忍び寄る蹄の音
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一方、そんなことはつゆ知らずなサン侯爵領の侯爵邸にて。
ミシェル達を乗せた馬車が無事に到着した。
到着したと同時に、侯爵邸のドアが大きく開く。
姿を現したのは、ジャンヌであった。
「遅かったじゃない!?」
ジャンヌが怒りながら出迎える。
「そっちが早いのよ。」
ミシェルがレオンにエスコートされながら返事をする。
続いて、エスコートされて降りてきたガブリエルをジャンヌがじっと見つめる。
「おい、失礼なことは言うなよ。」
視線を向けるジャンヌに気が付き、ガブリエルに喧嘩を売るのではとレオンが苦言を吐く。
「分かっているわよ。それでも、自分の負けた相手をよく見ておきたいじゃない。だって、私が深く重く片思いした男を奪っていった泥棒猫ですもの~。」
「だからそういうことを本人目の前にして言うなっての。」
無神経だなとボソッと零し、エスコートを終えたレオンがミシェルの横に戻って行く。
その言葉に、ガブリエルが不安そうにしているので、ミシェルは安心させるために優しく微笑んで声を掛ける。
「まあ、詳しくは屋敷内でゆっくり話しましょう。ジャンヌも落ち着いて、ね。」
恐らくこの数時間前に実の兄によってフラれたであろうジャンヌを、ミシェルは丁寧に気遣う。
兄に求婚された女と熱烈な片思いの末にフラれた女が、顔を突き合わせているのだ。
修羅場になってもおかしくない状況ではあった。
気持ちの不安定なジャンヌが発言するたびに緊張がヒョコヒョコと顔を出す。
庭園まで家令に案内される。
お茶とテーブルセットが既に用意されていた。
どうやら、このごたごたにはサン侯爵家の面々は巻き込まれたくない様子だ。
いつもならば出しゃばり話し掛けてくる人達なのに、誰一人として姿を見せない。
「あら、サン侯爵夫人たちは何処へ行ったのかしら?」
先程まで母親達とここでお茶をしていたらしいジャンヌがそう言った。
ジャンヌは不思議がっているが、ミシェルは心の中でその問いに答える。
この面倒な状況からサッサと逃げたんですよと…。
「とりあえず、お茶にしましょう。」
ミシェルは皆を席に着けさせ、自身の精神を安定させるためにも、暖かいミルクティーをゆっくりと味わった。
「私…フラれた。」
突然、ゆったり沈黙タイムを終わらせ、先陣を切ったのはジャンヌであった。
唐突に愚痴を零す。
「よかったな、これで引きずらずに次へ進める。お前は幸運だ。」
一応、慰めているつもりらしい、レオンが大きく拍手をしてジャンヌに応える。
ガブリエルは、ジャンヌの失恋したらしい言葉に同情心を向ける。
「その顔、私を憐れんでいるわよね!?」
ジャンヌがガブリエルの反応を見て好戦モードとなりそうになったので、急いでミシェルがフォローに入る。
「ガビ、言いにくいのだけれど、ジャンヌの片思いの相手って兄さんだったの。」
ガブリエルは驚くと同時に、複雑な思いを抱く。
その表情を察知し、ミシェルが話し出す。
「説明すると、あの亡命騒動の頃に、ジャンヌは兄さんに会って恋をしたの。それで、婚約者もいない兄に、彼女は積極的にアピールをしたのだけれど、ヘタレの兄さんはガビ一筋だったから、彼女からひたすら逃げたの。彼女を避け続けた。」
続きをジャンヌがぶっきらぼうに話す。
「正直、半年ほどでこの恋はダメだって悟っていたの。見かけるだけで逃げられ、向き合って話も出来ない状態、避けられているのは阿呆にも分かる度合いだったからね。それを幾度もやられるとね…怖気づいて、落ち込んで、矜持を傷つけられていって…一年くらいでもう完全に諦めていた。嫌われているならば恋心を抹消しようともしたわ。でも、彼は私を見かける度に怯えて逃げ出すのよ。それが段々と腹立ってきて、こうなったら捕まえて直接文句を言ってやろうって意地になっちゃって、それから半年、追い掛け回した。でもダメだった。やっぱり目も合わすことも出来なくて、一言も言葉を交わせない状況が続いて。もう何度も遠くから、貴方の事はすでに諦めていますからーーーって叫ぼうかと思ったか~でもね…情けなくて出来なかったのよ。」
この話により、ロベールへのガブリエルの評価は少し下がった。
ミシェルは兄の評価の挽回には、自分は手を貸さないと決めていた。
「そんな時に、レーニュ公爵家から婚約の申し出があったの。レーニュ公爵家とは、幼い頃から我が家と親交があって、私も招かれてよく知っていたし、私の性格も彼にはよく知られているし。フフッ、性格悪くてもいいからってお嫁さんに望んでくれているの。だからお受けしたわ。私の年齢でこれ以上に良い条件はもうないだろうから。そして遂に、今日!!全てを終わらせていきたの!!ロベールに直接会って、綺麗サッパリ気持ちを終わらせてきた。爽やかスッキリよ。だから、あなたは安心して。」
ジャンヌの顔は言葉通り、晴れやかな笑顔であった。
彼女を囲むメンバーはホッと胸をなでおろす。
「あっ、でも、私、意地悪だから、今度から社交界でロベールに会ったら、これをネタにネチネチ虐めるかも。その時は、婚約者のあなたがちゃんと慰めてあげてね。」
ジャンヌが怖い事を言いながらニコッと可愛らしくガブリエルに向かって微笑む。
「はい…」
ガブリエルも苦笑するしかない。
急いで紅茶を口に運んでいる。
「さて、私はこれでお暇するわ。色々と手を貸してくれてありがとう、ミシェル。」
ジャンヌが言い残したことはないからと席を立つ。
「いいのよ。兄が迷惑を掛けたし。友が幸せになれるのならば、それでいい…ジャンヌ、幸せにね。」
ミシェルも席を立ち、ジャンヌに近づく。
「ええ、ミシェルも。落ち着いたら、皆で遊びに来てね。招待するから。」
二人はハグをする。
「おっ!?私も招待してくれるとは…ジャンヌ、お前、失恋して変わったようだな。」
いつものように、少し皮肉交じりに、レオンが言う。
「チッ、レオンは招待しなくても、どうせミシェルについてくるって意味よ。フッ、あははは。まあ、それでも、レオン色々とありがとうね。さーてと、次はクロエの所に行かなきゃ。それじゃあ、またね!」
ジャンヌは言いたいことを言い終えると、サッサと侯爵邸を去っていった。
「さてさて、公女様もお帰りになったので、これからはサン侯爵家の親睦会といきましょうか。ガブリエル、よく来てくれました。歓迎しますよ。」
ジャンヌが部屋を去るや否や、何処からか、ミシェルの母親とロラさんが部屋に入ってきて、傍にいた。
「お久し振りでございます、伯母さま。本日よりお世話になります。不束者ございますがどうぞ末永く宜しくお願い致します。」
「その挨拶は、ロベールと直接話し合った後で致しましょう。今は、女同士で楽しまなきゃ。あ、そうだ。ガブリエル、紹介するわね。こちらはロラさん、私のお師匠様で前侯爵のお姉様よ。」
「バーテン辺境伯が長女、ガブリエルと申します。宜しくお願い致します。」
ガブリエルがロラさんに綺麗な礼をする。
「お~、これまた元気な娘っ子が来てくれものだ。肌も良く焼けて、うんうん、筋肉もしっかりついとるし、なにより目の輝きがよいね。ふむ、ロベールも人を見る目はあるようだ。ガブリエル、歓迎するぞ。これからよろしく。」
「はい、よろしくお願いします。」
「という事で、ここからは、三人で話すから、2人は出掛けておいで。今日は日差しも出て良い天気よ。湖畔の方は涼しくてよいのではないかしら。折角だし、2人きりでデートしてきなさいな。」
母親にミシェルとレオンは部屋から追い出された。
家令が待ち構えており、着いて来いと言うかの如く、視線を送ってくるので、ついて行く。
玄関ホールまで来ると、扉を開けて、外へと押し出された。
「行ってらっしゃいませ。」
家令の優しいボイスは、扉が閉まるのと同時に消えた。
目の前には、馬車がすでに用意されている。
いきなり追い出されてしまい、何処に行くかも決めていないままだったので、母親に言われたまま、サン侯爵領の西部にある小さな湖へと向かう。
そこは、水も澄んでいて深くなく、水遊びも楽しめる侯爵家御用達の場所であった。
先程まで居た部屋で2人の背を見送るミシェルの母親はこう呟いていた。
「今のうちに、2人の時間を楽しんでおいで。」
2人を引き裂く使者が乗る馬の蹄の音が、刻々と近づいてきているのを知っていたから。
あともう少しです。
最後までお付き合い下さると嬉しいです。よろしくお願いします。
=人物Memo=
ミシェル:主人公
レオン:ミシェルの夫、ルッツ国王子
ジャンヌ:王弟の娘、ロベール(ミシェル兄)に失恋
ガブリエル:ロベールの婚約者、ミシェルの従姉
クロエ:ジャンヌの友だち
ロラさん:前サン侯爵の姉、ミシェル母の師匠




