第5話 結城黒乃の家へ
巨大な豪邸が目の前にある。
土曜日ということで授業は午前中で終わり、時間帯は昼。俺は結城黒乃に連れられて、彼女の家を訪れた。
目立たない俺が、若干目立っている美人転校生といっしょに下校するというイベントについては、いろいろと物議を醸していたようだったが、今は仕方がない。こっそり気配を消す魔法まで使って、俺はなんとか針のむしろを突破することができた。
「これが……結城の家?」
まるで魔王城のように威圧感のある門構え。その奥には中ボス戦が待っていそうな広い庭。つい癖で、どう攻め込むか考えてしまうほどに立派な邸宅だった。
「うん。……というより別荘だけど」
「これで別荘か」
いいところのお嬢様っぽい雰囲気だったが、まさかこれほどとは。
結城がこれまた高級そうなインターホンを鳴らすと、豪邸の中から一人の老紳士が姿を現した。
「ただいま、爺や」黒乃が安堵したように微笑む。
「お帰りなさいませ。……お嬢様、その少年は?」
結城がチラリとこちらを見る。なんだか落ち着かない様子だ。
「えっと……と、友達……?」
疑問形なんだな。
「なんと! あのコミュ障なお嬢様にご友人が……それもボーイフレンドが!」
「ちょっと、やめて爺や!」
舞い上がる老紳士と、焦っている結城黒乃。
老紳士のほうは執事だろうか。彼のことはセバスチャン(仮)と呼ぼう。
「いやー、今夜は赤飯を炊かなくてはですな。ハッハッハ!」
「もう。いい加減にしないと怒るよ! ……とにかく、私たちは部屋に行ってるから」
「かしこまりました。後ほど、お茶をお持ちしましょう。ボーイフレンド殿、どうぞごゆっくり、おくつろぎください」
「はあ。ありがとうございます」
「お嬢様のこと、どうか今後も……末長く!! よろしく頼みますぞ」
そう言ってウインクする老紳士セバスチャンと、頬を膨らませている結城に板挟みにされて、俺は曖昧に微笑むしかなかった。
◆
早足で歩く結城黒乃に腕を引かれながら、よく手入れされた花壇の間を通り抜け、俺は豪邸の中へと足を踏み入れた。
そして結城は使用人に挨拶をしてから、建物の二階にある自室へと俺を招き入れる。
「……入って、いいのか?」
思わず尋ねてしまう。女の子の部屋に入るなんて、今世では初めての経験だ。
「う、うん……ちょっと恥ずかしいけど」
結城がおそるおそる、部屋に入るように促す。
なんだか緊張する。まるで魔王ヴェルヴェット、あるいはその側近の黒騎士イシュトヴァーンを前にしたときのようだ。
まあ目の前にいるのは魔王ヴェルヴェットの生まれ変わりなのだから、あながち遠いシチュエーションではない。
だが、いつまでも怖気付いていても仕方がない。俺は結城の部屋へと上がり込んだ。
引っ越してきたばかりだからか、部屋の中は片付いていて、物が少ない。
いい匂いがする――というのは置いといて、室内には高級そうなベッドのほかに、トリプルモニターつきのタワー型パソコンが、L字型の机の上にがっしりとセットアップされていた。
「……すごいパソコンだな」
「そうでしょう? 最新のグラフィックボードを搭載したゲーミングPCだよ」
「へぇ……」
なんだか結城の意外な一面が垣間見えた気がする。
「座って、真央くん」
「うん……ん?」
結城はベッドに腰掛けると、隣をぽんぽんと手のひらで叩いた。
――いきなり、女子のベッドに男子が座るというのはどうなんだ? この世界ではそういうものなのか?
「いや、俺は床でいいよ」
「え? あ! うん、そっか……そうだね。……そっか……」
結城は、なぜか胸に手を当てて深呼吸をし始める。
もしかして、テンパってる? そういえば、セバスチャンが「お嬢様はコミュ障」とか言っていたな。
よく見ると、ぐるぐると目を回している。ひょっとすると彼女は今世の俺よりもずっと対人経験がないのかもしれない。
「ふぅ……ごめんね、真央くん」
やっと落ち着いたのか、結城が困った顔で言った。
「何がだ?」
「えっと……さっきのこと。爺や、うるさかったでしょう?」
「ああ、いや……」
たしかにテンションが高い老人だったが、俺には悪い人とは思えない、むしろ好感を持てる人物だと思った。
まあ、結城自身には照れがあるのだろう。俺も前世では経験がある。かつて勇者ジェノと呼ばれていた頃の俺にとって、母親の話をするのは、何かこそばゆかった。身内とはそういうものだ。
「それにしても、結城ってすごい家に住んでいるんだな」
「…………」
結城は、なんだか不服そうにじっと俺を睨んでくる。
「ずっと思ってたけど……なんだか、不公平だわ」
「なにが?」
「それは……その……私だけ、真央くんのこと名前で呼んでて……」
「じゃあ、黒乃って呼んでもいいのか?」
「う……」
結城黒乃は少し赤くなった。
アルトヘイムでは友人のことは名前で呼ぶのが普通だったから、俺としてはやりやすくて助かるが。
「というか逆に、なんで結城は俺のこと名前で呼んでいるんだ?」
「それは……その……だって……」
結城黒乃はすごく赤くなった。
――が、その後、震えを抑えるように自らの細い腕を握りしめる。
「……そうしないと、また私が私でなくなっちゃいそうで……怖くて……」
「……。……そうか」
なるほど。昨日の一件では、結城黒乃は俺の名前を呼ぶことで自我を保ち、魔王の魂に押しつぶされずにいることができた。
だから、今も俺の名前を呼ぶことで魂の在り方を守っている。本能的に、そうしているのかもしれない。
それは決して悪いことではない。彼女の魂の安定を保つために、必要な儀式の一つといえる。
「なら、俺もこれからは黒乃と呼ばせてもらうよ」
なんか照れるけどさ。
「うん……」
結城黒乃は、うつむいたまま小さく微笑んだ。




