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第6話 配信をしよう!

「それにしても……まだ拡散されてるね、動画」


 黒乃がスマホを見ながら口にした一言で、俺は一気に現実へと引き戻された。

 忘れていた。忘れたかったのに。

 鉄パイプで飛竜を倒したときのその動画は、デジタルタトゥーとして残り続けるだろう。というより、このまま俺の力が世間にバレたら、どんな面倒なことが起こるか。想像するだけでうんざりとする。


「うぅ……俺の平穏なモブ生活が……」

「前もそんなこと言ってたけど、モブになりたいの?」

「悪いかよ」

「うぅん。……それが真央くんの夢なら、いいと思うよ」


 意外にも受け入れられて、俺は驚いて黒乃のほうを見た。

 真剣な表情。本気で俺の夢を応援してくれているのがわかる。


「それなら、なおのこと……私にいい考えがあるの」

「いい考え……それは?」


 そういえば、黒乃の家に来たのも、その考えとやらを聞くためだった。

 俺は次の言葉を待つ。


「ダンジョン配信をしましょう」

「はぁ!?」


 思わず俺は声が大きくなってしまう。


「正気か? 配信者なんて、俺の理想とは真逆の生活だ」

「うん……でも、オリジンを得るためには、深淵(アビス)に行く必要があるんだよね? そして深淵に入るためには、Sランクの探索者にならないといけない」


 そう。それが問題なのだ。

 たとえ運よく深淵を見つけたとしても、Sランクの探索者でないと深淵を探索する許可が降りない。そして許可なくダンジョンに入ることは、法律違反となる。


「……そうだな。だが、Sランク探索者なんて、いくら実力があっても、すぐになれるものじゃない。……とてもじゃないが、間に合わない」


 こっちも人の命がかかっている以上、いざとなれば強引にでも深淵に潜り込んでオリジンを探すつもりだが。

 できることならギルドに目をつけられるリスクは避けたい。


「うん。そこでね、来月開催する『D-Cast年間トレンド大賞』を狙うの」

「年間、トレンド大賞?」

「真央くん、知らない? 年間トレンド大賞にノミネートされた配信者は、特例でSランクの昇格試験が受けられるの。……まあ、配信者には人気だけで実力が伴わない人もいるから、辞退する人が多いのだけど……。真央くんの強さなら、試験は問題ないでしょう?」


 来月か。時間的にギリギリだが、それなら合法的に深淵を攻略しに行けるというわけだ。


「なるほどな……。どうすればノミネートされるんだ?」

「そうね……ダンジョン配信動画なら、だいたい同接数100万人くらいが目安かな」


 同接数とは、動画の同時接続人数のこと。五万人行けば、十分に一流の配信者といえる数だ。


「……ずいぶんハードル高いな」


 俺が率直な感想を言うと、黒乃は不敵な笑みを浮かべた。


「だから言ったでしょ? いい考えがあるって。……私の秘策は、ここからだよ」


 ◆


「ちょっと買い物に行ってくるから、真央くんはここで待ってて」


 そう言い残して、黒乃は出ていってしまった。

 俺も手伝おうかと提案したのだが、黒乃は「真央くんは大切なお客様だから」と却下された。

 かくして、俺は慣れない女子の部屋で一人、手持ち無沙汰に襲われている。

 途中でセバスチャンが淹れてくれた紅茶を飲みながら、黒乃の帰りを待った。


「はぁ、はぁ……おまたせ」


 黒髪の少女。深窓の令嬢が、すごい大きな荷物を背負って部屋に戻ってきた。

 呼吸が荒い。体が弱いのにだいぶ無理をしたのだろう。


「大丈夫か?」

「うん……はぁ、ふぅ……大丈夫……」


 黒乃は荷物を床に降ろすと、そのまま倒れ込むようにベッドに腰掛けて、ようやく一息ついたようだ。


「この荷物は?」

「配信に必要な道具」

「……この、ばかみたいにデカいのが?」


 なんだろう。嫌な予感がする。


「あとで見せるね」

「ああ。で、結城……じゃなくて黒乃。いい考えってなんだ?」

「そうだった。説明しないと」


 黒乃が部屋のパソコンを立ち上げる。

 すごいタイピング速度でキーボードを叩き、即座にニュースサイトを開いた。

 そこには、『飛竜を一撃で倒した鉄パイプ装備パンダ』の記事のリンクが目立つトップページに表示されていた。


「バズってるね。今の勢いを利用すれば、きっと同接数は稼げる」

「まあ、そうかもしれないが……」


 いくら拡散されているとはいえ、配信を初めて一ヶ月で同接数100万を狙うのは難しいと思う。

 というか、ただでさえ身バレのピンチなのに、この騒動を利用して配信するのはリスクが大きすぎる。

 正直言うと気が進まないというのが本音だ。

 そんな表情が伝わったのか、黒乃が言う。


「わかってる。あなたは、真の力と正体を知られたくない。そうでしょう?」

「ああ。もし俺の力がバレたら、とてもじゃないが平穏な暮らしなんてできないだろうからな」

「うん。そこでね」


 黒乃が人差し指を立てる。すらりと細くて長い指。その先端で、控えめなマニキュアが光った。


「前に見せた力は、高額アイテムの効果ってことにするの。あの鉄パイプは、えっと……実は最新式の武器ってことで」

「ちょっと無理がないか?」

「でも、これなら力の正体を隠したまま配信ができる」

「……そうかな? そうか……」


 なんだか不安が残る作戦だが。とはいえ、他にいい考えがない以上は、やるしかないだろう。


「いざとなれば、CGだってごまかしちゃえば大丈夫だよ」

「……まあ、このバズり散らかしてる動画についてはどうにかしないといけないからな」

「そうそう」


 今やネットの解析班が、謎のパンダ頭の正体を探っているところらしい。

 というか黒乃を助けた一瞬だけ、俺の素顔がカメラに映ってしまっている。

 画角が悪いことと超高速だったことで解析は難航しているようだが、いつまでも安心してはいられない。

 なんとかして、ネットの人々の興味を別のところにそらさなければならない。

 ここで、『パンダ頭の男』の正体を新規の配信者ということにしてしまえるのなら、たしかに身バレするよりはマシかもしれない。


「で、俺の力を最新アイテムということでごまかすって方向性はわかったが、どうやって身バレを防ぐんだ? 仮面でもかぶればいいか?」


 そういえば前世でも、いっとき仲間になった男が、後で仮面をかぶって敵として立ち塞がったことがあったな。いろいろあって、最終的にはそいつとふたたび和解して共闘したのだが。

 今となっては数少ない、いい思い出のひとつだ。


「仮面じゃさすがに正体がバレちゃうでしょう。そのために買ってきたのがこれ!」

「このでかい荷物?」

「そう。開けてみて」


 ◆


「それで……だ。黒乃」

「なに?」

「……なんでまた、このパンダなんだ?」


 俺は鏡を見ながら、つぶやくように言った。

 俺が身にまとっているのは、目つきの悪いパンダの全身着ぐるみ。深淵に落ちていたパンダ着ぐるみの顔によく似ている。


 俺の問いに、黒乃が得意げに胸を張って答える。


「これで、正体バレは防げるね」

「そうだけど、なんでパンダの着ぐるみなんだ?」

「それは、かわいいから」

「そうか。……そうかぁ?」


 俺は手足を動かしてみる。動きづらいことこの上ない。これでダンジョンアタックをしろというのか。

 まあ、この見た目ならさすがに身バレはしなさそうだが。


「頭部に小型ディスプレイが内蔵された最新式だよ。これでリアルタイムで動画のコメントを見ることができるわ」


 無駄にハイテクだ。なんだこの着ぐるみ。どこで買ったんだ?


「これで準備が整ったね。あとは探索者協会――ギルドに行って登録するだけ」

「ほんとに、この格好で配信するのか?」

「大丈夫だよ、真央くん……ふふっ。かわいいから……ぷふふっ」

「ちょっと笑ってんじゃねぇか!」


 黒乃(こいつ)に任せていて、本当に大丈夫だろうか?

 俺は一抹(いちまつ)の不安を覚えながらも、黒乃に連れられて探索者協会(ギルド)へと向かった。

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