婚約証明書
雨の日も、読んでくれてありがとうございます。
叔父さんが聞いた話によると、ミシェルの父が爵位を譲ったことにより王子らの作戦の大半が、すでに終わっていたと言う。
実は、爵位を譲らせること、そこまでが困難だといわれていた部分だったのだとか。
手を出さずして大半を終えたことで残りの作戦もすんなり進められたようだ。
残りの作戦とは、父に別の家の爵位を継がせるというもの。
この国に留まる以上、爵位がないと困るのは見えているので、これも容易く受け入れられた。
「つまり、兄さんたちは亡命もすることないし、サン侯爵家ならば今より高位の爵位が手に入るのだ。何も問題無い。さ~ら~に~」
嬉しそうに伯父が弾んだ声で話し続ける。
サン侯爵家を父が継いだ暁には、叔父さんの元へサン侯爵家縁者から優秀で働き者のご令嬢が嫁ぎに来てくれるらしく、領地経営をお嫁さんに任せて叔父さんは図書館でそのまま働いてよいと言われたという。
本大好き叔父さんは言い終えるまで終始ニコニコで小躍りしそうな勢いで話していた。
皆、浮かれている本人には何も言わないが、心で思っていることは一緒であろう。
この人《叔父》は、本当にバカが付くほどの本好きだな~と、生暖かい目を向けている。
「結論から言うと、私はサン侯爵家の養子にとなってしまった。」
父が真顔で言う。
「引退を考えていたサン侯爵だったが、後継者がいなくてね。なにせ、特殊な家だから、跡継ぎも厳選された者でないと困るのだ。そこで、我々は考え、導き出した…ここに適材な人物がいるではないかと!君達の父上はとても優秀だ。社交界に兄の愚弄が流れなかったのは、君の父上が君のサポートで広まらぬよう裏で動いていたというのだから、お見事だ。そう、フィリップ叔父もサン侯爵も存分に認めている優秀な者が居るではないかと閃いたのだ。という訳で、とっとと子爵を侯爵の養子にしてしまいましょうと結論に達したのだ。」
第二王子が紅茶の入ったティーカップ片手に、ペラペラと得意げに話す。
水を得た魚のようにイキイキしている。
「昨日はこちらに侯爵様がいらして養子縁組と爵位譲渡の書類にサインをさせられた。養子縁組の書類は、帰るついでに出していくと言っていた。二月後には爵位譲渡の紙を提出し当主交代予定らしい…まあ、そう言うことです。し、仕方ないだろう…フィリップに強く説得されて…サン侯爵もイイ人だったから。」
昨日の養父となるサン侯爵を思い出す父。
君には優秀な息子も居るそうじゃないかー!
フォッフォッフォッ、孫イイねっ!?と、親指を立ててウインクしていた。
父は思い出して身震いをする。
父は、自分達の気持ちを無視して話をどんどん進めてしまう王族に嫌気がさし、彼らの前で話す気力が失せているみたいだ。
お喋り好きな父がこのような状態とは、かなり王族に振り回されたのだろう。
相当 ウンザリしているように見える。
「これにて、トロワ家のモットーを気にせず、君達は王家に尽くしてほしいのだ。よろしく頼むぞ!ハ~ハッハッハ~、ハ~ハッハッハ~。」
そう言って、第二王子が大いに笑いながら部屋を後にしようと扉へ向かったのだが、ふと立ち止まると方向転換して、トロワ家の元へ戻ってきた。
やっと帰ると思ったのに、今度はなんだ?とトロワ家は不信がっている。
第二王子がミシェルの前まできて、真顔でジッと見つめ、こう言った。
「今回の件、私はレオンに借りが出来てしまった。まだ返していないのをすっかり忘れていた。さあ、これにサインをしてくれ。ミシェル嬢が弟との婚約を考えるという証だ。」
そう言って懐から取り出した丸まった紙のは、王族用の婚約証明書であった。
巻きつけられている金色リボンを解き、広げる。
煌びやかなデザインが施された用紙を前に、ミシェルは思わずガン見した。
なんとそこには、もうすでに国王陛下と第三王子のサインが書かれていたのだ。
え…何コレ…すぐに婚約とか無理なんだけど…。
ミシェルは用紙をガン見し続けていると。
「まだ、ミシェル嬢も気持ちを決めかねているだろうし、何かあればこれは引き裂き、なかった事に出来ると私が保証しよう。これは、弟がただ見て眺めるだけというもの。心配するな。弟に渡す時は額縁に入れ、出せぬよう鍵を掛けよう。鍵は私が持つ。今のままでは気持ち的にもキツイようだから、これくらい許してほしい。君がきちんと考えると言う証明のためにこれを書いてもらいたいのだ。これが手元にあれば弟も嬉しいはずだ。あなた方も正式にサン侯爵家の人間になるために、これから忙しくなるだろうから、今、この場で記入をしてもらいたい。全てが整い、君の意志が決まった際に、私が責任をもってこれを処理しよう。」
部屋に残された者達は、何とも言えない雰囲気である。
それもそうだろう、貴族間での婚約証明書は、王に伺い、承認されれば捺印を貰い、大聖堂へと提出すればよい。
これにはすでに王の許可が下りている。
という事は…。
ミシェルに視線が集中し、父が声を掛けようか迷っている。
そう、名を書いてしまえば、提出が出来てしまうのだから、いつでも勝手に婚約成立してしまう可能性があるのだ。
「分かりました。ですが、殿下、ひとつお願いがあります。私の承諾なしにコレを大聖堂には絶対に提出してはならないと言うことを約束してください。そうであれば、今すぐ名を書きましょう。」
そうミシェルが真剣に言うと、第二王子は
「分かった。君の願いを聞き受けよう。」
とユーグ殿下が返事をしたが、まだ不安だったので。
「絶対にですよ。」
と、ミシェルがもうひと押しする。
「ああ、絶対にだ。約束を破った時は、私がどんな手を使ってでも白紙に戻そう。」
ユーグ殿下の力強い返しに、約束は守ると信頼し、ミシェルはスラスラと用紙にサインをした。
父の前に用紙が置かれ、ミシェルに何か言いたそうだが、グッと我慢して父もサインをする。
それを持って、第二王子は颯爽と部屋を後にし、王城へと帰っていった。
静まり返る室内。
第二王子の前で聞けなかった事を父がミシェルに聞く。
「ミシェル、あれで本当に良かったのか?」
「うん、考える時間を貰えたから、それでいい。」
「そうか…」
父が深いため息をつく。
重い空気の中、兄が父へと聞く。
「ねえ、父さん。サン侯爵家って国の裏部隊、例の諜報組織を率いている貴族の筆頭だよね?」
「しっ、ロベール、いつどこで話を聞かれているか分からないのだぞ。最重要機密は安易に口に出してはならないのだぞ。紙に書け、そしてすぐに燃やせ。筆談必須案件だ。」
「は、はい、父さん。」
再び沈黙となる。
カリカリ、ボウッという音のみが室内に響く。
「あっ!?ということは、修道院は?領民とゆったりのんびり慎ましく、田舎の教会でスローライフはじめました計画はどうなるの??」
今度は母が思い出したかのように発した。
父が何それ?とキョトンといた顔をしているので、詳しく説明してみる。
「そうか、家族で修道院に…うん、それイイね~!!」
父、とびきりの笑顔で乗っかってきた。
「また逃げちゃう?」
「「「やっちゃう?やっちゃおう!」」」
トロワ家は、ノリノリだ。
「それは絶対にダメです!!」
大声で止めたのは、第三王子レオンであった。
えっ、居たの!?
第三王子を視界に入れて、家族全員が同じことを思った瞬間である。
ずっと居ました。




