我慢の限界
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小走りでスカートの裾を掴み急ぐミシェル。
厨房近くの廊下で、家政婦長に怒られ、頭を下げている元専属侍女イリスを見つける。
この日の制服は夜会等で着る特別仕様のもの、本来、給仕の仕事をする立場でない元侍女がこの制服を着ることはない。
立ち聞きから、奥様(ミシェルの母親)にイリスが頼み込み、今だけ給仕をさせてもらっていたようで、制服の替えの用意がないのだと家政婦長に怒られていると判った。
サイズの合わない恰好での給仕は出来ないから、裏方に回るようにとぶっきら棒に言われていた。
そこへミシェルは駆け寄り、声を掛けた。
「家政婦長…彼女は?」
なぜ元専属侍女のイリスがここに居るのかを、ミシェルは知りたくて声を掛けたのだが、家政婦長はこのメイドがワインを被った汚い格好をしている理由を聞きに来たのだと勘違いした。
きっとお客様に粗相し、問題となったのだと家政婦長は考えたようだ。
「ミシェルお嬢様、この者はお客様に無礼を働いたようです。罰せなければならないかもしれません。」
状況から、お嬢様が怒るほどの事をしたのだとそう言ってしまう。
彼女の話も聞かず、庇う事もしないのかと、元専属侍女が信頼を得ておらず苦労をしている事を知り、ミシェルは奥歯を噛む。
それでも冷静な口調で、ミシェルは家政婦長へ聞く。
「そう…では、私が彼女を連れて行ってもいいかしら??」
家政婦長は、目を泳がせながら自信無き声で、はいと答えた。
ミシェルが元侍女の腕を掴み、家政婦長が見えなくなるまで引っ張っていく。
廊下に誰も居ないのを確認すると、掴んでいた腕を離した。
「どうしてイリスがここに居るの?なんでそんなことをしているの?まだ王家のスパイをしているのかしら?」
ミシェルは元専属侍女に向き合い、問いただした。
元専属侍女は潤んだ瞳を真っすぐに向けてくる。
「私は、もう、ミシェル様を裏切りません。私が全て間違っていました。自分の欲望を優先し、選択を間違えました。こんな裏切り者が、あなたの側に居てはならないと何度も考えたのですが…ですが、離れることが出来ませんでした。ミシェル様のお側に居られなくても、力になりたいのです。お側で見守りたいと思い、奥さまに懇願し、こちらの御屋敷のキッチンメイドとして働かせていただいておりました。少しでもほんの少しでもお役に立てるようにと、今日まで過ごしてまいりました。今日は最後にお目にかかるチャンスをと…」
涙ながらに語る元侍女イリス。
もう何年も朝起きた時から眠るまで、自分のお世話をしてきてくれていた心を許せる侍女だった。
主従だから姉妹とは言えないが、それにも似た感情をミシェルは彼女に寄せていた。
ミシェルは唇を噛み黙る。
暫くしてからこう言った。
「ッ!!どうして…イリス…私、もう、無理だわ。ずっと、ずっと我慢をしていたのに…トロワ家を裏切った者を再び雇用することは断じて許されないの。でも、それでも、ずっと傍に居てくれたあなたを私は手放したくなくて…心底悩んだ。貴族として、断腸の思いであなたを手放したのに…私は、あなたに傍に居て欲しいのよ。あなたとまた笑い合いたいの。手放したくないの。許したい。私は貴族失格だわ…わあぁぁぁ。」
泣き崩れた。
これまでの苦しい感情が一気に放出し、涙が止まらなかった。
ミシェルは、彼女を傍には置けなくなった時から、彼女が王家へ手を貸してしまうまでの経緯や葛藤に自分は少しも気づいてやれなかったと深く後悔し、自分を責め続けていたのだ。
「ミ…シェル様…」
元侍女は自分の行動によりミシェルをこんなにも苦しめてしまっていたのだと気づく。
おそるおそるミシェルの側へ寄り、膝をつく。
「申し訳ございません…申し訳ございませんでした…ミシェル様。」
元侍女が何度も呟き謝罪する。
ミシェルが顔を上げると元侍女の胸に勢い薬飛び込み、元侍女の懐に顔を埋めて泣き続けた。
元侍女も涙を堪えきれず、声を殺して泣いた。
暗い廊下の片隅で、2人は静かに泣き続けた。
***
その後、ミシェルは元侍女の事を母親に相談すると約束した。
目がはれ上がり、舞踏会場へは戻れそうになかったので、その日は、一足早く、部屋に戻り、休ませてもらった。
泣き疲れたのか、ミシェルはいつの間にか眠りについていた。
翌朝、ミシェルは目が覚めると一番に母親の元へ向かった。
まだ目の周りがほんのり腫れたまま、昨夜あったことを母に話し、元侍女を傍に置きたいと懇願する。
すると、母はこう言った。
「いいんじゃない??ここはトロワ子爵家ではなくて、サン侯爵家なのだから。好きな人材をあなたの侍女にすればいいのよ。」
と、軽い口調で言い切った。
トロワ家を裏切ったけれど、サン家を裏切っていないからいいのだという屁理屈。
思わず嬉しくて、ミシェルは母親に抱き着いた。
食堂にて、ロラさんにも聞いて見ると、なんと、母親と同じ答えが返ってきた。
こうなった時の為に、事前に打ち合わせがされていた様であった。
夜、自室に戻るとイリスが居た。
「ミシェル様、今日付けでミシェル様付の専属侍女となりました。イリスと申します。これから誠心誠意お仕えいたします。よろしくお願いします。」
溢れんばかりの笑顔がミシェルへと向けらていた。
こちらは解決してよかった。
そして、もう一つの大きな問題へ…




