第7話 ギルド登録
俺と黒乃は探索者協会(通称ギルド)を訪れた。もちろんパンダ着ぐるみは黒乃の家に置いてきている。さすがに着ぐるみで公的な手続きをするのは憚られたからだ。
新しい施設なだけあってギルドの建物の中は清潔で近代的。人も多く、まるでちょっとしたイベント会場のようだった。異世界アルトヘイムにあった『冒険者ギルド』の乱雑とした空間とは、だいぶイメージが違う。
「ひ、人がいっぱい……真央くん……」
黒乃が俺の後ろに隠れて小動物のように怯えている。どうやら彼女がコミュ障というのは本当らしい。俺も若干は緊張しているが、ここまでではない。
「黒乃。きみの命と、俺の平穏がかかっているんだから。……しっかりしてくれ」
「うぅ……」
黒乃は涙目のまま上目遣いで見上げてくる。うん……素直にかわいい。けど、深窓の令嬢のイメージはどこに行った。
そうして寄り添いながら、俺たちはロビーを通って受付へと向かう。
「探索者登録をしたいのですが」
とりあえず、俺が声をかけた。黒乃はおどおどしていて使い物にならない。
すると、きっちりとスーツを着こなした受付の女性が笑顔で応対をする。
「受験希望者ですね。わたくし宮城が担当いたします。では、こちらの用紙に記入をしてください」
「テストがあるのですか?」
俺の問いに、背後にいる黒乃が小声で答える。
「うん。さすがに誰でも簡単にダンジョンに潜れたら危ないでしょう?」
「……たしかに」
「でも安心して。テスト内容は一般常識の範囲で答えられる簡単な問題みたいだから」
俺と黒乃の会話を聞いていた受付の宮城さんが、棚から冊子を取り出す。
「初めてでしたら、こちらのテキストをお使いください。十分に内容を覚えてから、テストを受けることができますよ」
「なるほど……受からせる気、満々ですね」
「どちらかといえば、実技試験のほうが肝ですからね」
「実技もあるのか」
実技には『身体能力試験』と『魔法適正試験』の二種類があって、どちらか片方に合格すればいいらしい。
……ん、魔法適正試験?
「あの……魔法は……」
「魔法とは、十八年前にダンジョン出現と同時に人々に芽生えた力です。多くはダンジョン攻略中や、魔物との戦いの中で発現するとされていますが、まだ謎が多く――」
「あ、それは知っているんですけど、その……」
「なんでしょう?」
「俺の魔法適正試験だけはパスすることはできますか?」
俺の前世から受け継いだ力は、基本的に魔力に依存している。
強化魔法による身体能力向上と、魂に依存した強大な魔力が俺の力の全貌といえる。
もし前世と同じように魔力量を測定するアイテムなどがあるとしたら、俺の特異な力がバレてしまう恐れがあった。
というか、俺としては、できるだけ目立つことは避けたい。
「できますが、いいのですか?」
「はい。問題ありません」
「わかりました。では、あなたのお名前をここに記入してください」
俺は身体能力試験で合格を目指し、体の弱い黒乃は魔法適正試験を受ける。これでまあなんとかなるだろう。
方針を固めた俺と黒乃は、宮城さんの指示に従って書類を埋めていった。
◆
「ねぇ真央くん! 私って普通の人より高い魔力適正があるんだって!」
「まあ……そりゃそうだろうな」
「水晶玉に手を当てて、ちょっと念じたら割れちゃったの。普通、マジックアイテムは壊れるものじゃないんだって。試験官さんびっくりしてた」
「……きみがそのイベントの担当だったか」
黒乃の魔法適正が高いのは、魔王の生まれ変わりだから当然だ。
しかし、それでも。当のヴェルヴェットの魔力自体はまだ封印されていたから、大丈夫だろうと高を括っていたのだが。
さすがに楽観的すぎたか。
「……目立ちすぎてなければいいけど」
「あ。そうだったね、ごめん……」
「いや、黒乃のせいじゃない」
結局のところ、黒乃に実技は厳しいだろうから、魔法適正試験を受けるしかなかった。
これは避けられないことだ。
ここはギルド施設の建物の三階。休憩室。
自動販売機で買ったジュースを飲みながら待っていると、ぴこんと電子音が鳴り、壁に設置されたモニターに俺たちの受験番号が表示された。
「あ、結果が出たみたいね」
「だな。行くか」
俺たちは受験結果を知るために、もう一度、受付へと向かった。
◆
結果から言うと、二人とも合格だった。
筆記試験は集中してテキストを読み込んだため、とくに問題はなかった。
俺の身体能力の試験と、黒乃の魔法適正の試験はもちろん合格。魔力による身体強化が禁止されていなかったから、俺の場合は手加減するのに気を遣ったくらいだ。
驚いたのは、黒乃は念のために受けておいた身体能力試験も合格だったこと。これは意外だった。
彼女いわく「体調さえよければ運動は得意」らしい。これも魔王の転生者だからだろうか。
かくして、俺たちは探索者になった。
階級は一番下のCランク。
そして最後に、筆記試験にも出題された『配信』の規則について、改めて受付の宮城さんが説明する。
「ダンジョンへ入る際は、かならず動画を撮影しなければなりません。そして動画の撮影中は、探索者協会のローカルサイトか、D-Castなどの指定された動画共有サイトでリアルタイム配信をする必要があります」
そう。探索者はダンジョン攻略中の様子を動画に撮影し、動画共有サイトでリアルタイム配信するか、あるいはギルドのローカルサイトに共有する必要がある。
これが『ダンジョン配信』と呼ばれる文化が盛んな理由のひとつだ。
ギルドが探索者のことを監視できるようにするためだという。
そして、多くの探索者は、手続きが必要で面倒なギルドのローカルサイトよりも、公式で許可されている一般的な動画共有サイトを使って配信することが多いらしい。
「わかりました。いろいろありがとうございます」
「とんでもございません。こちらこそ、滞りない手続きをありがとうございます。……それでは、こちら宮城が承りました。ダンジョン探索、楽しんでくださいね」
宮城さんはぺこりと頭を下げた。
本当に感じのいい人だ。前世のやさぐれていた冒険者ギルドとは違う。
同時に、少しだけ前世の喧騒が懐かしいとも思った。
◆
その後、俺たちは配信の準備をして一日が終わった。
配信用の機器の類はほとんど黒乃が購入し、俺は荷物持ちとして手伝う。彼女が選んだ設備のほとんどは最新式だった。
いわく、これも動画の同接(同時接続)数に影響するらしい。
翌日。日曜日の昼前。もちろん学校は休み。
さっそく俺たちは、ダンジョンを訪れた。
街の中、探索者の資格がないと立ち入り禁止になっている区画にある、中世の砦のような構造物だ。
見た目はそこまででかい砦じゃないが、地下にも続いているらしく、規模は中程度。Cランクでも入れるダンジョンの中ではトップクラスに難度が高いという。
まあ、今はそれよりも――。
「……なあ、本当にこれで行くのか?」
目つきの悪いパンダの着ぐるみを全身にまとい、その手には物騒な鉄パイプ。
カメラつきドローンが撮影している今の俺の姿は、明らかに異様だった。
「うん。まずは、あの『深淵の飛竜を倒した鉄パイプ』が実は高額アイテムだったっていう設定で行こうと思うの」
まあ。流行りに乗って同接数を稼ぐためにも、俺のやらかしたことをごまかすためにも、妥当な判断といえるだろう。――いえるのか?
「……で、これを俺が読まなくちゃいけないんだよな?」
そして、黒乃が徹夜で作ったという台本。その内容が微妙に恥ずかしくて、俺はげんなりする。
「うん。……これは、あなたにしかできないこと」
黒乃が真剣な眼差しで言う。
…………。
――かと思ったら、俺と見つめ合っているうちに、小さく吹き出した。
「……ふふっ」
「笑ってんじゃねぇか! 何が俺にしかできないことだよ」
こいつ、絶対楽しんでいるな。
「ごめん。なんかその着ぐるみがかわいくて……」
「……まあいいけど。やるなら早く始めよう」
「そうだね。ちょっと待って! 大事なこと決めてなかった」
「大事なこと?」
「チャンネル名だよ! 今日、真央くんといっしょに決めようと思って、D-Castには仮の名前を登録しておいたの」
黒乃の持ってきた小さなノートパソコンを覗き込む。ポケットWi-Fiがあるからここからでもネットワークに接続できる。
仮のチャンネル名は『†黒ノ熊猫†』だった。
「チャンネル名か……」
「うん。えーと……新兵器のテストってコンセプトだから――」
「Testing_Roomとか」
「いいけど、シンプルすぎない? サブタイトルつけようよ。『Testing_Room †深淵の化学実験†』なんて、どう?」
「そ、それはちょっと……」
字面からただよう厨二病オーラに、若干、転生前の自分を思い出して共感性羞恥に悶える。
それから黒乃と俺は二人で話し合って、チャンネル名を決めた。
とにかく同接数を稼がなくてはならない俺たちにとって、こだわりとかは二の次だ。
そこで、動画のコンセプトがわかりやすく、今どきのキャッチーな名前という題目で、二人で案を出し合って決まったのがこれだ。
『Testing_Room 〜一般人が科学の力でダンジョン攻略してみた〜』
うん。悪くなさそうな気がする。
かくして、チャンネル名が決まった俺たちは、初めての動画配信を始める。




