行く手を阻む者1
今週もよろしくお願いします。
気合を入れて、マンションを出ると、目の前に見覚えのある馬車が停まっていた。
あの家紋は…ミシェルを婚約破棄した元婚約者、ヴァンドム伯爵家のものだ。
なぜ、うちの前に?
そう思っていると、馬車のドアが開き、あいつが降りてくる。
元婚約者のヴァンドム伯爵子息のジャックだ。
「やあ、久しぶりだね。ミシェル。元気にしていたかい?」
何事も無かったかのように話し掛けてきた。
兄がミシェルの前へ出て、ジャックに向けて殺気を放つ。
「お前、今さらどんな面下げて、妹に会いに来た!?今すぐここを立ち去れ!!!」
そう言い放つ。
かなり怒っている。
あの婚約破棄の公言現場を目の当たりにしているからだろう。
怒りの兄の気持ちも心底分かるが、妹ミシェルは冷静であった。
兄の服の裾をツンツンと引っ張ると、下がるようにと合図した。
「お久しぶりでございます、ヴァンドム様。私は元気にしておりましたわ。私に何か御用でしょうか?」
殺伐した声で対応した。
「ミシェル、よそよそしいではないか、前のようにジャック様と気軽に呼んでくれよ。」
ニタニタした顔でジャックが言うので、冷静にミシェルは返す。
「いいえ、私達はもう婚約しておりません。親しい仲ではなく何の関係もありません。ですので親しみを込めた名で呼ぶことは今後ありません。それよりも、なにか御用なのでしょうか?私はとても忙しいのです。」
完全に冷めた目でミシェルが淡々と言い放つ。
ジャックは眉間に皺を一瞬寄せたが、また安っぽい笑顔を作り、話し始める。
「確かに、婚約の解消はした。だが、あの時の私は、一時の気の迷いであって冷静ではなかったと深く反省したのだ。あの時の私は、愛に飢えていた。君は婚約者であったのにも関わらず、私に対して好意を向けてくれなかった。だから私は寂しかったのだ。そこに、愛を囁く女性が私へと接近してきたので、私は寂しさのあまり大きな間違いを犯してしまったのだ。しかし、私はようやく気が付いた。あなたを失い、あなたがもう私の側に居ないのだと悟り、あなたがとても大切な存在であったということを思い知ったのです。そう、私はもう一度、あなたと婚約を結びたい。ミシェル、私の婚約者にもう一度なっておくれ。」
薔薇の花束を馬車から取り出し、一本一本気持ちを込めて自ら摘んだものだと説明しながら近づき、ミシェルの前で跪き、ジャックは求婚した。
この男、今なんて言った!?
全て嘘八百だ!!!
この男と婚約させられたのは、今から遡ること約3年前、デビュタントを終えてすぐに婚約は結ばれた。
婚約者になってからもミシェルの元へこの男が会いに来たことはほぼほぼない。
見合い用のミシェルの人物画を見て、婚約はするが結婚まで会うことはないと言い放ったとの噂を耳にしている。
贈り物も舞踏会へ着けていくようにと豪華な宝石つきの耳飾りを1つだけ婚約時に伯爵経由で贈られてきた物が最後、それ以降は一切ない。
宮廷舞踏会にだけは、対面を保つためにパートナーとして参加させらていたが、その他の舞踏会や夜会には連れていってもらったことはない。
それらの舞踏会や夜会には他の女と参加していた事が、あらゆるところから知りたくなくても、丁寧に報告をされたので、よく知っていた。
ご本人とその連れと共に鉢合わせたということもあったし…。
多くの愛人や妾候補がいる事も、仮面舞踏会で大暴れていることも全て知っている。
それでも、子爵家を守る為にと、ミシェルはこいつの元へと嫁ぐことを了承していたのだ。
だが、知っての通り、今世紀最大の喜劇、あの婚約破棄劇場が行われた。
私には人生最高の出来事であったが、ヴァンドム伯爵には最悪の汚点となったようだ。
ヴァンドム伯爵は可愛い息子の頼みならと容易く我が家との婚約を解消した。
だがしかし、書状を送り付けた後での、公の場での息子の愚行、それを知ったヴァンドム伯爵が大激怒したと聞き及んでいる。
そして、これまでの息子の素行の悪さと多くの悪行、事業失敗に借金、伯爵家の資産使い込みなど多くの問題が明るみになり、この男は父親に見放されそうになっていると風の噂で耳にした。
だがしかし、ミシェルはすでに婚約破棄がなされているし、自分には関係の無いこととして気にも留めなかったのだが…。
しかし、このバカ息子、本当に言葉通りのバカ息子だったみたいだ。
まさか、あんなことをしでかしておいて、元婚約者にもう一度婚約を申し込むなんて…予想外だわ。
大方どこからか、私がサン侯爵家の令嬢となったことを聞いたのだろう。
後ろに居る兄も少し前に第二王子の側近に加わったと知れ渡った。
踏み台に使えるとでも考えたに違いない。
自分の名誉を挽回するために我が家を下に見ているこの男は私と兄を利用しようと企んでいるのだろう。
コイツはそう言う奴だ。
ジャックの求婚に、白々しいといった目を向け、大きくため息をつくと、ミシェルはキッパリ言い放つ。
「公の場であんなことをしておきながら、あなたともう一度婚約を結ぶなんて、天と地がひっくり返ったとしてもありえませんわ。私はすでにトロワ子爵家の者ではありませんし、あなたとの一切の関りを拒否いたします。これでこの話は終わりです。今後、我が家とは関りにならないでください。お帰り下さい。」
「君は、血も涙もない冷血女なのか!?婚約者であった仲だというのに…確かに、私は愛に飢え、気の迷いで婚約解消をしてしまったが後悔したのだ。その間に、君はいつの間にか、トロワ家令嬢でなくなり、サン家の令嬢となっていた。いい思いをしたのだろう、随分と風貌が変わった。最初からそう私の為に綺麗にならば、想いを受け取って抱いてやっていたのに。そうか…先に私を裏切ったのは、君ではないのか!?家を捨てることで私との婚約をないものとしようと企んでいたに違いない。私が破棄を言い渡さなくても、破棄はなされていたという事だ。先に裏切っていたのは君ではないのか!私は唯、君からの愛が欲しかった、ただそれだけだと言うのに…酷いのではないか!?」
通り沿いで、大手を広げ、大声を出してわざと目立ち、迫真の演技で語り掛けてくる。
チラチラと横目で見たり、振り返る人が少なからずいる。
このような自分をよく見せるアピールには慣れているのでミシェルの精神には何も影響もなかった。
だが流石に、ジャックの言い分には、冷静に対処しようと我慢していたミシェルもついカッとなる。
「今の言葉、聞き捨てならないわ。私はあなたを裏切ってなどいない。もともとこの婚約はヴァンドム伯爵家がトロワ子爵家を懐柔したくて、逆らえないように周囲を脅し、圧力をかけ、強制的に交わされたもの。貴族として政略結婚は仕方のない事と私は理解していた。例え、相手が自分を好いていなくても、その男に愛人が何人もいようとも、我慢して未来の伯爵夫人として立派に勤めあげ、家族を愛そうという覚悟は持っていた。それなのに、あなたが公衆の面前で、愛する令嬢が別に居るから不愛想な私と婚約を解消すると宣言したのです。翌日には婚約解消の書類が我が家にきっちり届いておりましたわ。お望みどおりに解消できたのだから、これ以上、私に関わらないで!!愛する令嬢にあっけなく捨てられて、父親に見放されたからって、私を巻き込まないでちょうだい。迷惑だわ!」
これまで従順であった婚約者が反抗心を丸出しにして言い返してきたことにより、ジャックの高い、高いプライドに障ったようだ。
「お前のような田舎女に良くしてやったのに、その態度は何だよ!?俺に逆らうな!!!今すぐに婚約し直せ。そうすれば全てが元に戻るんだ。お前は何をしようとも俺を許してくれる。お前はそういう女だろう?早くしろよー!!」
そう怒鳴ると、持っていた花束をミシェル目掛けて振り上げた。
=人物Memo=
ジャック・フォン・ヴァンドム:ヴァンドム伯爵子息。ミシェルの元婚約者。酷い奴。
明日はこの続き。
元婚約者の登場でさらに心苦しい。
早くミシェルを幸せにし隊。




