな身体が身動ぎをして、戸惑いを伝えた。


「お母さま、どうなさったの?」

「マリー!」

「近づかないで!」


 ユリアーナ以外の全てが敵に見え、無意識に威嚇するように魔力を放出する。

 怯えた目をした騎士は、青褪めた顔をして尻もちをついたまま動いていない。

 それは今だけかもしれない。(いいえ、そんなはずないわ)

 油断させるための演技かもしれない。(まだ子どもじゃない)

 近寄らせてはいけない。また、悲劇が繰り返されてしまうかもしれない。


「ユリアーナ、この騎士はだめよ。だめなの」

「お母さま、ここに騎士の方はいらっしゃらないわ?」

「だめなの! お願いだから言うことを聞いて……!」


 声を荒げると、ユリアーナはビクッと身体を強張らせた。

 ──違う、そうじゃないの。あなたを怖がらせたいわけじゃない。ただ、この騎士が、あなたに害をなす存在だから……


「申し訳ございません! 公爵夫人、どうか、どうかご無礼をお許しください……っ!」


 聞こえてきたのは、必死になっている男性の声。


「ちち……うえ……」

「黙っていろ!」

「申し訳ございません。息子の不始末は私共がつけますから……! どうか……、どうか……!」


 次いで、必死な様子の女性の声。

 声のする方を見てみれば、私たちに向かって土下座をしている男女二人。その後ろに涙目の男の子。

 周りを窺えば顔色を悪くした人たち。

 泣きそうな顔をしたご令嬢を抱き締めた夫人もいる。


「……あ……」


 ユリアーナを守らなくちゃ、と周りが見えていなかった私は一気に青褪めた。

 事情を知らない人からすれば、おかしい行動をしたのは私の方だ。


「妻が取り乱してしまって申し訳ない。どうか立ってください。息子さんは何もしていません。咎めもありませんから……」


 カールハインツが、土下座をしている──おそらく騎士のご両親だろう二人に声をかけると、ゆっくりと頭を上げる。


「みなもすまなかった。妻は病から立ち直ったばかりで、不安な気持ちが出てしまった。私が不甲斐ないばかりに申し訳ない」


 カールハインツは周りの人たちにも頭を下げた。

 私の不始末を背負わせてしまった。

 違う、違うのに、あなたには関係がないことだ、と頭を振るが、私に背を向け頭を下げたままのカールハインツには届かない。


「……ぶざまだな。みっともない」


 そんな声が聞こえて、辺りを見回す。だが誰もが口を閉ざしたまま、私たちを遠巻きに見ているだけだ。気のせいだったのだろうか。

 だが無様でみっともないのは言う通りで、羞恥で顔を俯けた。


「何の騒ぎ?」


 騒然となっていた場に、ラルス殿下の声が響く。

 今日は殿下の婚約者と友人候補を募るお茶会だったのに、私のせいで台無しにしてしまった。

 私はユリアーナを抱き締めていた力を緩め、立ち上がる。


「皆様、お騒がせして申し訳ございません。取り乱してしまいましたことを、深くお詫び申し上げます。……そこのあなた、怖がらせてしまってごめんなさい」


 謝罪をすると、騎士の男の子はビクッと肩を震わせた。かわいそうなくらいに怯えさせてしまった。だがご両親は上げていた頭を再び下げ、男の子の頭も下げさせた。


「……ああ、そういうことか。そこの頭を下げた男、名を名乗るがいい」

「はっ、はい! わ、私めでしょうか。私はドナート。フィン・ドナートと申します。男爵位を賜ってございます」

「ドナート。では、後ろの息子は何という」

「はっ! ゲオルクでございます。私の息子でございます」


 ドナート男爵は、息子の頭を下げさせたまま答える。王子殿下に声をかけられ、恐縮しきりだ。

 ラルス殿下をよく見れば、その表情は硬い。だが落ち着いて辺りを見回して状況を確認し、ひと呼吸置いて口を開いた。


「公爵夫人が取り乱したことで、ゲオルクに責があると思われたのだろう。ブランシュ公爵、彼に咎はあるか?」

「……いいえ。彼に罪はございません」

「ならばドナート男爵、並びに夫人、そして令息。そなたらに罪は無い。公爵夫人は、令息が手を取るときに令嬢に近づくハチに気づき手を払った。それから守るために行動した。……この場はそれで、私に免じて収めてくれるか?」

「も、もちろんでございます!」


 未だ顔を青くしたままのドナート男爵夫妻はコクコクと頷いた。それを見てラルス殿下も小さく頷く。

 彼もまた、ゲオルクと紹介された少年に少しばかり怯えている気がしたのは、ずっと握り締めた手が真っ白になっているからだろうか。

 それにしても、こんな小さな殿下に場をとりなしてもらうなんて、情けない。


「皆のもの、主催としてお詫びする。このあとも時間の許す限り楽しんでほしい」


 ラルス殿下は声を上げると、手を胸にあてて丁重に礼をした。

 それにならい、戸惑いを隠しながらも周りの親たちも礼をする。

 彼は前回、こんな落ち着いた殿下ではなかった。


「ブランシュ公爵、父上が探していた。向かってくれるか?」

「……承知いたしました。御前を失礼いたします」


 カールハインツは一瞬だけこちらを見て、行ってしまった。あとで謝らなければ。


「公爵夫人、少しいいだろうか?」


 ラルス殿下は私に向き直り、目線を鋭くした。

 再びユリアーナを自分の後ろに隠し、対峙する。


「何でしょうか」

「会が終わったら、待っている。……百合について話をしたい」


 ──その表情を見れば、いくら鈍い私でも分かる。おそらく、彼は私と同じ。


「準備ができたら使いをやる。それまでは待機していてくれ」

「承知いたしました」


 一礼して、一瞬だけ目が合った。まだ少年の姿をしているのに、達観したような目つきにドキリとした。

 ラルス殿下の去りゆく後ろ姿を見つめる。

 どうしてそうなっているのかは分からないが、確かに話し合う必要はあるだろう。


「お母さま」


 ユリアーナが不安そうに見てくる。

 自分を殺した相手に難なく手を伸ばせるユリアーナに、おそらく前回の記憶は無い。

 でも、そんなトラウマ覚えていなくてよかったかもしれない。


「ユリアーナ、……どうして誰彼構わずに声をかけていたの?」


 デニス様はともかく、あの騎士──ドナート男爵令息はユリアーナより年上だ。そんな彼にも声をかけるなんて、と腑に落ちない。


「私はひとりでいる方に声をかけていたの」

「ひとりで……? ……どうして?

「だって、お母さま。ひとりぼっちは寂しいわ」


 ユリアーナの言葉に何か言おうとして、結局言葉にならなかった。

 ずっとひとりにさせてしまったのは私だ。

 だから、一人きりでいた彼らが寂しくないように声をかけていた。


「そう……。あなたが……一緒にいてあげようとしていたのね」


 ユリアーナの頭をそっと撫でる。

 前回の記憶がないユリアーナと、鮮明に覚えている私。

 ユリアーナが何も知らないならば、私はどうやって守ればいいのだろう。


 ただ、闇雲に守るだけではダメなのかもしれない。

 自分の不甲斐なさで情けなくて、唇を噛んだ。


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