第4話 秘密の共有
深淵の飛竜を倒した俺は、警察や探索者協会が来る前に、結城黒乃を連れてこっそりと逃げ帰った。気配を消す魔法を使ったのは久しぶりだ。
あとは、まあ……迷惑配信者ガドも、とりあえず安全な場所まで運んでから放置した。いまごろ、警察やギルドの人たちに、こってりと絞られていることだろう。
そんなこんなで、一連の事件は幕を閉じ、俺の平穏な日常が戻ってくる。
――そう思っていたのだが。
◆
『深淵の飛竜を鉄パイプで一撃!? 謎のパンダ男現る!』
一夜明け、朗らかな朝の教室。
そこで俺は、ニュースサイトを見ながら机に突っ伏す。
どうして……どうしてこうなってしまった。
ネット上では俺が鉄パイプで深淵の飛竜を倒す切り抜き動画が世界中に拡散されていた。
「あの切り抜き、見たか?」
「ああ。飛竜を一撃で倒したやつだろ」
「しかもヴォイド・モンスターだって。鉄パイプ一本でブレスをかき消してたぞ」
「……それにしても、このパンダ頭……どこかで見たような」
まずい。
非常にまずい。
このままでは、俺のモブとしての平穏な日常が崩れてしまう。
そうして手の打ちようのない絶望に悶えていると、一人の女子生徒が俺の席のほうへと歩いてきた。
「その……真央くん」
結城黒乃だ。少し赤面しながら、おずおずと話しかけてくる。
なぜ名前呼びなんだ?
「……昨日はありがとう」
「ああ」
「……その……大変なことになっちゃったね」
「動画の件だろ? そうだな。……俺はモブとして、平穏な暮らしがしたいんだが」
「モブ?」
結城はわずかに首をかしげて、それから申し訳なさそうに目を背ける。
「ごめんね……私のせいだ……」
「いや、べつに結城のせいってわけじゃ――」
そう言いかけたとき、結城黒乃が苦しげに顔を歪めて咳き込んだ。
「けほっ、けほっ」
荒い呼吸を繰り返し、小さく喘ぐ。
「どうした?」
「ごめん。急に息が苦しくなって……それに、頭痛が……」
まさか、また魔力が暴走しようとしているのか?
俺は立ち上がって、結城の体を支える。
「ひとまず、保健室に行こうか。……歩けるか?」
「なんとか……」
相当つらそうだ。
……さすがに、放ってはおけないか。
「連れていく。いっしょに来てくれ」
「……ごめんね。私、助けてもらってばかり」
俺は結城に肩を貸したまま、教室の外へと向かう。
――なんて、勢いで申し出てしまったが、周りの視線が痛い。それもそのはずだ。俺みたいな地味なやつが、美人な転校生と二人で教室から出ていこうとしているのだから。
俺は普通のモブとして生きていくはずだったのに。
……どうしてこうなる。
◆
保健室は校舎の一階にある。俺は結城に肩を貸しながら、慎重に階段を降りた。
「なあ、結城。ちょっといいか?」
「なに、真央くん?」
「保健室に行く前に、確かめておきたいことがあるんだ。ちょっと、つきあってくれ」
そう言って、俺は階段裏に結城黒乃を連れ込んだ。
もともと薄暗く死角となるその場所は、ホームルーム中だからなおさらひとけがない。
そんな階段裏へと入り込み、俺は結城を降ろして座らせた。
「え、え……?」
「今から、きみの魂の状態を確認する。……『真眼』発動」
混乱する結城に覆い被さるようにして、瞳をじっと見つめる。
「ま、真央くん……近……」
結城はなにやら赤面しているが、気にせずに俺は『真眼』を続ける。昨日はじっくり視る時間がなかったが、今回はもっと深くまで入り込んでみる。
結城の魂は、相変わらず弱々しく不安定だった。
どうやら魔王の強すぎる魂に、器になる心身が耐えられず、今も悲鳴を上げているらしい。
かなり、よくない状況だ。
このままでは二ヶ月も持たない。
(どうする……どうすれば結城を助けられるんだ?)
今までは、前世の俺が施した封印が効いていて、魔王の魂は顕現しなかったのだろう。
そうでなければ、結城の魂はとっくに消滅していたはずだ。
魂を安定化させるには。
もう一度、魔王ヴェルヴェットの魂を封印するしかない。
そのためには、異世界の素材が、それも超強力な魔力の媒体が必要だ。
そんな物質は、この世界では――深淵核と呼ばれる魔晶石しかない。
深淵核、すなわちオリジンは深淵の最奥に存在する、文字通り深淵ダンジョンのコアとなる物質だ。それが破壊されると、深淵ダンジョンは消滅する。
……昨日は何も考えずにその深淵核を破壊してきてしまったが、こんなことならその欠片でも拾ってくればよかった。
オリジンは定期的に魔力を込めない限り、時間経過で消滅する。今はもう残っているかどうか怪しい。
「あの……い、いつまでこうしていれば……」
気づけば、結城黒乃は顔を真っ赤にして――やや涙目になって俺を見つめていた。
「悪い。でも、これでわかったことがある」
「わ、わかったこと?」
「ああ」
俺はもう一度、結城に肩を貸して立ち上がった。彼女の心臓の鼓動がかすかに聞こえる。
それから、俺は『真眼』の力で調べた「結城の魂の容体」と「治療のためにはオリジンが必要」なことを伝えた。
結城はそれを疑うことなく、神妙な面持ちで聞いていた。
「そう……私には、もう時間がないんだね……」
「……なんとかする方法はきっとある」
「ありがとう、真央くん。……私には、異世界の魔王ヴェルヴェットの魂が宿っている……ちょっと現実味がなさすぎて、ぜんぜん理解が追いつかないけど……」
「……だが、本当のことなんだ」
そればかりは、信じてもらうしかない。
すると、結城は控えめにうなずいた。
「うん……信じるよ。だけど、どうして真央くんはそんなことがわかるの?」
「俺は……」
伝えるべきか。少し迷ったが、俺は自分の正体を明かすことにした。
今世で、生まれて初めて。
結城はもう、異世界アルトヘイムと無関係ではいられないのだから。
「俺は……魔王のいた異世界アルトヘイムでは、勇者と呼ばれていた」
「え……」
「どうやら俺は、アルトヘイムの勇者ジェノ・アウラーの生まれ変わりなんだ」
「私が魔王で……真央くんが、勇者……」
横を見ると、結城が驚きに瞳を揺らしながらこちらを見ていた。
「……だから、あんなに強かったんだ」
「まあな。……いろいろあって、俺は今世では平穏に暮らしたかったんだが」
「そうなの?」
「ああ。俺の夢は、モブとして目立たず、波風立てずに生きて、畳の上で老衰すること」
「え〜」
結城が苦笑する。
それから、唇を噛みながらうつむいた。
「ごめんね。私がその夢を邪魔しちゃってるみたい」
「まあ……仕方ないさ。さすがに知ってしまった以上は、放ってはおけないからな」
「そっか。優しいんだね。さすが勇者」
「その呼び方はやめてくれ」
保健室についた。養護教諭の先生は不在のようだった。俺は結城黒乃をベッドに寝かせた。
「ありがとう」
「おう」
そのまま去ろうとしたところで、結城に呼び止められる。
「待って」
「ん?」
「さっきの話だけど……私に、考えがあるの。……真央くんの夢を壊さずに、拡散されてしまった動画もどうにかごまかして……それから、私のことも助けてもらえるような、いいアイディアが」
先ほどまでの控えめな様子からは一転して、彼女は自信ありげな光を宿した瞳でいたずらっぽく俺を見据える。
「そんな方法、あるのか?」
「うん……だから放課後、私の家に来て」
「わかった。…………え?」
流れでうなずいてしまってから、俺は思わず聞き返す。
「結城の家に?」
「うん」
戸惑う俺に、結城黒乃は微笑みかける。
「約束ね」




